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一章・誕生日(4)

 どうしてこうなったのか? その答えを知ったのは赤子として迎えた最初の夜の夢の中。

 もう遅いし正体不明の赤ちゃんについては明日考えよう。旦那さんがそう提案したため今夜は寝てしまうことになりました。

 神子のおすそわけで初乳を頂いた私も、泣き疲れたせいでスヤスヤ就寝中。今の状況について自分なりに情報を整理しておきたかったのですが、人肌の温もりと子守唄の魔力にまんまとしてやられました。まさか赤ん坊にとってこの二つがこれほどまで強力な睡魔をもたらすものだったとは……魔法以上の威力ですわ。

 やがて夢を見始めた私の頭に、またしても予想外の来訪者が訪れます。その彼女こそが全ての元凶だったのです。


「おやおやおや、たしかアンタ、クルクマの友達じゃなかったかい?」

「え? あっ、元の姿になってる。ていうか貴女、彼女の……」

 突如、クルクマの師匠“才害の魔女”が私の夢に現れました。自称“神”と邂逅した時とは正反対の真っ黒い空間にです。光が無いのに、お互いの姿はクッキリ浮かび上がって見えます。

 夢の中の私は本来の姿に戻っていますが、彼女も生前の姿そのものでした。一見どこにでもいそうな普通の老婆。大きなカギ鼻に小さなメガネを乗せ、曲がった腰でゆっくりと歩いて来ます。魔女的な服装を好まないところは弟子と同じ。


 お名前はたしか……そう、ゲッケイさん。

 三百年以上を生きて、先日死んだ高名な魔女です。


 その才害の魔女ゲッケイさんはぐるりとひとしきり周囲を眺めた後、なにやら納得顔で頷きました。

「ここはアンタの頭の中か。ということはアンタ、アタシが遺した何かに触れたね?」

「ええ、貴女のお弟子さんが“未来予知”の魔導書を持ってきました。おかげでまったく酷い目に……って、待って下さい?」

 たしかにあの時、彼女の仕掛けた“転生魔法”の罠は回避したはず。なのにこうして魂が接触して来たということは、まさか。

「二重トラップ……!?」

「ふえふぇふぇ、一つ目には気付いたかい。まあ、そのくらいできないとアタシの転生先にはならんわなあ」

「なんて……こと」

 完全に彼女の目論見を見抜いた気になっていましたが違ったようです。本命の罠はより巧妙に仕込まれていたのでしょう、あの本のどこかに。

「くっ……不覚を取りました。でも、この体は渡しませんよ!!」

 謎の光に赤ちゃんにされた上、今度はこの老人に人生を奪われるなんて我慢なりません。いつでも迎え撃てるよう身構えます。

 けれどもゲッケイさんは落ち着いた様子で椅子に座りました。さっきまでそんなもの影も形も無かったのに早くも人の夢を好き勝手弄り始めています。

「安心おしよ。どうもアタシの術に妙な力が干渉していてね、アンタを乗っ取るのは無理そうだ」

「妙な力……?」

 思い当たる節は一つしかありません。私を赤ん坊にしたあの光でしょう。たしかによく考えてみると、彼女にとって転生先の肉体を赤子にするメリットなどありません。あれは彼女の意志には関係無い出来事だったと見るべきです。

(ということは、あれが“神子”の力?)

