4-31.僕の情緒
僕とティナは家の外に出て、倉庫の中身に貼っていくことにした。
ふたりきりになったから、気になったことを尋ねてみる。
自分のことだけど、自分じゃ答えが出ない疑問についてだ。
「ねえティナ。僕って子供だよね?」
「? はい。そうですね。年齢としては子供で間違いないかと」
「もし僕が誰かを好きになったとして、その時僕はホイみたいになるのかな?」
「それは……」
大きな木桶を手にしたまま動きを止めたティナ。それに隠れて顔は見えない。
「どなたか、好きな方がいらっしゃるのですか?」
「そうじゃないけど。大人の情緒っていうのがわからなくて。というか、ホイを見て気になったというか。情緒ってなんなんだろう」
「うーん。わたしも詳しくはないです。ゾーラさんほど物知りでもないですし、たぶんゾーラさんも言葉の意味を知っているだけで、専門家とかではないと思います」
「うん。ゾーラの専門は歴史だもんね」
「はい。それも怪しいですけどね」
この街の歴史的なお祭りについては知らなかったようだし。広い国だから、あちこちの風習なんかまでは詳しくないんだろうな。専門はただの歴史じゃなくて、魔術史って言うし。
ティナは木桶を置いて話し始めた。
「詳しくないわたしなので、情緒という言葉は一旦忘れます。要は、人が誰かを好きになった時にどうするかが問題なのですよね?」
「うん。そうだね」
「実家の近所でもよく見ました。小さい男の子が、好きになった女の子に何をすればいいのかわからず、気を引くために意地悪するのを」
「あー。ありそう」
「それで女の子に振り向いて貰えることは無いんですけどね。完全に逆効果です。ちなみに女の子が男の子を好きになった時も、同じなことが時々ありました。女の子の場合は悪口言ったりしますね」
「なんで嫌われることしちゃうんだろうね」
「他にやり方を知らないからですよ。大人になれば、アプローチの仕方を学んでいくんです。ヨナ様の年齢は、その過渡期なんでしょう」
実感はないけれど、でも納得はできた。大人ではないけれど、仮に人を好きになっても意地悪をするような子供ではない。
「そして、ホイさんです。あの人の中身はまだ子供。誰かを好きになったとして、今は黙って見つめるだけです。しかしそれでは向こうは気づかないと、いつか気づく」
その次に起こることは。
「小さい子供と同じやり方をする」
「はい。危害を加えるかも」
「無理矢理、ヤるとか?」
「ヨナ様。その言葉はまだ子供には早いです」
「でもー」
「……まあ、あの人の行動規範は今のところ、半分くらいは狼です。人と暮らしていた頃も、神様気取りの男だったわけで。人間らしさは身についていない。人間よりも獣の方が近いです」
「ティナも割と酷いこと言うね」
「事実ですから。ゾーラさんもそれを理解しているのでしょう。だから早めに文字を教えて知識をつけて、精神的に成長させて、大人の男性として振る舞えるように努力している。誰かを襲ったりする前に」
それが、大人の情緒を身に着けさせるということ。
ホイの体は大人の男だ。子供の心のまま子供みたいなことをすれば、大きく傷つく者が出てくる。
「そして、ヨナ様のことですね」
「うん」
そうだった。僕自身のことを訊いてたんだった。
「ヨナ様はまだ、誰かを好きになったことはないのでしょう。だから感覚がわからない。けど、ヨナ様は子供ではない。育った環境のせいもあると思いますけれど、同い年の子と比べても精神的には大人です。だから、心配することはないと思います」
「子供みたいに馬鹿なことはしない?」
「はい。それがわかっているだけで上出来です。ですがいつか、ヨナ様も誰かを好きになることがあるでしょう」
言いながら、ティナはこちらを見た。
瞳は微かに潤んでいる。どこか寂しそうで、でも期待もこもっているように見えて。
不意に胸がときめいた。
「アプローチは散々受けていますから。アンリさんもシャルロット様も。ゾーラさんは、あれは良くないですけど。年の差ありすぎますから。それから……いえ。それくらいですね」
本当は言いたかった言葉を、ティナは飲み込んだ。
その意味がわからない僕ではないけど、指摘するのもティナ自身は望まないだろう。それに僕は、たぶんその想いを受けるのにふさわしい男じゃない。年齢という意味でも、中身でも。
だから僕も口をつぐみ、続きを促すしかできない。
「気の早い話かもしれませんけれど、もしヨナ様に好きな女性が出来た時は、わたしに教えて下さい。うまくいくよう助力します。それが誰であっても」
ティナ自身であっても、そうなんだろうか。そうあって欲しいという僕の願いは、口に出ない。
「前にもお伝えしました通り、わたしはヨナ様には平穏に、普通に暮らしてほしいと思っています。復讐は、もちろんあるでしょうけれど。誰かとそういう仲になることで達成できるなら、協力は惜しみません」
そうとも。ティナの行動指針は、以前から一貫している。
「それが、わたしの役目なので。近衛騎兵の仕事なので」
自分の役目を理解しているティナは、静かに頭を下げた。
「ありがとう、ティナ」
ティナの望みも叶えてあげたい。どうすればいいか、最適な答えはわからないけれど。
僕はまだ大人じゃないんだな。子供じゃないだけ。
「さあヨナ様。みんなの様子を見に行きましょう。そろそろお昼ごはんの時間ですし。そうだ、夕飯はわたしが作ります。全部お世話になるのも悪いですし。リーサさんも大変ですしね」
笑顔のティナが僕に歩み寄り、手をとった。僕もそのまま自然に手を繋ぎ返し、並んで倉庫から出る。
「買い出し、一緒に行きましょう。なにか美味しそうな物があったら買いましょう。この街の変わった食べ物、知りたいです」
「パンに挟めそうなのがあったら、家に手紙を書く?」
「はい! みんな、元気にしてるでしょうか」
ニコニコと笑顔を浮かべながら話すティナはいつも通りで、そんな彼女が僕はたまらなく好きだった。




