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【38】存在してはならない


「ヒイラギ、いったい」



 ムクさんの困惑した声を聞きながら、俺は隔離の可能性を考えていた。

 一つは格納庫自体を隔離すること。

 一つは格納庫の一部を隔離すること。

 格納庫全体の隔離というのは、物理的に困難な気もする。格納庫は戦闘機3機を収納し、さらに整備要員や機材のために設けられたスペースだ。


 俺にとってわかりやすく言えば、サッカーコート二つ分くらいのスペースがある。図面を見た限り、3階フロアの7割以上を格納庫が占めているのだ。隔離するにはでかすぎるんじゃないだろうか。

 まあ、それでも飛行機みたいなものが発着する場所としては小さすぎるのかもしれないが。


 全体を隔離出来ないとしても、少なくともあの発着用の細長いスペースを区切ることは可能かもしれない。

 俺は自分が宇宙空間に強制放出された時のことを、なんとか思い出そうと頭を抱えた。

 確かあの時、滑走路のようなスペースを中央に残し、両サイドには透明のカバーのようなものがかかったはずだ。そして戦闘機はそのスペースを利用してスピードを上げ、発進だかなんだかしたのだろう。



「コハク。念のために聞くけど、格納庫の隔離は出来ないのか」


「出来ないこともないけれど、格納庫は隔離を想定して作られていないので、船の外との隔離という意味ではちょっとおススメ出来ないわね。格納庫と内部通路を繋ぐ扉の強度が船の航行に耐えるとは言い切れないわ」


「じゃあ、一部を隔離することはできないか」



 俺がそう言うと、モニターに表示された図面はゆっくりと回転して角度を変えた。



「格納庫は大きく整備エリア、燃料エリア、待機エリア、滑走エリアに分かれています。結論を言えば、そのどれもが隔離可能」


「細かく仕切れるってこと?」


「そう。緑色の線のとおりに隔離出来る。その強度は外装と同じ」



 コハクの言葉に合わせるように、図面にははっきりとした緑色のラインがあらわれる。

 いつの間にか小さな画面が増えて、この会話を複数の人が聞いていることがわかった。


 ムクさんもリオンもダリアも、もう俺に異を唱えたりはしていない。もう手遅れなことはわかっているのだろう。そして、俺がとまらないこともなんとなくわかっているのかもしれない。



「外からさ、セレナとルビーが帰ってくるんだ。身体にガムくっつけてさ。それに、中にはダリアとリオンが乗ってる。ガムを船内に入れないように、二人と戦闘機を船内に入れることはできる?」



 一瞬の沈黙があったが、コハクは応えを返してくれた。



「戦闘機の船内格納は可能です。この通り、滑走エリア、燃料エリアは外部開口可能な部分に接続していますので、この部分から船内に入り停止させればよいでしょう。そして利用区域を隔離する。そうすればガムとやらを船内……というか、居住等のスペースに容れずに機体を回収出来るわ」



 コハクは俺の意図を正確に汲み取ってくれている。



「しかし、パイロット二名については、どちらにしろ船外……つまり宇宙空間とか、それに類似した空間に一度は出なくてはならない。空気、放射線量ともに対応不可能よ」



 二人を戦闘機の外に出すことが困難と言うことか。



「くそ、ガムさえくっついてなければ」



 そうだ、ガムがくっついていなければ二人は無事に戻ってこれたはずなのだ。

 画面を見ると、今はミントガム本体からは十分に距離がとれているのか、二機とも全くの静止状態で黒い空間に浮いているように見える。



「ガムさえ」



 俺は画面越しにでも、ヘラかなんかでゴリゴリとガムを取ってやりたい気分だった。



「……ん? ガムを、取る?」 



 その時、俺の頭に何かが引っかかった。

 そうだ、ガムを取ればいいのだ。

 アレを引っぺがして、外に捨ててしまえばいいのだ。



「コハク! 中から、人が宇宙空間に出る装備ってのはあるの?」


「あるわよ。緊急保全用のスーツを着用すれば、船外活動は72時間まで快適に行えるわ。でも、めったに……というか、最後に使ったのがいつなのかちょっとわからないくらいだけど」



