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一章・誕生日(2)

 それからはしばらく、魔導書の解読のため隠れ家にこもりっきりの生活に。予想以上に難解な暗号が組まれており、この溢れる知識と才能をもってしても容易に解明へは至らなかったのです。

 そうして一週間ほど外出もせず過ごした頃、重大な秘密に気が付きました。

「これ……本来の暗号文に誰かが別の暗号を書き加えていますわ」

 筆跡や文体を似せ、経年劣化による掠れまで装い、元からそうであったかのように巧妙に仕込まれた偽装。でも気付いてしまえば明確に、本来の文章とは無関係の何かが魔導書の一部に挿し込まれていました。解読の糸口を探るのに長い時を要したのはこれがノイズになっていたからだったのです。

 再びなんとも言えない嫌な予感を覚えた私は、その挿し込まれた別の暗号の方から先に解読を進めてみました。

 結果、さらにとんでもない事実が判明します。クルクマの読みは見事に当たっていたのです。二つとも。


「憑依……いえ、転生魔法……とでも呼ぶべきでしょうか……」


 多分、これを書き加えたのは“才害の魔女”でしょう。この魔導書に記されている未来予知の術式に自然に紛れ込ませたこの暗号、というより呪文。気が付かずにそのまま詠唱してしまうと術者の肉体に別の魂が入り込み乗っ取ってしまうという寸法。

「あの方、本当に復活のための仕込みをしてましたのね」

 十中八九乗り移って来るのは彼女でしょう。ひょっとするとクルクマがこれを私の元へ持ち込んだこと自体、あの婆さんの差し金かもしれません。

「……いえ、それはありませんね」

 クルクマも共犯だというなら、私に“転生”や“本への仕込み”の話はしなかったはず。そのおかげで気が付けたようなものですので、少なくとも意識的に師の片棒を担いだわけではないでしょう。

「それにしても、まったく冗談じゃないですわ。私は私です。あんな婆様に乗っ取られてたまるもんですか」

 もちろん仕掛けがわかれば回避するのは簡単な話。むしろノイズを特定できたおかげで、その後の作業効率は格段に上がりました。


 ──そしてさらに一週間後、私はついに“未来予知”の魔導書を全文解読することに成功したのです。


 ただ、いざ呪文を唱えてみてもクルクマが言っていたようなことは何一つ起こりませんでした。

「デマ……だったのでしょうか?」

 呪文は一言一句違わず唱えたはず。でも心身にこれといった変化は無し。試しに数分後の予知ができないか試してみたものの、やはり的外れの結果に終わりました。窓から青い蝶が入って来ると思ったんですけどね。

「まあ、あの方にとっては“乗っ取り”が本命だったのでしょうし」

 未来予知という美味しいエサをちらつかせれば、手に取る人間の数は増えます。その上で難解な暗号を解読させ、ある程度実力を持つ魔女を選別し、次の肉体にする算段だったのでしょう。だから実際に予知が身に着くかどうかは関係無かった。釣りの疑似餌と同じ。エサはそれらしく見えてさえいれば有効ということ。

「クルクマはガッカリしますわ」

 商売人の彼女なら未来予知は私より有効に活用できたでしょう。それゆえ魔導書が偽物だったと知った時の落胆ぶりは容易に目に浮かびます。

 とはいえ依頼された仕事は果たしましたし、報酬はしっかり頂くつもりです。あの宝石を身に着ける時が今から楽しみですわ、ふふふ。


「ふあ……」


 ようやく一仕事終えた安心感から、ついつい大アクビが出てしまいました。はしたないですね、申し訳ございません。

「そういえば……何日かお風呂に入ってませんわ」

 アクビどころではない問題に気付きました。淑女らしからぬ醜態。机仕事が追い込みに入った時にはよくあることですが、やはり女性としては恥ずかしいこと。さっさと清めてしまいましょう。

「モミジ、お風呂の支度を」

『承知しました』

 私の声に答えたのは、この家そのもの。枯れていたカエデの巨大樹を魔法で蘇らせたのですが、何故か喋ったり動いたりもできるようになったのでメイドよろしく家事を任せています。だから体は汚れていても家は常に清潔そのもの。

 まずは湯浴みをして一眠りしましょう。起きて食事を取ったら久しぶりに外へ出て気分転換。クルクマもこの森に住んでいます。たまにはこちらから訪ねるのも悪くない。

 そう決めた私は服を脱ぎつつ浴室へ向かいました。脱ぎ捨てた服はモミジが枝を動かし回収。疲れて色々億劫になってるの。ごめんねモミジ。

 この状態でお湯に浸かったら眠っちゃうかも。


「……」


 案の定、熱い湯に身を浸した私はすぐに寝入ってしまいました。それ自体は珍しくないことなのですが、見ている夢には問題が。


「変な景色」


 周囲を見回し直截な感想を述べる私。真っ白い空間に一本の道が通っています。ガラス板のように透明で、それでいて頑丈。何の素材で出来てるのでしょう?

