1.プロローグ
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本日最初の投稿です。
遠い、遥か遠い昔、この土地を守っている女神は憂いていた。自分が守る美しい大地が、戦いによって壊され燃やされ悲鳴を上げていたからだ。
女神は神であり、人間にはなれない。だから女神自らが国を治める事は出来ない。女神は自分が加護する大地が穢れていくのを、黙って見ているしかできないのだ。
女神が憂い続けていると、この大地を美しい場所に戻し守ろうとする男達が現れた。
剣を持ち戦う男達は、大地を穢した愚か者達を追い出すと、国を作ってこの地を治める事にした。
美しい大地を取り戻してくれた事に喜んだ女神は、一番優秀な剣士に加護を与えた。星の女神の加護で美しい大地を守って欲しいと願いを込めて。
雪が解けて春を迎えたとはいえ、深夜であればまだまだ凍える寒さだ。そんな寒さの中を、馬を引いた二人の男が白い息を吐きながら歩いている。
一メートル先も見えない真っ暗闇は、馬だけでなく人間だって恐怖心を煽られる。その上この寒さだ、これ以上外にいるのは命の危機だ。
「無理だな……」
シガーがそう呟いて、歩みを止める気配がした。
もちろんダールも反論するつもりはない。自分たち以外の物音さえしない暗闇の中を、これ以上進むのは危険だ。目的地に着くのは、朝日が出てからにするべきだ。
今は空と地上の境目さえ分からないほど真っ暗だが、さっきまでは大きな満月が出ていた。深い藍色の空には星が瞬き、満月と共に夜道を照らしてくれていた。あのまま進めていれば、今頃は隠れ家に着いていたはずだ。
だが一時間ほど前から、分厚い雲が空を覆ってしまっていた。民家もない草原は、月や星が隠れてしまえば真っ暗闇で何も見えない。
この一時間でダールは何度も空を見上げたが、雲が晴れる気配はない。むしろ雲が濃くなっている気さえする。かといってこのまま屋外で夜明けを待っているには、今日は冷え込んでいて凍えてしまう。
ここまでが嘘のように順調にいき過ぎていた。だからこそ、月明かりぐらいで狂ってしまう計画の甘さを思い知らされた。
王都から馬で一時間も走れば、民家の数が減るのは当然のことで、今はちょうど民家がない場所が続いているため明かりが全く見当たらない。
かといって、追われる身である二人が明かりをともせば、自分達を探しているだろう追手に見つけて下さいと言っているようなものだ。暗闇は自分達にも不利だが、追手の目をくらませる効果もあるのだから、文句ばかりは言っていられない。
ダールと違って凍えているシガーは、「次に家があったら入る」と言うと寒さで身体を震わせた。
湯たんぽを抱えているも同然のダールは、「俺達の状況を考えろ! 入る家は選ばないと命取りだ」と冷静に言い返した。
間違いなく追手は二人に向かって放たれている。下手な家に入って騒がれたり、警備隊でも呼ばれれば、あっという間に捕まってしまう。
シガーもダールの言いたいことは分かったようで、無言で前へ進んで行った。
無言のまましばらく進むと、やっと集落についた。大きな集落ではなさそうだが、一晩寒さを凌げれば構わない。
多少の声や物音が届かない程度に、周りに何もない家が望ましい。だから家同士が密集していない、この集落は理想的だ。
理想的な集落だからと言って、二人にとって理想的な家がそう簡単にあるはずがない。そう思っていた二人が古い傾きかけた家の前を通り過ぎた時、隙間風が入りそうな窓から赤ん坊の泣き声が聞こえた。
お互いの顔が見えない暗闇の中だが、多分顔を見合せていたはずだ。それくらい、二人にとって望んだ家だった。
これ以上二人の条件に合った家はないと判断し、すぐに扉を叩いて家に入れて欲しいと頼む。
