【その51:ぬこ様と魔王様と(2)】
「あれがワーグノートか。でかいのう」
存在は把握していたが、実際に見るのは初めてだ。正確に言うなら、山だった頃の此奴ならば見たことがある。
伝え聞くところによれば、かつて、古の魔獣同士の争いがあった。当事者の一方がワーグノート。
戦いは七日七夜続き、ワーグノートが勝った。されど力を使い果たし、争いの果てに荒涼の大地となったその地で、眠りについたという。
それから千年以上、ワーグノートの身体の上には徐々に徐々に土が積もり草木が伸び、ついには山となった。
ワーグノートはそのまま死んだのではないかとも言われていたが、我が魔王に就任してすぐに視察にゆくと、強大な魔力の塊が確認できたため、無用に刺激するなと周知してあったのだ。
ワーグノートの眠っていた場所も、今頃は大変なことになっているであろうな。そちらの手当もせねばならぬか。……ともかく今は、当人を止めるのが優先。
ワーグノートは巨体を引きずりながら前進している。眠っている間に羽が退化したのか、それともまだ寝ぼけているのか。
ワーグノートが進んできた跡は、ただ、巨大な溝が残されておるのみ。
「お主らはここで様子を見ておくが良い」
付き従ってきた部下たちを待機させると、我は一人、ワーグノートの鼻先へと移動する。
「ワーグノート、古の竜よ! どこに向かって進んでおるのか!?」
我の言葉に「ふしゅうー」と鼻息を返す。ちょっと生臭くて不快である。
「ワーグノート、まあ聞くが良い。我は当代の魔王である! お主の望み、我ならば叶えてやれんこともないであろう! 我とて、偉大なる古代竜のお主に敬意を払う準備がある! お主の望みは何であるか!」
不意に、ワーグノートの動きが止まる。そうしてゆっくりと口を開けた。
だが。
口の中に集約されてゆく炎が、我に狙いを定める。直後、その口から放たれた黒炎が我に襲いかかる!
「ぬおっ!」
かろうじて避けるも、マントが焦げた。
「我のお気に入りであるのだが……貴様、我の話を聞いておるのか?」
その返事は再びの黒炎。此奴、もしかして言葉が通じぬタイプでは?
我がそう考えている間に、ワーグノートが前足を上げ、鋭い爪を我に振り下ろした。その攻撃を避ければ、我の背後、遥か先まで爪痕が残される。
「……うむ。お主の返事は確かに受け取った。ならば我も実力行使あるのみである。この場所にて新たな山となるがいい!!」
ワーグノートからやや距離を取ると、煉獄の炎を呼び出し、古竜へ。
紫の炎が巨大な柱となってワーグノートを包み込む!
「グヌオウウウ」
お、効いたか? しかしワーグノートの皮膚には多少の焦げ跡がついただけ。ほほう、火耐性があるのだろうが、それでも、ここまで硬い相手は初めて見たな。
「ではこれはどうだ?」
わずかな詠唱ののち、地面より強烈な冷気が湧き上がり始める。
「凍りつけ!」
我の宣言に呼応して、古竜の腹から下が氷で覆わてゆく。
人であれば瞬きの間に、魔物であっても数分もあれば芯まで凍りつく魔法だ。流石に身動きがとれまい。
でもこれ、疲れるからやりたくないのだよなぁ。我、炎系の魔法の方が得意である。
そんなことを考えているうちに、古竜の表面が真っ白になってゆく。上半身も凍りき始めているのだ。ふむ。これなら早めに決着がつくな。
……と思ったのも束の間。古竜がものすごい勢いで蒸気を発し始めた。此奴もしかして、己の体内で黒煙を放ったか?
古竜から放たれた大量の蒸気で周辺に靄がかかった直後、蒸気に隠れた先から我に襲いかかるワーグノート。
「ぬう。さすがは伝説の魔獣であるな。よかろう、こうなればとことんやってやろうではないか!」
こうして始まった我と古竜の戦いは、実に三日三晩続くことになったのである。
◇◇◇
「マオさーん、いますか?」
魔王の部屋にやってくると、ぬこさんが暇そうに寝転がっていた。
その横には作りかけ(?)のキャットウォーク……と思われる残骸。
なかなか苦戦していそうだけど、本人が楽しく工作しているのなら水を差すのはやめておこう。
それにしても、『キャットウォークを作る間、ぬこが退屈せぬように相手をするのだ。完成するまでのお主の日課である』と言っておきながら、全然帰ってこない。まあいいや、しばらくぬこさんと遊んでいよう。
「君のご主人はいつ帰ってくるんですかね〜」
しっぽを優しくもふもふ撫でたりしながら、しばらく時間を潰していると、不意にぬこさんが飛び起きる。
そうしてすぐに転移用の魔法陣のある方へ向かって毛を逆立てた。
「何? どうしたんですか?」
私が困惑する中で、転移魔法陣が発動。すぐに数人が姿を現す。
その一人は私もよく知っている人物だ。
「まさか、本当に聖女様がこのような……実に、実に残念です」
「ハーロット!? どうして貴方がここに!?」
「問答無用。この裏切り者を捕えなさい」
ハーロットは冷たい表情で、私を拘束するように命じたのである。




