【26】レア
俺がなんとか一息をついて、コックピット内の背もたれに体重を預けた時だった。
「ヒイラギ。リオンが来ています」
セレナはそう言って画面に格納庫の入り口の映像を出す。
格納庫の入り口部分には呼び出し用のタッチパネルが設置されていたが、こうやって使うのかとちょっと感動した。
確かにコックピット内にいるパイロットに来訪者があることを伝えるためだけに、誰かがここまで来るのは骨だろう。
入り口脇の、技術者らしき人々が多数詰めている部屋と、戦闘機が置いてあるところまでは結構な距離があるのだ。
「今日の補充は完了しています。勤務を終了いたしますか?」
「そうなの? んじゃそうしてくれる?」
セレナの了承の声を聞くと、コックピット内の灯りはゆっくりと消えていった。同時に入口部分が開いていく。
自動で出てきた階段を降りていくと、どこからともなく人型セレナが現れた。
「……そういや、ここにその……何だっけ、身体部分が置いてあるんだっけ」
「ええ。そこに」
セレナはすっとコックピットの後ろあたりを指差した。
よく見ると丸い継ぎ目があるような気がする。
もう一度セレナを見ると、セレナは小さく首をかしげた。
こんな小さな子供を、あそこに閉じ込めているのか。
セレナが見た目通りの存在でないことはわかっているのだが、どうしてもそんな罪悪感めいたものがぬぐえない。
にこりと笑うセレナにつられて、思わず笑ってしまったけど……そう言うことじゃない。そんなノリでかわす問題じゃない。
俺の頭の中には先ほどの判決がぐるぐると回っていた。
こんな外見をしていたのなら、機械がどうとか言えないじゃないか。
アンドロイドに依存するってことが、どれだけ当たり前の状況なのかを痛感した。
セレナは依存を弱さと言っていたが、俺だってきっと依存する。
「ヒイラギ?」
セレナの声に我に返った。
いや、やめておこう。俺が考えたって仕方がないんだ。
「ごめん、なんでもないよ。ちょっとシリアス展開に頭が追いつかなかっただけ。リオンのところに行こうか」
「はい」
セレナが笑って手を出すので、俺は思わずその手を取った。
ほら、体温だってあるじゃないか。
「ヒイラギ? 体温が0.4度ほど上昇しましたが」
「何でもない。何でもないから」
「っていうか、手を繋いでいると体温はかれるのね」
話題をそらそうとしてそんなことを口にしたが、ちょっと無理矢理過ぎただろうか。
「……繋いでいなくてもコックピット内ならはかれますよ。コハクなら船内のどこにいてもはかれるでしょうね」
「どこでも?」
「ええ、自室でも廊下でも」
え、ちょっと待ってくれ。それってどういうことだ。
「脈拍や心拍もはかれます。ヒイラギの心拍、今ちょっと上昇しましたね」
いやいやいや。それってさ、俺がどんな状況なのか、結構筒抜けじゃないか。
何かにドキドキしたり、何かにどぎまぎしたりしたら心拍数も体温も上がるよね。そう言う瞬間ってあるよね。そりゃもう自室とか個室とかでは特に。
俺だって地味ではあるが健全な男であって、あの、ちょっとはそのあたりを考えてほしいと言うか。
「……プライバシーって単語は生きてるんだろうか」
俺の呟きにセレナは「ああ」と、何かに納得したような声をあげた。
「自室やバスルームなどの個人使用スペースでは、本人に生命異常が発生する状態にならない限りは基本的にデータは計測されません。具合が悪い時などは、病室モードに設定することで、自動的にデータ収集がなされ、医師に連絡が取れるようになっています。切り替えがなくても急激かつ異常な変化の場合には自動で切り替わりますけど」
エマージェンシーな感じにならない限りは、とりあえず放置されているようで良かった。
俺の尊厳は保たれる。
一瞬、戦慄が勝ったが、よく考えれば素敵システムだ。