「へえ、神子ねえ」

「なっ!?」

 まだ何も説明してないのにゲッケイは私の考えを把握していました。よく見たらその膝には一冊の本が開かれた状態で乗っています。

 私には、それが何なのかすぐにわかりました。私の一部ですから。

「人の“記憶”を、勝手に……!」

「アンタは素直に教えてくれそうなタイプに見えないからね。簡単に読まれちまう自分の未熟さを恥じることだ」

「黙れ!!」

 怒りが炎となって噴出しゲッケイを襲う。けれど才害の魔女は一瞥もせずにそれをかき消してしまった。

「黙れ……ね。妙に気取った喋り方をしとると思ったら、なるほど、それが素か。育ちの悪さが伺える。ああ、これだこれ」

 突然、ページをめくる手を止めるゲッケイ。ニヤニヤ笑いながらそのページをこちらに見せつけた。

「世間を賑わす噂の魔女が、実は貧民街の下らんアバズレの娘とは、なんとも意外な正体じゃないか」

「ッ!」


 黒い世界が一瞬で朱に染まる。ゲッケイの手の中で本が燃え上がり、劫火はさらに辺り一面を覆い尽くした。

 私の全身から際限無く放出される炎。この空間を埋め尽くさんほどの勢い。

 現実世界ではどうしても遠慮してしまう。でも夢の中、この相手なら手加減なんて一切いらない。

 何もかもまとめて焼き払ってやる。


「おやぁ!? コイツは虎の尾を踏んだかね!!」

「逃がさない」

 立ち上がり、飛びすさろうとした老婆を無数の茨が拘束する。一つ一つ熱を持った鋭い棘が彼女の魂に突き刺さった。

「むうっ!?」


 賞賛に値しますわ。ええ、流石は偉大な先達です。

 人を怒らせるのが、私以上に達者ですもの。


「くっ……うっ……な、なるほど、クルクマの言っていた通り、魔力の強さだけならこのアタシを大きく上回っとる」

 ギリギリと茨で締め上げられ、さしもの才害の魔女も苦悶の表情を浮かべます。怒りに燃える私は、そのまま彼女を捻り潰そうとして──けれど気付きました。

「違う」

「おや、意外と早く気付いたじゃないか」

 振り返ると、そこには椅子でくつろいだままの変わらぬゲッケイの姿。茨で拘束した方の彼女は、途端に砂のように崩れて消えてしまいます。


 幻術──いったい、いつからその術中に?


 私は一度深呼吸し、頭に上った血を鎮めました。同時に周囲の炎も消失します。ここは精神世界。全てが心一つで変わる場所。もっと冷静にならなければ、ここでこの相手には勝てない。

「気付けたのは、思い出したからですわ。貴女は人を騙すのに長けている。それは魔導書の一件で身に沁みました」

「なるほどね、たしかになかなかの才だ。乗っ取れなかったのが実に惜しい」

 よっこらせと立ち上がる彼女。こちらは再び身構えましたが、あちらは一向にかかってくる気配がありません。

 やがて残念そうに語りました。

「ああ、本当に惜しい。その“神子”とやらがいなければね」

「いるものはしかたありません」

「ふえふぇふぇ、達観しとるね。若いもんはそんなことじゃいかんよ。ま、今回はこれでええさ。機会はまたある。仕込みはあれ一つじゃないからね」

 多分そうだろうと思ってましたが、どうやらこの方、他にも復活の手段を用意してあるようです。

「じゃあ、そろそろ行くよ。どこかの誰かが罠にかかってくれるまで、研究でもして暇を潰すさ。今日か明日か何年先か。もっと遠い未来になるかもしれんが、縁があったらまた会おう」

 そうしてどこかへ消えて行こうとする彼女を、私は慌てて呼び止めました。

「ちょっ、少しお待ちを! こうなった責任を取って下さいな!!」

 この方の知識なら私を元に戻すこともできるはず。そう思って一応言ってみたのですが、答えは予想通りでした。

「甘えなさんな、自業自得だよ。自力でなんとかするんだね」

「うぐぐ……」

 呪いの宝石につられてあんな胡散臭い魔導書に手を出したことが、今となっては悔やんでも悔やみ切れません。後悔先に立たずとはよく言ったものです。

 しかし、やられっぱなしでいるのは主義に反します。私は闇の彼方へ溶け込みつつある先輩魔女を今一度だけ呼び止めました。

「だから、お待ちなさい!」

 高圧的なその口調にピクリと反応して振り返る彼女。その顔に先程までの鷹揚な笑みはありません。怒りが滲み出ています。

「いいかげん、口の利き方に気を付けなよ……“最悪”なぞと大層な二つ名で呼ばれちゃいるが、アンタは百年も生きとらん小娘なんだ。分というものを弁えな」

 並の精神なら射殺されてしまいそうな眼光。けれど、そちらこそあまり舐めないでいただきたいものです。私は貴女の言う通り“最悪”でしてよ?

「若輩に迷惑をかけるそちらこそ、転生なんて諦めてさっさと隠居なさった方がよろしくなくて“老害”さん。

 あらいやだ“才害”でしたかしら? 間違えましたわ、私ったら」


 ──バキンと、視界に亀裂が走りました。


 音を立てて私と彼女の間の空間がヒビ割れていきます。精神世界ならではの現象ですね。殺気の衝突で世界が壊れていくのです。

 怯まず、先程向こうがしたのと同じように何も無い空間から白手袋を取り出し、それを投げつけてやりました。決闘の申請。次は必ず痛い目に遭わすという意思表示。


「この借りは、必ず返させてもらいますわ」

「あの程度の罠にかかる三下が、やれるもんならやってみな」


 バキバキ、バキバキと音を立てて亀裂は四方八方に広がっていきます。そしてとうとう限界を迎え、黒い世界が粉々に砕け散った時──


「ばぶ」


 私の第二の人生が始まりました。

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