3-4.存在しない呪い
シャロンは構わず続ける。
「世間的には、ヨナウス殿下が突然亡くなってから、わずか数日で嫡男まで死んだことになる。市民には、同じく病死と説明されているそうだけど、王家は呪われたのではと噂が流れているらしいわ」
らしい、か。公爵は王都にも屋敷を持っているだろうし、そこに管理人を置いている。だから王都に流れる噂も正確に把握しているし公爵家にも伝わる。
そもそもグラドウスの死から三日ほどの間は、公爵本人が王都に滞在していたわけだし。
「カードウス陛下も大変でしょうね。呪いなんてありもしない物を国民が信じてしまっている。王族への信頼が揺るぎかねない出来事よ」
「個人的には、王が国民の噂などを気にするとは思えませんが」
「ええ。たしかに」
ゾーラの言葉にシャロンは頷いた。
「けれど王がヨナウス殿下を追い出したのも、グラドウスがヨナウス殿下に殺されたのも、一部の者しか知りません。それこそ、王家に仕えて政治をする貴族たちも殆どが、ふたりの王子は病気で死んだと聞かされている」
「だから、王家が呪われたという噂も信じかねない?」
「王家と近い関係の貴族ほど、呪いを恐れるのよ。巻き込まれはしないかとね。面白おかしい話を無邪気に語る民衆よりも深刻な問題」
それは国王としても、仕事がやりづらくなるだろうな。
呪いなんてそもそも存在しないのに、それに振り回されるなんてね。事実を明かせば大問題になるから、王は偶然病気が重なっただけと言い張るしかない。
「こんな時に、噂を払拭するためには何をすればいいか、ご存知?」
「知らないわね」
「他のお金持ちの醜聞に民衆の目を向けるのよ」
「なるほど。噂話の矛先を変えるのね? けど、醜聞って?」
「ヴェッカルのクリビース男爵と、コリングのポロソバル子爵家」
「ああ」
魔物を収集していたヤバい家と、そこに魔物を売りつけていたヤバい家か。
「特にクリビース家に関しては、グラドウス殿下が亡くなった本当の理由に深く関わっているわ。既に王家の人間が詳しい調査をしていることでしょう」
「そのまま、魔物を地下水路に匿っていたポロソバル家にたどり着く?」
「ええ。いずれはそうなっていたし、王家が突き止める前に子爵家の悪事は明らかになった。王家は自らの家の不幸から世間の目を逸らすために、必要以上に子爵を非難するでしょう」
金持ちの悪事は大問題だけど、ガリエル公爵領で起こった問題だから、公爵に事態の収集の役割がある。王家には、事後に報告するくらいの義務しかない。
しかし今回は、子爵が王家直轄領に魔物を運んでいた事実があるわけで。ここぞとばかりに口を出すだろう。しかも本来の目的は隠しながら。
「公爵家の監督責任問題に発展するかもしれないわね。さすがに王家も、強大な軍事力と経済力を持つ公爵領と本気で事を構える気はないでしょう。けれど大きな騒ぎにしたい。……近々、公爵領に視察団が来るらしいわ」
「視察団?」
「率いるのは、第三王子テナンドウス」
「第三王子……」
「婚約の話はひとまず置いておいて、あなたたちは一旦城から離れるべきね。ヨナ様と王族が鉢合わせすること、ふたりとも良くは思わないでしょう?」
この女。婚約話のついでに、とんでもない情報をいきなり伝えてきたな。
――――
「そんなこともわからないのか、お前は」
見下した目がこちらを見つめている。信じられないくらいに知能の低い物、それこそ犬か何かを見つめる目だった。
けれど、わかるはずがないだろう。教えてもらっていないのだから。学校で学ぶような内容を、年上の大人たちが話している。僕にわかるはずがない。政治学の問題なんて、僕に聞くな。
僕がお前や父の話についていけないのは、決して頭が悪いからじゃない。お前らが、わからないように話している。
なのに、お前は。
「母親の生まれが卑しいと、子もこうなるのか。お前に父上の血が流れているなど信じられない」
黙れ。お前は――
――――
「あー。わっかんねー。なあアンリ、これなんて読むんだ?」
「もー。キアってば駄目ねー。見せなさい……わたしにもわからない。難しい本を持ってこないでよ!」
「なんか読めそうって思ったんだけどなー」
キアとアンリが本を見つめながら話している声で、僕は目を覚ました。嫌な夢を見てた気がする。
え? いつの間にか寝てたの? 疲れてたのかな?
頭は妙に柔らかいものに乗っていた。
アンリの膝だった。
「あ。ヨナ起こしちゃった? ごめんなさい、うるさかったかしら」
「ううん。普通に目が覚めただけだから。というか、寝ちゃうなんて駄目だよね。大事な話しをしてたのに」
「疲れてたなら仕方ないわ! もっと寝てていいのよ!」
僕の頭を膝に押し付ける。苦しい。
「もう起きるから。というか、なんでアンリの膝枕なの?」
「ヨナが疲れて、わたしの膝に倒れかかったのよ!」
「嘘をつくな。膝枕してたティナが呼び出されたから、ここぞとばかりに代わったんだろ」
「うん。それは覚えてる。ティナが膝枕してくれて。呼び出し?」
「ああ。シャルロットの母さんからな。ゾーラも一緒だし、すぐ戻ってくるだろ。それよりヨナ、この本について教えてくれ」
キアが一冊の本を見せてくる。
「部屋に置いてあったから試しに読んでみたけど、何書いてるのか全然わからねぇ」
「これは昔の英雄の人生について書いた、伝記だね。いくつもの資料を集めて読み解いた学術書の要素もある」
「英雄!? ジェイザックとか!?」
「この本が扱ってるのは、それよりも後の時代の人物だよ。今からニ百年ほど前の人間。ちょうどこのあたりの海域で活躍していた、海賊」
「海賊?」
「他の船を襲って略奪することで生計を立てていた、悪い船乗りたちのこと」
「そんな人たちがいたの!?」
「今もいるよ。だから商船には護衛が乗っているし、港町のギルドで護衛の募集をすることもある」
「へえー。その、伝記? は悪い人たちについて書かれているの? でも英雄なのよね?」
「この海賊は例外的に英雄とされている。当時戦争していた相手の国の船ばかり狙っていたからね」
この海賊については少し知っている。歴史を勉強してきたから。無知と笑われないように。




