01ちょっと具合が悪いふりをしたら人ってこんなに生き生きするんだね
「……悪い、ローベル。今日の夜会、やっぱり一緒に行けそうにない。カラメーリアの胸の病が急に悪化して、おれが付き添ってやらないと不安で眠れないらしくて」
目の前で婚約者である公爵令息のマージンが、これ以上ないほど痛ましそうな、仕方のないことだろう?と言いたげな顔で見下ろしている。
ローベルが今の名前。前世はブラック企業でサビ残に追われ、過労死したごく普通の日本人。目覚めたら乙女ゲームだかファンタジー小説だか分からない世界の伯爵令嬢に転生していた。とほほ。
表向きの顔は魔力もそこそこ、顔もそこそこ。これといった特徴のない地味な伯爵令嬢。裏の顔は前世の知識である水分子の結合やら水圧の概念をフル活用し、国を滅ぼせるレベルの圧倒的水魔法を隠し持つ規格外。
そんな自身がなぜ病弱な幼馴染依存症の男と婚約しているかといえば、親同士が決めた政略結婚だから。それだけ。
「ああ、そうですか。カラメーリア様のお体が第一ですからどうぞ行って差し上げてください、マージン様」
人形のようにつくり込まれたお淑やかな微笑みを浮かべて頭を下げた。
(んなわけあるかボケナス)
内心大声で激しい怒号を撒き散らす。
(今月何回目!?四回目だ!?夜会、観劇、お茶会、全部病弱幼馴染女の胸が、苦しいの上目遣いでドタキャン!病弱なら夜会当日のタイミングを狙って発作起こしてんじゃねえよ狙いすましたスナイパーかっての)
「すまないローベル。お前はいつも物分かりが良くて助かる。カラメーリアもお前に感謝していたよ。ふふ、じゃあ、おれは行くから」
マージンはホッとしたように笑うと髪に軽くキスをして、そそくさと馬車に乗り込んでいった。気持ち悪い。帰ったらすぐにシャワーを浴びよう。
(あーはいはい、物分かりの良い都合のいい女で悪かったな!感謝?あの女が私に?笑わせないで。こないだ目が合った時勝ちましたみたいなドヤ顔でメンチ切ってきたの忘れてないからね!?)
遠ざかる馬車を見送りながらふう、と深くため息をついた。指先を少し動かすだけで、庭の噴水の水が私の意思に従ってピキピキと小さな氷の針を形成した……いけないいけない。
危うく怒りのあまり、公爵家の馬車の車輪をハイドロポンプで真っ二つに叩き斬るところだった。平凡に生きたい。目立たず騒がれず、前世でできなかった生活を送るために圧倒的な水の魔力を隠し持っているけど。
「……そろそろ限界」
マージン。それからカラメーリア。あなたたちは知らない。私国から直々に極秘でSSS級魔導士の認定を受け、いつでも婚約を私の側から有罪破棄できる権利と特権を握っていることに。
泳がせておくのは次の一手で蔑ろにした代償、きっちり一滴残らず精算させるために待っているのだ。
「ローベル本当にすまない。……でも、カラメーリアがどうしてもドレスを着て、一度でいいから王宮の光栄な舞台に立ってみたいと言うから。平凡な格好をしているし、こういう華やかなものはあまり好まないだろ?」
建国記念パーティーの会場の片隅でマージンはまたしても仕方のないことだろう?という顔で微笑みかけていた。隣には、純白のシルクに最高級の魔力結晶が散りばめられた、目も眩むようなドレスを身にまとったカラメーリアが寄り添っている。
この日のために、半年も前から老舗の仕立屋にオーダーしていたドレスを他の女が着ているという屈辱。
伯爵令嬢としての義務を果たすため、せめて婚約者の公爵令息に恥をかかせないようにと、なけなしの予算とセンスを注ぎ込んで用意した一着。それをこの男は前日に勝手に仕立屋から回収し、彼ら曰く病弱な幼馴染に買い与えたという。
「……ええマージン様。カラメーリア様、とてもよくお似合いです。最初からカラメーリア様のために作られたかのようですね」
淑女の笑みを浮かべたまま、おっとりと頭を下げた。
(お前らの血は何色だあ!鉄分足りてないんじゃいのぉお!)
脳内で今まさにマージンの胸ぐらを掴んで、前世の営業スマイル(般若仕様)で激しくシェイクしている。
(好まないだろう!?私のお金!私のオーダー!私のサイズ!なんでそれを当たり前のように横流ししてんの!ていうかカラメーリア、胸の病で今夜も眠れないんじゃなかったの!王宮パーティーでピンピンして補正下着で胸元グッと押し上げてんの可笑しいでしょうが。病弱の設定どこいった!)
「まぁまぁローベル様。優しいお言葉、ありがとうございます。でも、ローベル様のドレスを奪ってしまう形になってしまって、私胸が痛むのですけれど……マージンがどうしても私に似合うからって、きかなくて……うっ」
カラメーリアは潤んだ瞳で見上げ、儚げに胸元に手を当てた仕草のせいでドレスの胸元が強調され、周囲の夜会に参加している男たちの視線が釘付けになっている。
(はい出た。必殺私は悪くない、男の人が勝手にやったムーブ。胸が痛むなら今すぐ脱げ。その場で引ん剥いてやろうか?一ミクロンの申し訳なさも感じてないドヤ顔が透けて見えてるんだよ)
「カラメーリア、お前が気に病む必要はないよ。ローベルも分かってくれている。な?ローベル」
マージンは優しくカラメーリアの肩を抱き寄せ、安心させるように頷いた。




