【40】洗戦闘機
俺たちが乗ったポッドは音も無く無機質な通路を通って格納庫へと到達した。
聞けば機材を運ぶための通路らしく、一般的に人が行き来する通路ではないらしい。言葉少なにそう説明してくれるムクさんだが、雰囲気が硬いのは俺のせいだ。
聞きたくなかった。
何度も何度も価値観の違いを押し付けられるのは、俺の持っている感覚が壊されるようで恐ろしかったのた。耳を塞いだことを後悔はしていないけれど、俺の行動がムクさんたちの価値観を傷つける行為だったことは確かだ。
俺はムクさんに何と声をかけて良いのかわからず、意味も無くグレーの風景を見るしかなかった。
振動も無くポッドが停止した。
どうやって説得したのか、ムクさんが渋面を張り付けている以外に俺たちの行為を制止する者はいない。周りを囲む整備担当員も笑うでも、顔をしかめるでもなく、少しだけ不安げな様子をにじませながら俺達が乗るポッドを固定する。
「隔離を始めるわ」
コハクがそう言うのとほぼ同時に、周りにいた整備員たちが場を離れた。
俺達のいる場所からは良く見えないが、おそらく滑走路っぽい通路を隔離したのと同じように、透明な壁でも降りてきているのだろう。ポッド内では緊張に似た沈黙が落ちていた。
俺はそれに耐えきれずに思わず口を開いた。
「ムクさん……、その……ごめん」
「何を謝るんだ」
ムクさんは静かな声でそう答えた。
「俺はさ、俺が我がままだっていう自覚はあるんだ。見ず知らずの男を受け入れて、職まで用意してくれて」
「そうだな。その礼が、規定違反のオンパレードだ。俺だって頭が痛いよ」
言葉もない。
右も左もわからない俺の居場所はムクさんが作ってくれた。
「ムクさんの、評価とかって……傷ついたりしてるよね」
俺が小さくなっていると、ムクさんは「いいや」と前置いてから、俺に向き直る。
「確かに俺は監視要員だ。だが、ヒイラギのプライベートまで張り付いているわけではない。これまでのことは基本的にヒイラギの信念というか、そう言うものに起因していることは上も理解しているみたいでな。俺自身の監視漏れを指摘されたことは無い」
それは良かった。いろいろと気になっていたことの一つが消えて、俺の口角は控えめに持ち上げられた。
「だけどな、俺は……正直お前に出会わなければ良かったと思ってる。ヒイラギの言葉は、何と言うか……」
ムクさんは言葉を切った。
そして長いため息を吐く。
「俺は、保安要員として10を超える船に乗って来た。その中でロストの判定をしたのは7人、いや8人か。いずれも説明をしてロストされる側もロストする側も同意のうえだ」
その時、小さな音を立ててポッドの一部にラインが刻まれた。
コハクが隔離の終了を伝えてくる。
ムクさんは黙って席を立ち、ラインの前で背を伸ばした。空気が抜けるような音がして、すぐに扉が消え去る。
俺もその背を追いかけてポッドを降りた。
「無重力ってやつになるのかと思ったんだけど」
「隔離されただけで、重力装置は生きてるからな」
辺りを見回すと、想像どおり透明の壁のようなもので俺たちの立つ一角だけが区切られていた。格納庫の一番奥。宇宙に向けて開かれる扉に向かって左側の一角だ。
宇宙空間に目を凝らしていると、遠くから小さな星が近づいてきている気がした。
やがてその星が大きくなり、白い鳥のようにも見えるようになり、そして両翼を左右に振ることもせずにセレナが格納庫へと降り立った。
美しい白の機体の側面には、小さな苔が生えているかのようだ。一つ一つは俺の手のひらくらいしかないが、真っ白な機体はそれだけでひどく弱っているようにも見える。
音も無くゆっくりと後退して俺たちのいる格納スペースへと入ってくる。それを見計らったように赤い機体も同じように帰船を済ませた。
背中越しにたくさんの視線を感じる。皆この後がどうなるのかが気になるのだろう。
「おーい。リオン! ダリア! 大丈夫かー?」
とりあえず俺はそう呼びかけてみた。
この船外活動用スーツと、宇宙空間と、戦闘機の壁に阻まれて声は聞こえないかもしれないが、思わず口から飛び出たのだ。
「大きな声を出さなくても聞こえる。そして、大丈夫かって問いはお前に返すよ」
リオンの声には張りがない。
「……なんか、疲れてんな」
「そりゃ、フライト時間も2時間を過ぎたし、アームも出したしな。セレナいわく活動限界まで20分だったそうだ。もう、リンクは切れてるからこれ以上、疲労がたまることはないだろうけど」
「そっか。ダリアも?」
俺は赤い機体の方に顔を向けてそう言った。
「私も大丈夫だよ。アーム出してないしね。回避の時もリオンが前にいたから余り大きな動きはしなかったんだ」
俺はとりあえず胸をなでおろした。
よし、とりあえず機体を洗わないとな。俺とムクさんはお互いに顔を見合せて、一つ頷いた。
一人で作業しようと覚悟はしていたけど、こうして二人いることがこれほど心強いとは。勝手をした反省はこんなところにも理由を転がしている。
「ヒイラギ。なるべく手早く作業することをお勧めするわ。洗浄にかかる時間は、作業員二人でもおおよそ30時間。でも、それだけかかると、リオンはきついわよ。これからもう一度外へ出て通常ルートで帰船する体力が残っているとは限らない。活動限界近くで飲まず食わずで30時間。外部ユニットを積む前に緊急フライトしたのがまずかったわね」
「……何時間ならいいんだ?」
ムクさんが落ちついた声でそう言った。
「そうね、出来れば10時間。最長でも14時間。それ以上は危険よ」
俺はぽかんと口を開けていた。
所要時間の半分。そんなことができるわけがない。そもそも普通より時間がかかるだろうと踏んできたのだ。ここにきてそんなインフォメーションは残酷すぎないか。
「そうか……わかった。俺ならロストと言うところだが、ヒイラギなら、あれだろ、やってみるとか言うんだろう」
「え? ……あ、ああ」
俺は、頷くしかできなかった。自分の言ったことに責任を持たなくては。これは俺が押し通した我がままだ。
「そうだな、まずは洗ってみよう。それしかない。ムクさん……サンキューな」
ムクさんはなにも言わなかった。なにも言わずに赤い機体の方へ洗浄用ホースを持って移動していく。俺もホースを手にとって壁からそっと離れることにした。




