09Aランクのくせに三ヶ月分ぽっちで私の命を売るな!
手元で弄んでいるコーヒーの湯気が空気中の水分を伝い、一瞬でルミウーラの体内へと侵入する。
水のSSS級魔導士にかかれば、相手の体内の水分量、血流、心拍数から、嘘をついているかどうかなんて秒で看破できる。
診察結果によると心臓も肺も完全に健康。血色良すぎてAランク冒険者より元気。魔力回路も詰まるどころか、淀みなくスルスル回っている。
胸の痛みの原因はここへ来る直前、激辛のタコスを大食いして酷い胃もたれと胸焼けを起こしているだけ。
(魔力伝導不全じゃなくてタコスの食いすぎ!胃酸の逆流による胸の苦しみ!医者から長く生きられないって言われたのもジャンクフードばっかり食ってたら生活習慣病で死ぬぞって意味)
大爆笑しつつフッと憐れみの微笑みを浮かべた。ここで「嘘つき!」と突っぱねて追い出すのは簡単だけど、それではSSS級魔導士の私のプライドが許さない。せっかくの南の島。退屈しのぎにちょっと泳がせてあげよう。
「まあふふふ。それは大変ですわねケビン様、ルミウーラ様。長く生きられないだなんて本当にお可哀想」
「だろ!?頼む、力でルミウーラを」
「ええ喜んで。ですがルミウーラ様の病は一瞬で治すと逆に体に負担がかかってしまいます。ですから……特別なお薬を処方いたします。毎日飲めば少しずつお胸の苦しみ(胃もたれ)も和らぐはずです」
テラスのテーブルに置いてあった、普通のミネラルウォーターのボトルを手に取った。二人にバレないように、ほんのちょっぴりだけ魔力を込める。
水分子の構造を弄り、人間の味覚を一時的にズラす魔法だ。毒ではない。飲むと脳が世界で一番苦いものだと錯覚する超激苦ウォーター。
「ルミウーラ様。今すぐこれを一口、お飲みになって」
「え……?あ、ありがとう、ございます……?」
ルミウーラはちょろい令嬢ねと言わんばかりのドヤ顔を隠しもせず、ボトルを受け取って口をつけた。次の瞬間。
「ぶふぉぉぉーーッッ!!??」
ルミウーラは口に含んだ水をケビンの顔面に、マーライオンのごとき勢いで大噴射した。
「うお!?ガハッ!?ゲホッ、な、何をするんだルミウーラ!?」
「に、苦いぃぃぃ!苦すぎるぅぅぅ!なにこれ泥!?毒!?舌が、しし、舌が死んじゃうう!!」
ルミウーラは涙目になりながらテラスの床をゴロゴロと転げ回った。
「あらあら大変。ルミウーラ様、魔力が体内にある悪い病気の成分と激しく戦っている証拠です。良薬は口に苦し、と申しますでしょ」
上品にトントンと口元を扇子で叩きながら微笑んだ。
「お薬を毎日朝昼晩、コップ大盛り三ずつ、一ヶ月間飲み続けなければ効果がありません。途中でやめたらお胸の病気が大爆発して、本当に大変なことになってしまいます」
「え……えっ、ま、ままま、毎日これを……え、あええ!?」
ルミウーラの顔が恐怖で真っ青から土気色へと変わっていく。
「ケビン様。愛する幼馴染のためにボトルをしっかりと持って、毎日欠かさず飲ませてあげてくださいね?お代金はルミウーラ様の命の値段ですから、Aランク冒険者の報酬三ヶ月分で手を打って差し上げます」
「さ、三ヶ月分……!いや、でもルミウーラが治るなら……!頑張ろうなルミウーラ!」
「いやぁぁぁ!飲みたくない!飲むくらいなら!私もう病気治りまし」
「おっとルミウーラ様。今ここで治ったなどと嘘の申告をすると、私の水魔法が怒って胃袋の中で薬を自動生成し続けてしまいます、かもしれませんよ?」
にっこりと底冷えするような笑顔でルミウーラの退路を完全に断つ。ルミウーラはヒッと短い悲鳴を上げ、ガタガタと震えながらケビンの後ろに隠れた。
「それではお二人とも、お大事に」
指先をスッと動かすとテラスの周りの水流が小さな壁を作り、二人を優しく物理的に敷地外へと押し出した。
「待ってお兄ちゃんもう帰ろう!私、本当はタコス」
「だめだルミウーラ!お前を死なせたくないんだ!薬を飲むんだ!」
「うあああああ!いや!いやあああああ!!」
遠ざかっていく二人の、なんとも噛み合わない悲鳴を聞きながらようやく静かになったテラスでコーヒーを一口すすった。
「完璧な抽出。水魔法はこうして嫌がらせに使うのが一番」
南の島の穏やかな風が今日も祝福するように、優しく吹き抜けていた。
*
「いやぁぁぁ!お兄ちゃんそれ以上近づかないで!鼻をかすめただけで脳味噌が爆発しそうな臭いがするのぉぉ!」
「ダメだルミウーラ!奇跡の癒やし手の人が言っただろう、毎日朝昼晩、欠かさず飲まないと病気が大爆発するって!ほら、男らしく……じゃなくて女らしく一気にグッといくけ!」
「私は女!っていうか男らしくって何!離して、激苦ウォーターを近づけないでぇぇ!うわああんん!」
コテージから少し離れた海岸沿いのヤシの木の陰で、ケビンとルミウーラの凄絶な愛の押し問答が繰り広げられていた。
テラスから高倍率の水鏡魔法。要するに水のモニターを空中に浮かべ、淹れ直した二杯目のコーヒーを優雅に楽しみながら、様子をバッチリ生中継で観察していた。