だってそうだろう、自室で具合が悪くなったらモード切り替え一つで病院ってことだろう。
行く手間もかからないし……そうか、病室やらなんやらを別に作る必要がないって意味では合理的だ。
そう考えると維持装置とやらの使用料が高額だったってのは、例外中の例外ってことなのかと納得というか、あきらめのため息が漏れた。
そんな俺の視界に、重たいグレーのスーツが現れた。
リオンもこちらに向かっていたらしい。
「おまえ……昨日言ったばかりじゃないか。外でセレナに話しかけるなって」
形の良い眉を盛大に寄せて、リオンは俺の後ろ襟を掴んでくるりと後ろを振り向かせた。
セレナを俺達の足で入り口側から隠す形だ。
「……だって、どう見ても人じゃん。セレナに話しかけたって機械に話しかけてるとは誰も思わないよ」
「あのな……おまえ、この船で子供を見たか?」
そう言えば見かけていない気がする。
え、なに、もしかして船に子供っていないのか。
「この船に子供は5人しかいない。そのうちの3人は14歳をこえたアカデミー生だ。今のところ、乗船している子供の顔を知っているクルーに出会ってないから何とかなってるが、ばれたら厄介だぞ」
リオンはそう言って、さりげなく俺達を格納庫の真ん中辺りまで誘導した。壁際に一つ扉がある。
「セレナ、その姿以外の人型モジュールは無いんだよな」
セレナは状況を把握しているらしく、こっくりとうなずいた。
「よし、仕方ない。とりあえず目立たないように、このスーツに着替えてくれ。他の子供たちも着ているスーツだ。これを着ていればとりあえず乗客の一人だと思うだろう。顔を知ってそうな人は極力避ける。これしかない」
リオンはそう言って持っていた袋をセレナに差し出した。
セレナもそれを受け取り、一瞬だけ嫌そうな顔をしたがそのまま扉に近づき、中へと消えていった。
「……そんなに子供って乗ってないの?」
俺はリオンにそう話しかけた。
これだけのクルーが居るのだ。家族連れで乗っている者がいてもおかしくないだろう。
「この船は長距離一般循環船。……ポイントがなくても仕事をすることで利用できる船なんだよ。一番リーズナブルな船。わけがわからん連中でも、仕事をするなら運ぶ船ってことだ。なんとなくわかるだろ」
そうか、ちょっとやんちゃな連中も、グレーゾーンな人々も乗せちゃうよっていう船なのか。
こんなにきれいな船なのに……この船は多分この世界の人にとっては
「ガラが悪いってことか」
「……まあ、そんなところだ」
だから俺も乗れたのだろうけど。
「だからこそ、親は子供を乗せたがらない。もっと上等な船を選ぶよ。この船に乗ってる子供は、14を過ぎた、大人とそんなに変わらない連中か、理由のあるやつってことになるだろうな」
「セレナも、何か理由のある子って感じに扱うべきなのね」
俺が軽くそう言うと、リオンは俺の背中をバシッと音が出るほどに叩いた。
「……いいか、自分のためにもそうしろよ」
その表情がやけに険しいのが気に係る。そんなに大ごとなのか。
「それから、これから連れて行く場所とか会う奴のことも他言無用だ。どこに行くのかとかもとりあえず聞くな。そして……そうだな、セレナと一緒でいいから、な」
「なに、なんなの。そんな怖い顔で話さなくちゃいけない所なら、俺、行きたくないんだけど」
「大丈夫だ。基本的には」
「例外はあるんだろ」
「何事にも例外はあるだろう」
「そう言うのをきれいにトリミングしてきたんじゃないの。未来って、何かそんなイメージが出来上がってきたところだったよ、俺!」
リオンは僅かに目を見張ってから、にやりと笑った。
「その通りだ。だからこそ、ヒイラギはあいつに会いたいと思ってな」
俺が、会いたいと思う相手。
一体何が言いたいのだろう。
リオンは俺の肩に手をまわして声を潜めた。
「他のものが食いたいんだろ?」