玄関に出てきた男は渋ったが、金を掴ませると途端に顔が緩んだ。それに丸顔に団子鼻で人の良さそうなダールが、赤ん坊を抱いているのも安心材料の一つになった。金がものをいい、朝まで家に置いてもらえるよう話はついた。
家の中に入るとダールの腕の中で、赤ん坊がぐずり出した。生まれたばかりの小さな赤ん坊とは思えない声のでかさに、ダールは不安げに顔を上げる。
「おい、この赤ん坊泣いているけど、大丈夫か?」
「大丈夫だ。この家には昨日生まれたばかりの赤ん坊がいるそうだ。泣き声が聞こえたって不自然じゃない。だからお前も、泣き声位でビクビクするな!」
「でも、泣き声が気になった人が来たら……」
「お前は、うるせぇな! だったら、ここの家の女房に言って乳でも飲ませろ! 最後の食事だ」
その言葉にダールは恨めしそうな顔でシガー睨んでやった。
ダールもシガーも街のスラム街にたむろしている破落戸だ。もちろん一通りの悪事には手を染めてきた。そんな二人でも、生まれて間もない赤ん坊を手にかけるのは抵抗があるものだ。
赤ん坊を抱いたダールが戻ってくると、赤ん坊の泣き声が止んでいた。待ち望んだ食事にありつけたのだろう。
「泣き止んでよかったな。もうすぐ永遠に泣かなくなるのに……」
明らかに揶揄っているシガーの言葉に、ダールはまた顔を顰める。
赤ん坊はこの先にある、人も立ち入らない森で始末するよう指示されている。まだ距離があるので、あれだけ泣いているとさすがに目立つ。
破落戸二人が泣き叫ぶ赤ん坊を連れていれば、不審に思われるのは間違いない。だから赤ん坊を落ち着かせたダールの行動は正しいのだ。自分の方が動揺して正しい判断ができていないと、シガーは気持ちを引き締めた。
「胸糞悪い仕事だよな。世の中では赤ん坊なんて、いくらでも死んでいる。でも、この子は貴族かなんかの子だろ? 飢えることもなく生きていける恵まれた子なのに……」
近年のアーバスノット国は災害や干ばつにみまわれ、生まれてきても死んでいく子供が多い。まだ若い国王は愚鈍でろくな対策も取れず、この国が上向く可能性を見い出せない。唯一の救いが、その国王の娘で、生まれたばかりの『星の乙女』だ。
「俺達は言われた仕事をこなすだけだ。末端の作業人が、お貴族様のお家騒動かなんか知ったことか! 何度も言うが、感傷的になるな」
二人が任された仕事は、王都の外れで赤ん坊を受け取り、森まで連れて行き始末する事だ。
シガーの言う事は頭では理解している。だが、長い時間自分を温め続けてくれた赤ん坊をこの手で……と思うと、ダールの心はどんよりと淀んでくる。
シガーは生まれた時からスラム街の住人だが、ダールは干ばつで立ちいかなくなった土地から仕事を求めて王都にやってきた。だがそう簡単には仕事は見つからず、気が付けば生きるために汚い仕事に手を染めていた。
シガーよりも家族との記憶がある分、苦労なく生きられるはずの赤ん坊の未来を断つことに感傷的になってしまう。
「高貴な金持ち連中にも色々あるんだろ? 俺達は言われた仕事をこなすだけだ。ガキじゃないんだから、いい加減感傷的になるのは止めろ」
シガーがダールの肩を叩いた時、まるで地響きのように家が揺れた。
叫び声と共に、白い軍服を着た男達が狭い家に雪崩れ込んできた。「王女は無事か?」「『星の乙女』はどこに?」と怒号が飛び交っている。
あぁ、あれは騎士団だ。昔、憧れたな、とダールが思っている間に身体を締め上げられていた。赤ん坊を取り上げられ、外に転がされる。
計画の失敗に少しだけ安堵しているダールの瞳に、夜空が映った。あれほど晴れることはないと思えた分厚い雲がいつの間にか消え、夜空には無数の星が瞬いていた。
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