(あは。素晴らしいフォームの拒絶ステップ。ルミウーラはタコスの消化が完全に終わって、さっきより明らかにフットワークが軽くなってる)
「ルミウーラ、死なせたくないんだ!おれのAランク報酬三ヶ月分もボトルのために消えた!頼むから飲んでくれ!」
「お兄ちゃんのケチ!Aランクのくせに三ヶ月分ぽっちで私の命を売るな!ゲホッ……あ、いや胸が苦しい……気がする……から、その、横になって休めば治る……あ、ひぐっ!?」
ルミウーラが往生際悪く病弱のカードを切ろうとした瞬間、彼女が抱えていたボトルの水が、遠隔魔力によってピキピキと振動を起こした。
(今嘘ついた。バッチリ反応出てる。はいペナルティ)
ボトルの蓋がパカンと勝手に開き、中の激苦ウォーターが意思を持ったように一筋の水流となって空中に飛び出す。ルミウーラの鼻腔と口めがけてピンポイントで突撃。
「ブハァァァッッ!?」
ゴクン、と強制的に一飲みさせられたルミウーラは白目を剥いて砂浜に崩れ落ちた。
「ルミウーラァッ!?」
「に、が……にが、う、うま……いや、苦いぃぃぃ!脳のシワが全部真っ直ぐに伸びるくらい苦いぃぃ!お母さんッ、三途の川の向こうで前世のばあちゃんが手振ってるううう!」
砂浜をのたうち回り、塩をかけられたナメクジのように身を悶えさせるルミウーラ。
「うお、すごい効果だ!ルミウーラの顔色が苦しみのあまり真っ青から真っ赤に変化してる!体内の悪い成分と戦っている証拠……!さすがは国宝級の癒やし手」
ケビンは涙を流して感動している。脳筋のAランク冒険者はチョロすぎる。
「ルミウーラあとコップ二杯半だ!今日中に飲まないとなッ!」
「いやぁぁぁ死ぬ!病気じゃなくて水で死んじゃう!助けてルファード様ぁぁ!」
メインヒーローの名前を叫ぶ女。
「ん?ルファード様って誰だ!?おれという幼馴染がありながら、どこの馬の骨だソイツは!」
(ちょ、ちょっと待って。今、聞き捨てならない名前が聞こえたんだけど)
思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
(ルファード!?地獄に叩き落とした元王太子のストーカー男の名前!なんでこのタコス女の口から名前が出るわけ?)
目を細め、水鏡の映像をズームアップした。のたうち回るルミウーラの懐から、激しい動きのせいでハラリと一枚の紙切れが落ちる。ルミウーラが落としたメモ帳を拡大。
【悲報】悪役令嬢ローベルが強すぎて草。シナリオ崩壊。マージン公爵家死亡、ルファード殿下サビ残奴隷化。次は南の島でスローライフとかマジ?Aランクのケビンという幼馴染を騙して、先回りしてヒロイン枠奪い取ってやる。
(お前も転生者かぁい!)
心の中で盛大なツッコミのハイドロポンプが炸裂した。
(カラメーリア、クラリスに続いて三人目?病弱幼馴染の皮を被った転生者がウジャウジャ湧いて出て!?どんなマッチングアプリ。しかも何?私の枠を奪い取る?ヒロインじゃなくて退職金で隠居したい元社畜なのに)
メモの内容から察するに王都での噂を聞きつけ、邪魔して自分が新たな主人公になるというおめでたい脳内妄想を爆発させて、ここへノーガードで来たらしい。
「……ふふ、ふふふふふ」
口から怪しい笑いが漏れる。ターゲットが生意気な小娘から、平穏を脅かそうとした不届きな転生者に格上げされた。ならば、激苦ウォーター刑だけでは生ぬるい。
指先を優しく動かし、ルミウーラが落としたメモ帳の水分を操作して文字を完全に書き換えてやる。新しい文字はこうだ。
私は元気です。今まで病気のフリをしてケビンお兄ちゃんを騙して高いご飯(タコス含む)を奢らせていました。本当は肩凝りしかありません。薬が苦いので冒険者を引退して、毎日ケビンお兄ちゃんの三倍の筋トレをします。
「あ、おいルミウーラ!なんかお前メモを落としたぞ……ん、どれどれ?」
ケビンがメモを拾い上げる。
「な、何それ!?私書いてな」
「……ルミウーラ」
メモを読み進めるにつれ、ケビンの顔からチャラ男の笑みが消え、Aランク冒険者としての威圧が立ち上り始めた。
「病気のフリ……?タコス……?筋トレ……だ?」
「ち、違うの!水魔導士の罠。私は本当に病弱で、これからルファード様と結ばれる予定の」
「ルミウーラァァァアアア!!おれの三ヶ月分の報酬とこれまでの心配を返しやがれぇえ!」
「いやあああ!脳筋がキレたあ!」
ルミウーラの襟首を掴み上げると、そのままAランク特製の地獄のスパルタ肉体改造合宿へと連行していく。
これから彼女は病弱の嘘の代償として、南の島の砂浜で毎日十キロのランニングと千回のスクワットを課されることになるだろう。水分補給は例の超激苦ウォーター限定で。
「ぷはぁ。今日もいいエンタメだった」
水鏡をパチンと消し、冷めかけたコーヒーを飲み干した。転生者だか何だか知らないけれど、こっちを舐めないでほしい。邪魔する奴は王族だろうがヒロインだろうが、等しく水に流して肥やし行き。
「南の島、最高〜」
南の島の波の音は今日も優しく容赦なく響いていた。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




