【39】給食当番は何年ぶりだ
なぜ、ムクさんはリオンやダリアにそうしたように、俺を切り捨てないのだろうか。
なぜ、ムクさんはこれほどまでに困っているのだろうか。
いつもとおなじように、ロストだと判断を下せばいいのに。俺に「どうしたらいい」なんて聞いてくる。
「ムクさんはどうしたいんだよ」
俺の口は俺の意思を待たずに、そんなセリフを紡ぎ出していた。
「俺が……?」
「そう、ムクさんがどうしたいのか、それに従えばいいんじゃないの? それが犯罪とかだったら困るけど」
正に犯罪と言われそうな事をしでかした俺が、こんな事を言うのは変だけども。
ムクさんは黙り込んだ。
何か考えているのだろうが、あいにく俺にも時間がない。
ムクさんにはそう告げて、俺は通信を切った。
コハクの誘導に従って、俺は船の最下層にやってきていた。ここまでは空調が届いていないのか、妙に寒い。そういえば、俺はこの最下層に転がっていたんだよな、と、妙にソワソワした気分になった。
それにしても寒い。
こんなところに転がっていたら、低体温症にもなるだろう。
ムクさんには感謝だ。
「ヒイラギ。そのしたのパネルを外して。外部用スーツは一般用品と違って流通チューブに配備がないので、どうしても手作業で取り出さなければならなくて」
言われた通りに倉庫のようになっている一角の、これまた端っこの方の箱の正面板を力任せに引っ張った。
何かで噛んでいたのだろう、一瞬の手応えののちにパネル状態の正面板が取れて、中に袋が二つ入っているのが見えた。
これはあれだ、母さんが衣替えの旅に掃除機で空気を吸い出していたあれ。
布団とかセーターとかをいれるやつ。取り出して見ると余計にそう思った。
チャック部分をあけるとくうきにふれて内容物の大きさが
「デカイデカイ! 思った以上にデカイ!」
みるみるうちに膨らんで、見た目はセーター一着が入っているくらいの大きさだったのに、中身は寝袋サイズ。こんなに圧縮できる袋があるなんて。
この世界から帰るときには、是非この圧縮袋を土産にもらいたい。苦労をかけてばかりの母へのビッグサプライズだ。
そんな事を思いながら中身を広げていたが、ふと心の中に不安に似たものが過った。
この世界から帰るとき。
そんなときが本当にやってくるのだろうか。
俺は、ふと浮かんだその疑問が隠していた感情を呼び起こしそうになるのを感じて、頭を振ってそれを追いやった。
考えても仕方が無い。
今までのやり取りからすれば、俺の存在はイレギュラー。未来の技術を持ってしても、俺を過去に送る事なんてできないのだろう。ムクさんだって、タイムスリップは難しいみたいな事を言っていたし。
考えても仕方が無い。
いつの間にか手が止まっている事に気がついた。
慌てて、中身を広げる作業を再開する。
「着用方法はわかるかしら」
「着用方法って……これ、でっかい割烹着、いや、給食の配膳係みたいだな」
俺の手の中にあるのは上下に分かれた、白い不思議なスーツだった。妙にフカフカしているが、そのかたちは給食の配膳係のそれだ。ご丁寧にズボンがついていて、さらには白いキャップもついている。
とりあえず自分の真っ青スーツの上から着てみると、給食係と言うよりは工場の人だ。
「そうそう。着たらパネルのボタンを押して、アクティブに設定して」
「アクティブ?」
デカイ給食係だか、標準サイズの工場作業員だかになった俺は、先ほど剥がした板をひっくり返した。
箱の板かと思っていたが、これはコントロールパネルらしい。スーツ1とかかれたランプが黄色点滅をしている。その下には、アクティブ を表すだろうローマ字とボタンがある。押してみると、急に身体の締め付けがきつくなった。
白いスーツがピタッと体に張り付くように縮んだのだ。そしてゴム付き帽子だと思っていた白のキャップからは透明なカバーが降りてくる。
俺は、途端に農薬散布人だとか、蜂の駆除人に変身した。
「な、るほど。さすが」
「特殊繊維なの。戦闘機がぶつかってでもこない限り破けないわ」
「それは破けなくても俺が死ぬよね」
この白い布は、なんとも恐ろしい強度を誇っている。
「そうね。でも必要な強度よ」
まあ、切れたりなんだりしないのは心強い。
締め付けがキツいぶん、足を動かすのが地味に辛い。コハクは着替えた場所から20メートルくらい先にある、卵形の乗り物に乗れという指示が出たが、一歩一歩が重労働だ。
ひいひいいいながら、そして簡単には拭えない汗をかきながら、なんとか俺はその乗り物にたどり着いた。
卵形の乗り物はタイヤを持たない不思議な乗り物だった。俺が抱く未来のイメージ通り、地面からちょっと浮いた状態で停止している。
中にはベンチがついており、俺が座ってもまだまだスペースが余っていた。
スーツが二着あるのだから二人は乗れる設計なのだろう。俺が乗り込むと当然のようにドアが現れて、唯一空いていた部分を遮断した。
「このまま格納庫まで移動するわ。格納庫ではポッドを隔離エリアに配置してから、隔離作業をする。戦闘機の着陸や外部の安全確認ができたらポッドが開くので、それまでは席を立たないで」
わかったと応えて、まさにポッドと呼ばれた乗り物が発進しようとした時だった。
俺がヨチヨチ歩いてきた部分を大股でこちらへ向かってくる人物がいる。
その人物がポッドの前で立ち止まると、ポッドには先ほどと同じように開口部が現れた。
「ムクさん?」
「俺も行く」
ムクさんはいままでの柔和だが嘘くさい笑みを捨てて、きつく眉を寄せたままそう言った。
大きな体を真っ白に染めて、小さな穴をくぐるように乗り込んでくる。
「監視要員だ。そういうことにしておいてくれ」




