船上野外訓練三日目
船が大破した。
……え?
フラグ回収、早くない?
いや、現実だ。
夢でも比喩でもなく、今まさに、
私たちの乗っていた船が
「役目を終えました」と言わんばかりに、
盛大な音を立てて傾いた。
遡ること少し前。
連携は完璧だった。
魔術科が牽制、騎士科が迎撃、治癒魔術科が回収と回復。
まるで何度も繰り返した演習のように、歯車は噛み合っていた。
「……今回、順調じゃない?」
「フラグ立てるな」
「だよね、ごめん」
そんな軽口が出るくらいには、余裕があった。
その時だ。
海が、盛り上がった。
本当に、盛り上がった。
水面が隆起し、影が落ち、
ぬるりとした質感を伴って――
ひょっこり。
「……おはよう?」
誰かが、現実逃避みたいな声を出した。
クラーケンだった。
巨大。
想像の三倍は巨大。
ゲーム画面で見たことはある。
でも、実物は「画面越しの恐怖」なんて生易しいものじゃない。
阿鼻叫喚。
「でかっ!?」
「聞いてない!」
「触手の数がおかしい!!」
騎士科が即座に前に出て、魔術科が詠唱を始める。
教官の声が、雷鳴みたいに響いた。
「一隻、切る!」
「全員、別船へ退避!負傷者優先!」
軽く言うな!と思ったけど、現実は待ってくれない。
命綱を辿って引き寄せられる生徒。
騎士科が綱を切り、別船へ。
次々に投げられていく生徒たち。
丁寧さ?ない。
命優先!
魔術科の結界が、ギリギリで触手を弾く。
私は治癒を展開しながら、必死に周囲を見ていた。
その混乱の中で――
ぽちゃん。
私の足元から、相棒が消えた。
一瞬、頭が真っ白になった。
バケツ。
銀色の、あの子。
波に攫われ、
一瞬だけ、きらっと光って、
そして、消えた。
「……相棒……」
今まで、吐いて、泣いて、耐えて、
一緒に生き延びてきた相棒が、
何の前触れもなく、海に消えた。
ありがとう。
今まで一緒にいてくれて。
君がいなかったら、私は多分、魔力供給訓練で死んでた。
貴方のことは、絶対に忘れない。
必死の退避の末、
死者なし。
行方不明者なし。
教官の判断が、すごすぎた。
混乱の後、甲板に座り込みながら息を整える。
治癒魔術科の生徒たちは、
なぜか教官を拝んでいた。
「……尊敬」
「……敬愛」
「……ありがとうございます」
教官、ちょっと引いてた。
私は、震える手で周囲を確認する。
B班……無事。
みんな、いる。
ヴィル……いる。
エルンスト――
いた。
……けど。
エルンストは、腕に誰かを抱いていた。
淡い桃色の髪。
雨と潮で濡れて、肌に張り付いている。
小さく震える身体を、騎士の腕が包み込んでいる。
ヒロイン。
なぜ……?
なぜ、エルンストなの?
胸の奥が、ひやりと冷えた。
状況は分かる。
助けただけ。
守っただけ。
騎士として、当然の行動。
……それでも。
なぜ、その腕なの?
視界が、じわりと歪む。
波音が遠くなる。
私は、動けなかった。
ただ、立ち尽くして、
その光景を、焼き付けるしかなかった。
船上に、潮と雨と、嫌な予感が混じる。
ああ。
これが、三日目。
まだ、半分も終わっていない。




