護身術を君と
「まっ……て……っ、ふぅ……はぁ……」
肺が焼ける。息が追いつかない。
床の冷たさが背中に貼りついて、次の動きを催促してくる。
視界の端で、影が動いた。
「その程度じゃ……俺から逃げられない」
低い声。距離を詰める音。
踏み込みの重さが、はっきり分かる。
わかってる。
わかってるけど――悔しい。
城に戻ってから、彼は多くを聞かなかった。
代わりに、短く告げた。
「君が頑張った成果が見たい」
それだけ。
疑うより先に、確かめる。
それが彼のやり方だと、今は分かる。
訓練所は静かだった。
高い天井。
壁に並ぶ武具。
踏みしめるたびに鳴る床。
ここには言い訳も、逃げ道もない。
私は、贅肉と戦った。
笑われてもいい。理由はどうあれ、動き続けた。
転がされて、起きて、また向かった。
寒さの中で、汗をかいた。
筋が鳴り、関節が覚え、身体が答えるようになった。
「……来い」
合図と同時に、彼が入る。
圧が違う。速さも違う。
首を狙われ、顎を引き、フレームを作る。
逃がしたスペースに膝を滑り込ませ、相手の足の間に差し込む。
肘と膝を繋げて、押し返す。
それでも、崩される。
「……まだだ」
彼の声は冷静だ。
だが、視線は鋭い。
獲物を見るそれに、迷いはない。
近づく。触れる。
距離を詰め、支配する。
だが、乱暴じゃない。
確実に、選択肢を削るやり方。
「悔しい……」
思わず零れた。
床を叩き、歯を食いしばる。
その瞬間、彼の動きがわずかに変わった。
圧が一段、研ぎ澄まされる。
「なら、奪え」
挑発じゃない。
指示だ。
――今だ。
腰を切り、重心を下げる。
相手の肘を抱え、反対側へ爆発的にブリッジ。
回す。
転がす。
体重を預ける。
ダン、と音がした。
彼の背中が床に触れた。
私が上だ。
息が荒い。視界が揺れる。
それでも、笑った。
「はぁ……はぁ……どう? 気に入った?」
ドヤ顔を作る余裕は、ぎりぎり残っていた。
彼は一瞬、目を見開いた。
それから、ふっと笑う。
……ああ。
その笑みで、分かった。
疑念が、ほどけていくのを感じた。
――本当に、贅肉と戦ってただけだな。
そんな納得が、彼の中に落ちた気配。
同時に、彼の目が、また一段深くなる。
「いい」
短い言葉。
だが、満足と、闘志と、静かな独占が混じっている。
「だが、次は――」
彼が体を起こす。
距離が、また詰まる。
「逃げ切れ」
そう言って、彼は構えた。
私は息を整え、立ち上がる。
悔しさも、達成感も、全部まとめて胸に押し込める。
――私は前に出る。
床を蹴った。
次の一手は、もう決めてある。




