第21話 引き継ぎ
そうして始まったオークションをラティアはクロエと並んで眺めていた。
基本的に工房にこもりきりだったラティアにとって、実際にオークションを見るのは初めてである。
オークショニアが少しでも値を吊り上げるために参加者たちに競わせる口上を面白く聞きながら、ラティアは開始の金額から何倍にも上がっていく様子にため息を吐く。
「さすがにこの値段でクロエに物を買ってもらうのは遠慮するね」
「そう? 僕はお金ならまあまあ持ってるよ」
「それはそうかもしれないけれど。というかクロエが参加したら他の人たちが遠慮するんじゃないんですか?」
ラティアの指摘にクロエが無言のままニヤニヤと笑みを浮かべて返す。それはラティアの指摘が正しいことを示しているかのようだった。
「クロエ、仮契約のお祝いということなら裁縫ができる工房を1週間程度貸して欲しいのですが、それでもいいですか?」
「そんなことでいいのかい?」
「はい。手持ちの道具でもルドミラさんの衣服は作れなくもないけど、やっぱり工房のほうが落ち着くので」
「わかった。手配しておくよ」
普通であればそんな裁縫のできる工房をすぐに用意できるはずがない。設備を用意するにもそれなりのお金がかかるし、既に裁縫の工房と使われている場所であればそれを使用している者がいるはずだからだ。
しかしそんな要望をあっさりと了承したクロエの対応に、ラティアはクロエの立ち位置がよくわからなくなっていた。
(王家ではあるんだろうけど、普通に街に来ることができるってことは継承権とかは高くなさそうだよね。それなのにお金も伝手も十分にありそうだし、王族って皆そういうものなのかな?)
いまいちイメージがつかず考えを続けるラティアを、クロエは楽しげに眺めていた。
気になるのであればクロエの本当の名前と立場を聞けばいいだけなのだ。それなのにラティアはそれを聞いてこない。
正式に契約を結んだわけではない現状では、これ以上踏み込む気はないというラティアの姿勢がそこに現れており、それをクロエは好ましく思っていた。
「ねえラティア、君って変わり者だよね?」
「知り合いからはたまにそう言われますが、クロエやルドミラさんほどではないと思いますよ」
当然のように返してきたラティアに、クロエが笑みを浮かべる。
結局ラティアたちはオークションに一度も参加することなく終わり、迎えに来た馬車にクロエは乗って去っていった。
こうしてラティアの受けた護衛依頼は、特に大きな騒動などもなく終わったのだった。
翌日、ラティアはヒルデガルドに用意してもらった宿の一室に朝からこもっていた。
木だま亭にある工房よりも広いその部屋のベッド脇で、椅子に座り作業を続けるラティアの手元をカレンが興味深そうにのぞきこんでいる。
そしてそんな2人に背を向けて少し離れた場所に座るチェイスに、ラティアは昨日の経緯を話して聞かせていた。
「という感じの依頼だったから、今後を考えて後ろ盾を得ることにしたんだ」
「まあ、いいんじゃねえか。ラティアの特殊すぎる事情を考えたら妥当な判断だと思うぜ。上位の冒険者は一部を除いて貴族の後ろ盾がついているのが当たり前だしな。王族ってのはなかなか聞いたことはないが」
「チェイスにはクロエに該当しそうな王族について心当たりはない?」
「少なくとも継承順位5位までにはいないな。というか今の王の子どもは正室、側室合わせて10人以上いるそうだぞ。これはひと昔前の話だから今はもっと増えている可能性もある」
「へー、この国の王様は絶倫なんだね」
さらっとラティアの口から発せられた言葉に、思わず振り向きそうになったチェイスだったが、自らの背後でなにが行われているかを思い出し、背中を向けたままため息を吐く。
そんな律儀なチェイスの態度に微笑むラティアに、小首を傾けたカレンが問いかける。
「ラティア、ぜつりんってなに?」
「うーん、わかりやすく言うとね、男の人は女の人と……」
「だからお前はカレンに変な知識を与えようとすんじゃねえって!」
チェイスはたまらず振り返り、その鍛えられた身体能力を遺憾なく発揮しカレンの両耳を手でふさぐ。
いきなり両耳を包まれたカレンが目を白黒させて驚く中、ラティアは楽しそうな笑顔を浮かべてチェイスを眺めた。
「なんというかチェイスってカレンに対して過保護ですよね。カレンの将来を考えたら性関係の知識は知っていたほうがいいと私は思いますけど」
「それはそうかもしれんが、わざわざ俺の前ですんなよ。なんかいたたまれないだろ」
「つまり、チェイスがいないときに、こっそり教えるならいいと?」
「……ラティアの知識は偏ってそうだからやめてくれ」
