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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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船上野外訓練四日目

ヴィルは、私のそばに出来るだけいてくれている。

その距離が、今はありがたかった。


クラーケンは教官たちが魔術と誘導で遠ざけてくれたらしく、

あれからは全力で回避、全力で撤退。

結果として――生徒全員、生存。


正直、それだけで奇跡だと思う。


船が一隻、大破した。


普通なら。

普通なら、だ。


「よし!帰ろうか!」

とか、

「今回はここまで!」

とか、

そういう流れになるはずなのに。


教官は、にっこにこだった。


教官「はっはっは!まさかクラーケンと遭遇するとは運が良い!」


……この人、ブレないな。


治癒魔術科B班の顔が、ゆっくりと死んでいく。


「運……?」

「今、運って言った?」

「命が残ってるだけ奇跡なのに?」


騎士科はというと、

「まぁ……生きてるしな」

「訓練としては、濃い」

とか言っている。


基準がおかしい。


教官は続ける。


教官「さて、諸君。船がないからといって、訓練が出来ないわけではない」


……ざわざわ。


嫌な予感しかしない。


教官「新しい命綱をつけたら――」


治癒魔術科、命綱という単語に反応。

条件反射で、全員がベルトと結び目を確認する。


教官「飛んでみようか!」


……。


……どこへ?


誰かが、恐る恐る聞いた。


「……あの、教官。どこへ、でしょうか……」


教官は、満面の笑みで答えた。


教官「海だ!」


……シーン。


風の音。

波の音。

遠くでカモメが鳴いた。


治癒魔術科B班、完全沈黙。


ヴィルが、私の横でぽつりと呟く。


ヴィル「……水中訓練か」


私は、濡れたローブをぎゅっと握りしめた。


重い。

とにかく、重い。


ローブが水を吸って、

身体にまとわりついて、

一歩動くたびに、引きずり込まれそうになる。


今の私は、

治癒魔術師というより、

沈みゆく布の塊だ。


「命綱あるから大丈夫だよ!」

「溺れたら引き上げるから!」


……その「引き上げる」前に、

心が折れそうなんですが。


バケツ――

相棒はもういない。

あの日、海に還っていった。


私は、心の中でそっと祈る。


(戻ってきて……予備でもいいから……)


教官の号令が響く。


教官「では!順番にいこう!躊躇するほど、体力削れるぞ!」


削れてるのは、もう体力じゃなくて、

精神です。


ヴィルが、私の命綱を確認してくれた。


ヴィル「締まってる。大丈夫だ」


その声が、少し低い。

安心させるための声だと、すぐ分かる。


私は、ぎこちなく笑った。


「……ねぇヴィル」

「ん?」

「私、今日、生きて帰れたら……」

「帰れたら?」

「甘いもの、三倍食べる」


ヴィルが、鼻で笑った。


ヴィル「それ、死亡フラグだろ」


「やめて!」


笑いながら、でも。

心臓は、ずっと早鐘みたいに鳴っている。


冷たい海。

重たいローブ。

命綱一本。


教官の「よーい!」の声。


私は、ぎゅっと目を閉じた。


(生きよう……)

(何があっても……)


数々の修羅場を越えてきた。

毒も、重りも、嵐も、魔物も。


だからきっと――

今日も、なんとかなる。


……なるよね?


教官「――行けぇ!」


次の瞬間。

世界が、上下逆さまになった。




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