3-20.高級宿
配下のほとんどを家の捜索にまわしているとはいえ、こういう形で攻撃できるまでに市民を接近させてしまうとは。これが弓を持った者だったら、第三王子は死んでいたところだ。
そうなってしまった理由もわかった。パン屋前に、多くの市民が集まっていた。手にはそれぞれ武器を持っていた。といっても、包丁とかハサミとかの日常で使う刃物だったり、箒だったりモップだったりの日用品。
それでも怒りを顔に浮かべながら、徒党を組んで迫ってくれば、かなりの迫力になる。なまじ一般市民だから、公爵領側の随員は手を出すのをためらって身を引いた。だからテナンドウスへの一撃が可能だったわけだ。
当然、テナンドウスも表情を険しくさせた。彼の配下の兵士たちが色めきたち、女に武器を向ける。彼女は一瞬怯んだが、止まらなかった。
「なんだい! あたしまで殺そうって言うのかい!? やればいいさ! なあ公爵様、あんたはそれでいいの? その男がどれだけ偉いか知らないけどさ、自分の土地でやりたい放題させるのが領主様の仕事なのかい!?」
そうだそうだと、周りの市民たちも声を上げる。騒ぎを聞きつけ集まる市民の数はどんどん膨れ上がっていく。
下手をすると暴動になりかねない。ヨナたちは短時間で、この街の人間と、こんなにも仲良くなっていたのか。
「ご婦人! あなたの言うとおりだ! テナンドウス殿下、ここはおとなしく引きましょう。私としても、市民を傷つける気はない。市民の家を荒らすのも不本意だ。あなたの行為には王都へ厳重に抗議させていただくが、今引くのならば市民の説得は私がやりましょう」
「ちっ。いいだろう。だが忘れるな。俺はヨナウスがここにいると確信している。公爵、本当にお前は何も知らないのだな?」
「……ええ」
見つめ合い、腹の探り合いがされる。それでもテナンドウスは諦め、自らの配下に手を引くよう命じた。
外はすっかり暗くなっていて、彼らは街の中心部にある高級宿に止まった。このまましばらく、街に居座るらしい。
本当に、領内で起こった事件には興味がないのだな。ヨナへの執着だけで動いている。
厄介なことに、ヨナが生きていると知っていて、行方を知りたがっているカードウス王の意向と、テナンドウスの行為は矛盾しない。だから王も三男の暴走を咎めないだろう。
ヨナが、隣町でしばらく大人しくしてくれればいいのだけれど。
――――
メザクの街の中心地にある、かなりグレードが高い宿。そこに泊まるよう、公爵によって指示されている。
公爵家がこの街に公務などで向かった際に利用する宿だ。相応の高級さを持っている。内装は豪華だし従業員の接客術もレベルが高い。
食事も美味しかった。朝食として軽いものを食べているのだけれど、テーブルについた僕たちを従業員が常に見ている。
「あっ」
アンリがフォークを落としてしまった。すかさず従業員がそれを拾い上げ、代わりのフォークを置いて離れていく。
「あ、ありがとう……」
「あの。水を」
「かしこまりました」
誰かのグラスの中が空になると、すかさず注いでくれる。
その洗練された動きが美しく、とても素晴らしい接客をされているのはわかるのだけれど。
「落ち着かねぇ」
「うん。気持ちはわかる」
「なんか、肩が凝るのよね」
真面目に仕事をしてくれている従業員には聞こえないよう、小声で話す。僕たちとしては、もっと気楽に食事したいのだけど。
「肩こりは、やっぱり胸が大きいから……いえ、なんでもないです」
「そうよね。こういう空気で言える冗談じゃないわよね」
「真面目にならなきゃって思ってしまいます」
「こんな感じじゃ、酒を飲むのもなんか気まずいよなー」
「それは、ちょっと気まずいくらいでいいんだよ。キアの場合は」
「なんだよ。夜は酒場に行こうぜ」
「駄目。また飲みすぎるし。この宿で食事をしたらタダなんだから」
正確には、代金は公爵家が払ってくれるとか、そんな感じだけど。三食の金が掛からないっていうのは大事だ。
だから当面は、この宿で過ごしながらテナンドウスが公爵領から出るのを待つしかない。いつまで掛かるかは知らない。
安全になれば、向こうから使いを出してくれるはずだ。それが来るまで待たないといけない。
暇だ。
「ギルドで簡単な仕事を受けて、お金を稼いで過ごすことになるわねー」
「普通の冒険者みたいな生活だね。宿屋に住んでること以外は」
「冒険者たちから見れば羨ましすぎる立場でしょうね」
「ねえゾーラ。学者としての仕事はしないの?」
「そうね、それもしてもいいかも。この街に興味深い史跡があれば、それを調べてみるのもありね。男の子の成長を止める術に繋がる発見があるかも」
「そう簡単に見つかるものなの?」
「簡単に見つからないから、あらゆる調査をするのよ」
「そっかー」
僕を見て笑顔で話すゾーラはどこまでも真剣だった。他のみんなは警戒するようにゾーラを見返しているけれど。
とはいえ、未調査の史跡なんてすぐに見つかるものでもない。ゾーラもそこまで本腰を入れる気はないらしい。
生活費が掛からないものだから、ギルドの仕事も急いでやる気にもなれず、朝食が終わったらのんびりと過ごす。
「海に行きませんか? この街には綺麗な砂浜があるそうですよ。今は泳ぐには少し寒いですが、見てみましょう」
ふと、ティナがそんな提案をした。