 賞味期限切れならぬ、使用期限切れと言うことだろうか。俺が肩を落としかけたその時、



「船外活動用スーツなら、出航前に使用可能かを調べてある。記録上使われたのは280年ほど前に一度きりだが」



 と、ムクさんが眉を寄せたままそう答えた。



「それって……ええと」



 配備状況を調べていることをコハクが知らないと言うのはどういうことだろうか。



「ごめんなさいね。私もエンジンがかかってる間しか、起きてられないのよ」



 なるほど。配備を調べたのはエンジンがかかっていない時と言うことか。

 いずれにしろ、この船には船外活動用のスーツがある。



「じゃあさ、それをリオンとダリアに渡せば」


「コックピットはその状況じゃ開けられないだろう。それに、船外活動用スーツの配備は2着だ」



 俺は押し黙った。2着しかないと言うことは、持っていく人のことを考えると二往復が必要だ。それより何より、コックピット開けた瞬間に空気は無くなって、放射線……放射線があるのか……は彼らを襲う。



「それじゃ、整備のスタッフさんにさ、スーツ着てもらって戦闘機を丸洗いしよう。そしたら一度外に出て、普通に着陸! これならどう?」



 コハクは黙り込み、ムクさんは大きなため息を吐いた。



「船外活動は280年ぶり。訓練を受けたものも居ない。それに、ガムと呼んでいるあの緑色の物体がなんであるかがわからないのに、それを掃除しに行く整備員は……今のところ皆無だ」



 誰も、リオンとダリアのために手を上げない。


 一瞬腹が立ったが、すぐに自分だって同じことに気がついた。

 あれこれ文句をいう癖に、俺だって自分が外に行こうなんて言ってない。同じだ。ここで、俺が憤慨している相手も、俺も。


 俺は一つ大きく息を吸ってから、意を決して口を開いた。



「わかった。じゃあさ、俺がそのスーツを着てガムを引っぺがしに行くよ。二着あるんなら72×2で148時間は動けるんだろ。そのくらいあれば二機分の洗車? 洗戦闘機? も何とかなるでしょ」


「ヒイラギ、それは許可できな」


「許可なんて知ったことか。俺はあいにく世間知らずなんで、勝手にやるよ。コハク、俺がそうすることでこの船にどれくらい危険が及ぶ?」


「……付着している物質の浸食性はほとんどないわ。ただの付着。高圧洗浄機で洗い流すってのは、悪くない鴨しれないわ」



 昔親父に連れていかれた、コイン式洗車場を思い出す。

 アレは結構楽しかったぞ。



「じゃあ、俺は勝手にやるから。リオンもダリアもロストだと思ってるんだろ。放っておいてくれていいよ」



 ムクさんにはあえてそう言った。



「ヒイラギ。この会話は」


「それもわかってるって。おとがめは後で受ける。だから」


「聞けよ!」



 スピーカーがビンと音を鳴らした気がする。

 すぐにモニターに電話のマークとムクさんらしき名前が出る。プライベートな通信ということだろう。

 俺は応答ボタンを押して、ムクさんの声を迎え入れた。



「……ヒイラギ。わかってないよ。わかってない。リオンやダリアのこともそうだが……おまえは、あろうことか『機械』と会話をしている。意見を求め、意思疎通をしている。それは危険だ。危険と判断されても文句は言えない」



 俺はムクさんの声の低さに、息をのんだ。



「だ、大丈夫だよ。委員会だっけ? ここの人は話せはわかるっぽいし、非常事態だし、もちろん罰金とかそう言うのは覚悟してるよ」


「ヒイラギ。いいか、機械と話すのはタブーだ。だからこそ、音声認識システムは利用放棄され現代のどの声にも反応しないようになっている。機械依存による人口減少のリスクを排除して造られた今、ヒイラギは……存在してはならない存在だ」





 存在してはならない。




 それって、もしかして。



「ヒイラギ。俺はヒイラギをどうすればいい?」



 ムクさんの声はなんだか震えていた。



「俺は、リオンを、ダリアをどうすればいい?」



 俺は存在してはならない。それは、消されてしまうと言う事なのだろうか。

 恐怖で一瞬声が出なかった。




 呆然と画面を見つめたまま、ふと疑問が頭をよぎった。




 どうしてリオンやダリアのように、俺の事を切り捨てないのだろうか。





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