3-19.王族のすること
王都で死んだヨナウスがドラゴンを倒したという噂は、民衆に驚きと共に受け入れられた。死してなお民を守る英雄。ジェイザックの再来だと讃える人もいるだろう。
王族の中での人気を獲得した。死んでいるのに、王族の誰よりも愛される存在となった。
そしてヨナウスが生きているならば。そして他の地域でも魔物を殺して貴族の汚職を暴いたのならば。やがて生きたヨナウスが大々的に民の前に現れたなら。人々は褒め称えるはずだ。
ヨナウスこそが王に相応しいと言い出す者も出てくるかもしれない。
王の座が後継者へと順当に渡る。その流れに支障が出来てはいけない。そんな気持ちもあるだろう。
しかしそれよりも、不出来で愚かな弟が高い評価を受けるのが許せないらしい。
だからヨナウスを探し出すべく、コリングへと向かったわけだ。
「卑しい血の分際で。あいつを見つけて、身の程をわからせてやる。英雄などにはさせない。ドブ川に沈んで死ぬ姿がお似合いだ……」
ヨナへの憎悪を募らせるテナンドウスは、公爵に見られているのに気づき、深呼吸して気持ちを整えた。
「ヨナウスが生きていてはいけない。そして、協力者もいてはいけない」
「そうですな」
「公爵。お前は本当に知らないのだな」
「ええ。私は一切関与していません」
「ヨナウスはお前に懐いていた」
「そうでしたな。いい思い出です」
「……。わかった。とにかくヨナウスは死んだんだ。死者は死者のまま、葬られるしかない」
コリングの街に着いた一行。もうすっかり日が暮れていたけれど、テナンドウスはヨナウスの行方を追うために休もうとはしなかった。
この街の支配者である城主とその配下と合流して、街に入る。
事件の現場である地下水路のあたりから視察した。当然、その上に建つパン屋もテナンドウスの目に入る。
ヨナたちは既に街を離脱しているようだった。パン屋の一家も開店準備を切り上げ、どこかに避難している。
そのパン屋の前に一行は向かう。近々開店するという張り紙が貼られていて、これがパン屋だと主張していた。
「この建物が、事件の始まりとなった幽霊屋敷か?」
「そのようですな。事件が解決した今、早速買い手がついたようです」
「ここの持ち主と話しがしたい。中の様子も見たい」
「閉まっておりますが。それに、魔物がいたのはこの下。店自体には何もないでしょう」
扉には鍵が掛かっていて、準備中を示す札がかけられている。そして二階の住居部分も留守だ。テナンドウスの部下が扉を叩いたが、反応はない。彼は部下を振り返った。
「お前たち。聞き込みをしろ。この店に、ヨナウスと似た子供が関わっていないかを」
「何が気がかりなのですか?」
「父上が、まるでヨナウスを探すかのように検問を強化した頃、同時に王都の中心部にあるパン屋に兵を差し向けた。しかしそこはもぬけの殻で、一家の行方はわからない。そして、開店直前のパン屋がここにある。ヨナウスの足跡と一致するようにな」
テナンドウスは王都で可能な限りの情報を集めて、ここに繋がりを見出した。
偶然の一致と考えず、ヨナの行方の手がかりになると考えた。
公爵が無関係と言っても、聞く様子はない。
この大通りの人々は、元から社交的な者ばかり。
パン屋の前に集まる奇妙な集団を怪しいと思いながらも、何人かがこの一帯の領主がいると気づいた。それから、もう少し身近な城主の姿もあった。
領主も城主も尊敬されるべき人たちだ。彼らは住民に、豊かな暮らしを送らせると約束して、おおむね満足させられる政策を取っている。
スラム街を完全に無くすことは出来ないが、大通りに店を構える人々は日々の暮らしに不満はなかった。
だから、そんな領主たちと共にいた人間がこちらに来て、少し話をしたいと言えば、強く拒絶することはなかった。
そして、このパン屋に出入りしている少年と少女の話が、複数人から得られた。この近辺の住民と、急速に仲良くなっていると。
「そういえば、ドラゴンを倒した時ヨナウスには、何人かの味方がいたと証言があった。同じくらいの歳の子もいたらしい。やはりこの家はヨナウスに関係がある。おい、この鍵を誰か開けろ」
「それは……住人にしかできないのでは? 住人も留守のようですな。調べるには時間がかかりますぞ」
「待ってられるか。グプタ!」
「は」
「この扉を開けろ!」
テナンドウスはそばに控える手下に命令した。彼を守る男女の護衛の男の方。スキンヘッドの大男だ。貴人の警護としては少々荒っぽい外見だが、それに見合う実力はあるのだろう。
しかし、鍵のかかった扉を開けるとは。まさかと公爵の頭によぎった考えを、グプタは実行した。
「おらっ!」
パン屋の扉に体当たり。普通の人間ならばびくともしないはずのそれは、あっさりと壊れてしまう。扉の板ごと外れて倒れ、床に当たって音を立てた。
これが異能のなせる技。グプタは超人的な怪力を出せる異能なのだろう。
「探せ。ヨナウスが潜んでいるかもしれない。手がかりらしき物を見つけたらすぐに知らせろ」
テナンドウスの指示で、彼の配下がずかずかと上がりこむ。
家主の許可なくやっていることで、当然違法行為だ。市民の家を壊して勝手に中を漁るなど。倫理的にも大問題。
「おやめください! さすがに勝手が過ぎますぞ!」
「構わないだろう。俺は王子だ」
「これが王族のすることですか!?」
公爵の抗議にもテナンドウスは聞き耳を持たないし、彼の配下はパン屋の中を荒らしていく。キッチンの戸棚を乱暴に開け、中の物を掴んでは床に放り出して手がかりを探す。床の上に皿の破片が撒き散らされる。
住人の私的なスペースであろう二階の住居部分にまで上がっていった。
「殿下! これ以上は!」
「公爵。なぜ必死に止める? ここにヨナウスの手がかりがあると、お前は困るのか?」
「ここの住民は私の領民でもあります! 彼らの生活を脅かす真似は許しません!」
「別に危害を加えているわけではない。物損だけなら、俺が損失以上の金を払ってやる」
「そういう問題ではありません! 住民の生活を脅かす真似は」
「くどいぞ! 所詮は庶民の――」
ぐしゃりと音がした。テナンドウスの横面に、どろりと透明と黄色の液体が垂れる。
「あんたが誰か知らないけどね! 子供たちが悲しむことするのは許さないよ! 開店させるために頑張ってるの見てきたんだから!」
テナンドウスに卵を投げつけた女が怒りの形相で言う。
横暴な王族に対する、市民の抗議だった。




