3-10.酒場の迷惑客
「あー。疲れた。もう何もしたくない。酒だけ飲んでいたい」
「程々にしなさいよね。キアが頑張ったのはよく知ってるけれど」
「アタシが壁を登れるのはな、屋根の修理するためじゃねぇんだよ。てか壁を登るのも本当は違うんだけどな。木登りの真似だからな。酒もってこい!」
酔っ払ったキアが酒場の店員に声をかける。これは、また飲みすぎてしまうな。
僕がアンリに海賊ジーグンドの伝説を話している間に、キアとゾーラはパン屋の開店準備に勤しんでいた。
長らく放置されていた物件だから、あちこち壊れた場所もある。屋根もそうで、雨漏りの跡が見つかったそうだ。影響があるのは二階の住居部分で店舗に雨水が滴ることはないけれど、ティナの家族が住む場所だ。
手っ取り早く修理するために、キアが頑張ったらしい。釘とハンマーと、補修用の木の板を背負って壁を登って修理する。すると壁の剥がれた所なんかも次々に見つかって、そこも修理した。
そんなことの繰り返しで疲れたそうだ。そんな彼女を労うために、夕食は家ではなく、五人で酒場に行った。
ティナの家族たちは家で夕食を食べている。この街に合わせた新商品の開発を兼ねてだ。
「ねえゾーラ。海賊について詳しい!?」
「海賊? 歴史の知識以上のことは知らないけれど、どうしたの?」
「最近、この近海で海賊の活動が活発になってるらしいんだ」
さっきあったことをゾーラたちに説明する。
「そうなのね。それは心配ね」
「心配?」
「テナンドウスによる視察よ。街の貴族による汚職だけでなくて、海賊行為の活発化。王族が、海の管理ができていないと言ってくるわ。必要以上に責めたてて、この街の堕落を喧伝するかも」
「たしかに」
テナンドウスが来るのは、王族の悪い噂を払拭するため。世間の話題を、他所の街の失態に塗り替えようと必死だ。つけ入る隙があるのはまずい。
「やっぱり、海賊は倒すべきね! わたしたちの手で! 英雄の手で!」
「やめなさい。あたしたちは目立っちゃいけないの」
「えー。でもー。ゾーラは胸が目立ってるじゃない」
「アンリちゃんまで何言ってるのよ。公爵に手紙を書いて、注意を促すくらいしかできないわ。あたしたちで海に出て海賊を倒すなんて無理」
「うー」
不満げだけど今は耐えよう。トラブルには巻き込まれたくない。
「そうだぞアンリ。いつも戦うことばっかり考えてると疲れるからな! たまには何も考えずに過ごそうぜ!」
「キアは普段から何も考えてないじゃない!」
「考えてる考えてる」
「例えば今は何を?」
「この酒場の料理もうまいけど、この酒と一緒に食うのはトカゲを焼いたやつの方が合ってるかな、とか」
「何も考えてないわね」
「おい!?」
「キアさん。お店にいる間は、他の食べ物のことを考えてはいけませんよ。ここで料理している方に失礼です」
「そう窘められるのが一番きついんだが!? ああもうわかった! ここで飲むから!」
「いえ。飲みすぎは良くないというか」
「おーい! 酒持ってこーい!」
店員にそんな態度で接するキア。止めるべきかなと思ったけど、店員は気にしてない様子。安い大衆酒場だから、こういうのに慣れてるのかな。
周りを見ても、似たような態度の客は多い。
というか、もっと酷い客がいた。
「おい! 酒が無くなったぞ! 早く持ってこい! 遅いんだよ!」
一見してチンピラとわかる男が三人、豪快に飲んでいた。既に酔っ払っていて、顔は真っ赤で声も大きい。
その声は店内に響き渡っていて、正直不愉快だ。慌ててやってきた女の店員を見るや上機嫌になって、尻を触ろうとした。やめてくださいと拒絶されると激高する。
「なんだとてめぇ! 俺は客だぞ!? 客の言うこと聞けねぇのか!?」
立ち上がって店員に迫る様は見苦しいな。連れのふたりも、もっとやれと囃し立てる始末。
「ああはなりたくないなー」
「そうね。キアも、もう少し落ち着いて飲みなさい」
「おう。わかった」
キアとゾーラが呆れた様子で見ながら、コップの中身を飲む。結局酒は飲むんだな。
店の中の注目を浴びていることに、男も気づいたらしい。
「なんだお前ら!? 見るな見世物じゃねぇんだよ! おい!」
威嚇するして、そしてこちらに目を向けた。
酒場の客は、ほとんどが仕事帰りの男たち。中には冒険者として武装してる者もいる。
僕たちも武装はしているけれど、女子供ばかりのテーブルだ。絡むにしてはちょうどいいと考えたのかな。ニヤニヤ笑いながら、男がこちらに近づいてきた。
「おい。お前なに見てんだよ」
「えっと」
どう返事をしようかな。迷っていると、先にティナが立ち上がり、僕を庇うように男との間に体を割り込ませた。
「別にいいじゃないですか! 酒場で変なことしてる人がいたら、みんな見ますよ! てかあなた誰ですか?」
「俺が誰か? いいぜ。教えてやるよ。宿のベッドでたっぷりとな」
「あ、やっぱりいいです」
男が手を伸ばしてきたのを、ティナは身を引いて回避した。
「おい。女なら素直に誘いに乗れよ。まあ貧相な体つきしてるが、それはそれで楽しめそうだからよ。ああ、こっちもいいな」
「話しかけないでくれるかしら。今、集中したいの」
男に目を向けたられたゾーラは、つれない言葉を返すだけ。




