聖女の影と闇の決意
夜の王城。
セレスティアは黒いマントを翻しながら、静かに歩を進める。
王直属の暗殺者を葬ったばかりの彼女の胸には、わずかな不快感が残っていた。
「リリア……やはり、あなたが動いていたのね。」
彼女は唇を噛みしめた。
リリア――今や『新たな聖女』として王国を支配する女。
彼女がセレスティアの暗殺を直接指示していたという事実は、単なる偶然ではない。
「……最初から計画していたのかしら。」
ルードがそばで警戒しながら歩いていた。
「セレスティア様、今後の方針は?」
彼女は一度立ち止まり、冷静に言った。
「まずはリリアの居場所を突き止める。そして、彼女を直接狙う。」
「……ですが、リリアは聖女として強い影響力を持っています。今すぐ討つのは難しいのでは?」
「そうね。」
セレスティアは頷く。
確かに、今のリリアを表立って討つのは得策ではない。
「だからこそ、まずは彼女の影を削ぐのよ。」
「影……?」
ルードが眉をひそめる。
「リリアは一人で立っているわけではない。彼女を支える存在がいる。王、聖騎士団、大司教……まずは、その支えを崩していく。」
ルードの目が輝いた。
「つまり、リリアの味方を次々と排除していくということですか?」
「そうよ。」
セレスティアは微笑む。
「まずは大司教、次に王。そして最後にリリア。」
ルードは頷いた。
「では、次の標的は大司教ですね。」
「ええ。大司教は王よりも先に手を打つべき相手よ。」
彼女の瞳が深紅に光る。
大司教――セレスティアを処刑するために偽りの罪をでっち上げ、王へ進言した張本人。
彼を討つことで、王国の宗教的権威を揺るがせることができる。
「大司教は現在、王城内の聖堂に滞在しているはず。夜の間に接触し、処理する。」
ルードは剣を握り直す。
「了解しました。」
セレスティアはゆっくりと歩き出す。
夜の王城に、彼女の黒い影が静かに忍び寄る。
――
聖堂の内部は静寂に包まれていた。
ステンドグラスから差し込む月明かりが、広大な礼拝堂を照らしている。
その中央に、大司教マルクスが祈りを捧げていた。
「……神よ。我らを導きたまえ……」
その声が静かに響く。
だが、その静寂を破るように、背後から足音が響いた。
「神の導きに頼るほど、あなたは追い詰められているのかしら?」
低く、美しい声。
マルクスはゆっくりと振り向いた。
「……その声は……」
そこに立っていたのは、黒いマントを纏う一人の女。
長い漆黒の髪、深紅に輝く瞳。
――かつて処刑されたはずの聖女。
「ま、まさか……!」
マルクスの顔が恐怖に染まる。
「処刑された聖女が……なぜここに……!」
セレスティアは静かに微笑んだ。
「私は神に見捨てられたのかしら? それとも、あなたが間違っていたのかしら?」
マルクスの額に汗が浮かぶ。
「馬鹿な……! これは……悪夢か……!」
彼は震える手で十字を切る。
だが、セレスティアは一歩、また一歩と彼に近づく。
「悪夢ではないわ。」
彼女の手から、黒い魔力が渦を巻く。
「これは、現実よ。」
マルクスの悲鳴が、聖堂に響き渡った。
――そして、王国の闇が、また一つ広がった。