(まあ、夢の中で細かいことを気にしてもしかたないですわね)

 この空間に来た瞬間から、これが夢であることには気付いていました。夢なら危機感を持つ必要もありません。私がのんびり透明な道を歩いて行くと、やがて前方にさらに奇妙なものが見えてきました。

 大きな大きな目玉です。といっても生々しい感じは無く、やはりガラスで作られた巨大なオブジェといった様相。それが空中に浮かんで私を見つめています。

 ここで初めて胸の奥がざわつくのを感じました。その予感に応えるように巨大な目玉は空間を震わせ“声”を発します。


『最悪の魔女よ』


 はい? どうしてこんな不気味な目玉が私の二つ名を知っているのでしょう? なんとなく不愉快ですわ。


『もうすぐ、現れる』

「何がですの?」

『宿敵』


 いやいや、どうせ教えるのならもうちょっと詳しく話してくれませんかしら。いちいち要領を得ませんわね。なんで言葉を短く切りますの?

 あ、でもそれって、もしかして“才害”さんのこと? だとしたら思っていたより早いご帰還です。もう少し冥府の見物をなさっていたらいいのに。三百年も生きて今回初めて死んだのでしょう?

 私はてっきりそういうことだと思ったのですが、正解は違いました。謎の目玉が答えを告げます。言葉ではなく別の手段で。


「いぎッ!?」


 突然のことでした。頭の中に色んな声と景色が浮かび上がってきたのです。そしてその全ての“未来”に同じ少年が映っていました。

 動揺する私。そんな、あんな子供が?


「私を……“封じる”?」

『そう、それが“神子(みこ)”の使命』


 そんなふざけた話、認められません。神子だかなんだか知りませんが、あの子供が私を封印し自由を奪う存在だと、目の前のガラス玉は言うのです。

 それ自体よくわからない話ですが、もっと意味不明なのは私にその事実を伝えるガラス玉の意図。そもそもこの方、何者ですの?

(あ、そういえば)

 思い出した。ずっと中身ばかり見ていたせいで完全に忘れてましたが、魔導書の表紙に施されていた銀細工。あれはたしかに目玉の形でした。

「未来のことを教えてくれて、その姿……もしや貴方、あの魔導書の精霊ですか?」

『否』

 自信のある読みだったのですが、相手はそれを否定します。

 その上で、さらに無茶苦茶な回答を言い放ちました。


『私は眼神(がんしん)アルトライン。この世界の監視者にして守護者。過去、現在、未来を見通す力を持つ。汝が会得した術は私を通じて異なる時間、並行する軸の情報を断片的に知り得るもの』


「なっ……」

 驚くことに、目の前の目玉は自らを“神”と名乗りました。私が大嫌いなあの神様だというのです。

 そして私が魔導書で得た力は彼にアクセスし、彼を通じて情報を得る術だとも。

「じゃ、じゃあ本当に、あの子が私を……!?」

 説明通り断片的だったので、どういう経緯でそうなるかまではわかりません。けれど彼の言うことが事実なら私は近い将来“神子”によって封印されてしまう。

「それっていったい、どの“神”の仕業ですの?」

 神と言っても複数います。その中の誰が子供に力を与え、どんな理由で私を封じようとしているのか? 答えてくれるという確信はありませんでした。けれど彼は、私の質問に対し素直に回答しました。


『私が力を与えた。汝の悪業を鎮めるために』

「はぁ!?」


 じゃあこの神様、私を封じるために“神子”なんて存在を作り出しておいて、その情報を私に引き渡していると言うんですの? 支離滅裂ですわ。

 でもすぐに気が付きました。そうせざるをえない一つの可能性があることに。

「強制力……あの魔導書を読んで力を手に入れた者の知りたいことを教える。もしかして、そういう契約があるのではなくて?」

『その通りだ』

 なるほど、ようやく理解できました。つまり私はあの本で未来予知の術を会得したことにより、私を封印しようとしている神様自身から目論見を阻止しうる情報を引き出す権利を手に入れていたのです。


 これは願ってもない幸運。


「どうしてそんな契約があるのかは知りませんが……墓穴を掘りましたわね。私、あの子を殺しますわ! 誰だろうと、私の行く道を阻む存在だというなら、成長する前にこの手で始末するまでです!!」

『……』

 神は沈黙しました。そりゃ黙るしかないでしょう。自ら与えた情報で自分の計画を潰す羽目になったのですから。

 直後、視界がグニャリと歪み始めます。渦を巻いて遠ざかり、精神がこことは別の遠い世界へ引き寄せられていきます。間も無くこの夢は終わるようです。

 けれど私の意識が覚醒する直前、そのタイミングを狙っていたかのような反論しようがない一瞬に神様は言いました。


『好きにせよ』


 どういう意味なのか問い質すことはできず、私はそのまま現実へ戻りました。

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