「うーん、そうなると誰が教えるのが適任ですかね。本当なら親とかが教えたり、友達からそれとなく聞いたりするんでしょうが、カレンはどちらもいませんしね」
ラティアが少し困ったように眉根を寄せる。
しばしばラティアがこういった話題を出しているのは、なにもチェイスをからかうためだけではない。純粋にカレンを心配してわざと会話に織り交ぜているという側面もあった。
両親がおらず、お店を切り盛りしているせいで友達づきあいもないカレンの交友関係は非常に狭い。だからこそ普通なら知っているべき知識が抜けていたりすることにラティアは気づいていた。
よく言えば純粋、悪く言えば世間知らず。
ある意味ラティアと似たところがカレンにはあった。だからこそ2人は馬が合ったのかもしれない。
「とりあえず先送りかな」
「そうしてくれ」
そう言って小さく笑ったラティアにチェイスはうなずいて返し、カレンの耳をふさいでいた両手をゆっくりと離した。
チェイスの手がくすぐったかったのか軽く首を振ったカレンが、少し頬を膨らませながらラティアとチェイスを睨む。
「私に聞かせられない話なら私のいないところでしてよ」
「ごめんなさい」
「すまん」
「まあ2人が色々私のことを考えてくれているってのはわかるけどさ……」
すねたように唇を尖らせたカレンの頭を、ラティアとチェイスは自然に撫でていた。それを自然にカレンも受け入れ、その表情が柔らかくなっていく。
「ふわー」
幸せそうな声をあげるカレンに、ラティアとチェイスは顔を見合わせて微笑む。
そしてラティアはゆっくりとカレンの頭から手を下ろすと、ベッドの上に置いた色の違う2つの球体に視線を向ける。
「さて、それじゃあそろそろ始めますか。この際だしチェイスも見る?」
「途中までな。シーツの下は裸なんだろ。ククとチノがいくら人形だからって、女性の裸をまじまじと見るのはちょっとどうかと思うし」
「チェイスのそういうところ、私は好きだよ。じゃ、始めるね」
驚きの表情をするチェイスをよそに、ラティアはその表情を真剣なものに変えるとベッドの上に置かれたマッドコアとゴールドコアに手を伸ばす。
それぞれの速度で明滅を繰り返す2つのコアが、ラティアの手の中で徐々にその速度をシンクロさせていく。
そして完全に明滅のタイミングが同期した瞬間、ラティアがその両手を合わせるようにして2つのコアをくっつけた。
その瞬間マッドコアが一際明るい光を放ち、それがゆっくりとゴールドコアに伝わり徐々に金色の光が溢れていく。そしてそれに反するようにマッドコアは徐々に光を失っていった。
そしてマッドコアから完全に光が失われるとさらさらと塵のように崩れ去り、あとにはなにも残されていなかった。
自らの右手で最初よりも強い光を放つゴールドコアを見つめ、ラティアが大きく息を吐く。
「うん、ククは問題なく引き継げたと思う。次はチノだね」
そう言って再びラティアはベッドに置いてあったもう1つのマッドコアとゴールドコアを手に取ると同じように作業を始める。
そして問題なく作業を終えると、優しい笑顔を2つのコアに向けた。
ラティアが今したのは、いわゆるコアの引き継ぎだ。
自動人形に使われるコアは、人間ほどではないが同じ作業を繰り返すことで熟練度が上がっていく。上位のコアを手に入れたときに、それを引き継ぐための方法がコアの引き継ぎだった。
このコアの引き継ぎを行うと熟練度が引き継げるのもあるが、若干ではあるがコアの性能がアップするという効果もあった。
しかしそのためには一瞬しかないタイミングを見逃さず、コンマ単位で2つのコアを合わせる必要があり、ラティアにとっても気の抜けない作業の1つだった。
とはいえ今回はマッドコアとゴールドコアという比較的簡単な部類の引き継ぎであるため大丈夫であろうとラティアは思っていたが。
「さて、これをククとチノに戻せば話せるようになるからね」
「うわー、楽しみ。ラティア、早くお願い」
「うん」
「ちょっと待て。後ろ向くから」
カレンの言葉に応えるようにシーツに手をかけたラティアの様子に、チェイスが慌てて体を反対側に向けて少し離れる。
そんなチェイスの大きな背中を見つめ、ラティアとカレンは小さく笑みを浮かべる。
そしてシーツをはいで、裸で寝かされたククとチノの胸部に開いた穴にラティアはゴールドコアを設置すると、その穴を優しく閉じる。
「カレン」
「うん。起きて、クク、チノ。私とお話ししよ」
ラティアに促されて言ったカレンの優しい声に、ククとチノはゆっくりとその瞼を開いていったのだった。
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