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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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春恒例の野外訓練のお知らせ

先生が教壇に立った瞬間、

治癒魔術科の空気が、ぴしりと固まった。


その笑顔を、私たちは知っている。

にこやかで、朗らかで、そして――ろくなことを言わない。


「ふっふっふ」


ほら来た。


教室のあちこちで、椅子が軋む音がした。

誰かが小さく息を呑み、誰かが祈るように目を閉じる。


もう、察していた。

春だ。

そして、この学園における春とは――そういう季節だ。


「――来週、五日間は野外訓練です」


ざわっ、と音にならない悲鳴が教室を満たす。


「実戦と変わらない状況下で訓練に及ぶため、各自、準備は念入りに」


先生は淡々と続ける。

淡々としているのが、なお悪い。


「魔術科、騎士科と治癒魔術科の合同です。魔物が生息する区域に入ります。油断はしないように」


――魔物。

その単語だけで、去年の記憶が蘇る。


土砂降り。

重り。

足元は泥。

そして、ジャイアントベア。


(あの時、ほんとに死ぬと思った……)


隣の席のB班が、白目を剥きかけている。


「ちなみに今回は船に乗れるよ!」


……船。


一瞬、教室が静まり返った。


船。

揺れる。

足場が不安定。

魔力を吐いたばかりの身体に優しいわけがない。


「また、やってきましたね……」

誰かが絞り出すように呟いた。


春。

恒例。

野外訓練。


B班が、ゆっくりとこちらを向く。


「……週末……」

「買い出し……行こっか……」

「もう私、家に遺書置いてきてる。何かあったら開けてねって」


重い。

会話が重い。


私はというと、無言で頷きながら、足元に置いたものをそっと見下ろした。


銀色に鈍く光る、それ。


「……相棒も連れていく」


ぽつりと呟くと、

B班の視線が一斉に集まった。


「だよね」

「今回は必須装備だよね」

「むしろもう一個欲しい」


銀色のバケツは、今日も誇らしげだった。


吐き気と涙と絶望を共にした、

もはや戦友。


(船かぁ……)


頭の中で、揺れる甲板と、魔物と、魔力供給と、

去年より確実に成長した自分と、

それでも全然足りない気がする不安が、ぐるぐる回る。


逃げたい。

でも、逃げられない。


それが、この学園で生きるということ。


私は深く息を吸って、

銀色の相棒を軽く叩いた。


「……今回も、よろしくね」


バケツは何も答えない。

でも、不思議と心強かった。


――春恒例の野外訓練。

今年も、生きて帰ろう。



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