第20話 交渉
「いいよ。それじゃあ入札する部屋に行こうか。あそこなら声も漏れないし」
歩き出すクロエにラティアが続く。ルドミラは真剣な表情のラティアの横顔を眺めながら少し考えるように立ち止まり、そして結局なにも言わずにその後についていった。
クロエは他の者が入っていくオークション会場の入り口を通り過ぎ、屈強な男たちに守られた階段を昇る。そして2階の廊下に並んだ扉の1つを待機していた従業員に開けさせると躊躇なく中に入った。
ゆったりとしたソファーが中央に置かれたその部屋は前面が大きく開いており、そこに並んだ椅子に座ればオークション会場を一望できた。
今まさに人が集まり始めている会場では商人などが腹を探りあいながら談笑しているが、その声はこの部屋には届かない。音を遮断するように魔法陣が組まれているのだ。
「ラティアはソファーに座っていいよ。僕はこっちに座るし」
「わかった」
オークション会場を見渡せる椅子をくるりと回してクロエが座り、ラティアにソファーに座るように促す。
ラティアが少し緊張した面持ちでソファーに座ると、その後ろにルドミラがやってきて軽くラティアの肩を叩いた。
そして振り返ったラティアを安心させるように小さく笑みを浮かべると、そのまま扉の近くまで下がっていく。
「それで話ってなにかな?」
足を組み、余裕たっぷりで聞いてくるクロエをラティアはしばらく眺め、そして口を開く。
「クロエって性格悪いよね」
「ちょ、ラティア!」
ラティアの思わぬ発言にクロエはきょとんと目を見開き、後ろで待機していたルドミラが慌てた様子でその言葉を止めに入る。
2人の反応を冷静に観察したラティアは、自分の中の推測を確信に変えた。
ラティアはソファーから降りると片膝をついて頭を下げる。
「無礼をお許しください、クロエ様」
「別に構わないけど、なんでラティアは膝をついているんだい?」
「殿下の前では膝をついて頭を垂れるものだと思っていたのですが、この国では違うのでしょうか?」
「……」
核心を突いたその言葉にクロエは答えることなく、身動きすらせずに待つラティアをじっと眺める。その表情はこれまでの気軽なものではなく、どこか老練な深みを感じさせるものだった。
部屋の中の沈黙はしばらく続き、そしてクロエがふぅ、と吐いた息の音が響き渡る。
「ラティア、今の僕はクロエだ。だからそんな礼を尽くす必要はない。ソファーに座ってくれ」
「わかったよ、クロエ」
クロエに促されたラティアが顔を上げ、ソファーに座りなおす。
ラティアが自分の言葉の意図を正しく理解していることを察し、クロエはその表情を少し楽しげに歪ませる。
「それで、ラティアはどこで気づいたの? 僕が殿下だってことに」
「ヒントは行動や言葉にちりばめられていましたから、なんとなくではありましたが察していました。その中でもほぼ確定だと思った根拠は、このオークション会場での周囲の視線と配慮ですね」
オークションに出品される品々を見ているクロエたちの周囲には当然ながら他の参加者も多くいた。
大商人や貴族の代理人である執事、中には貴族本人と思われる者までがいたのだが、彼らは必ず1度はクロエに視線を送ると、なにも言うことなくクロエたちが出品物を見やすいように配慮を始めたのだ。
それが意味するのはクロエが彼らとは比較にならない立場の人物であるということに他ならなかった。
「意外と遅いね」
「正直に言ってしまえば、この依頼が終われば関わることもないだろうと思っていましたから、あいまいなままのほうが良いだろうと考えました」
「つまりラティアの相談って言うのは、今後も僕と関係を持ちたいってことかな。それで僕にどんなメリットがある?」
「さあ。私は生産全般が得意ではありますが、クロエが私になにを求めるのかまではわかりませんので。ただこうして話を聞いている時点で、人材を欲しているクロエに私は有用だと判断されたのだとは思っています」
腹の探りあいを続けていた2人だったが、クロエがパンっと手を叩いてそれをやめる。
そしてクロエはこのオークションハウスに入る前のような気軽な笑顔を浮かべながら身を乗り出した
「そこまで推測して考えられるなら大丈夫かな。ちなみに僕が人材を欲していると思ったのはなんで?」
「この依頼自体が人材を選定する目的だったと気づいたからです。別に街を散策するだけならルドミラさんだけで大丈夫ですしね。クロエが自らの目で判断するということから考えて、子飼いの駒が必要なのでは?」
「おおー、いいね。大正解。ちなみに僕の眼鏡に適わなかった人は別の部署でスカウトしているよ。考えが浅くても有用な人材を放っておくことは国にとって損だしね」
シニカルな笑顔を見せるクロエの姿に、ラティアは権力者としての一面を垣間見る。
必要のない人材を切り捨てるのにクロエは躊躇がない。逆に言えば必要だと思われている限りクロエはその人物を見捨てることはないだろうとも考えられた。
どの程度まで実力を明かすべきか、そんなことを考えるラティアに、クロエが続けて質問を投げかける。
「じゃあ最後の質問。なんで僕を選んだの? ラティアが得意という生産についてはまだ実力を見せてもらってないけど、その様子からして自信はあるんだよね。他に庇護を求めることもできたと思うけど」
その質問にラティアは少し考える。
たしかにクロエの言うとおり、別にここでクロエと関係を結ばなくてもラティアにはやりようがあった。
すぐにラティアが思いつくのはこういったオークションを利用する手だ。権力者に伝手はないラティアだが、相手が喉から手が欲しいと思えるような物を作ることはできる。
オークションに出品を続ければ、ほどなくそれは権力者の目に留まるはずだ。そして来るであろう幾多のオファーの中から条件の良いものをじっくりと選ぶという方法もなくはない。
だが……
「正直に言ってしまえば面倒だからです」
「えっ?」
ラティアの言葉が意外だったのか驚いた顔をするクロエに、ラティアは「冗談です」と付け加えて言葉を続ける。
「危険を冒してまで直接その人物に会おうとする変わり者のクロエであれば、私の自由を制限しようとする気はあまりないのかなと思いました」
「だってラティアは縛ろうとしたら逃げるだろ」
少しすねたように唇を尖らせるクロエの反応にラティアが満足そうに笑ってうなずく。
こんなわずかな時間の交流しかしていないのにも関わらず、クロエは正しくラティアの性格を把握していた。
「あとはルドミラさんのおかげですね」
「ミラの?」
「はい。ルドミラさんって結構癖の強い冒険者じゃないですか。そんな人がクロエのことは素直に信頼しているように見えたんです。だからクロエは子飼いになった冒険者にも寛大なのかなって推察しました」
そう言ってラティアは振り返りルドミラに視線を向ける。それを受けたルドミラは、心外だといわんばかりに首を横に振って答えた。
「私は癖なんか強くないわよ」
「えー、ミラが? 癖の塊みたいなものじゃん」
「クロエ様。あまり調子に乗られるようなら、お父様にお届けする報告書の内容が愉快なことになると思いますがよろしいのですね?」
「ほらっ、王族相手に脅しをする冒険者の癖がないって、どの口が言うんだろうね」
「ク、ロ、エ、様?」
「おお、怖っ」
わざとらしく自らの体を抱いたクロエが、ラティアに向かってウインクする。
全く反省しているように見えないクロエの姿にルドミラがため息を吐く中、ラティアは真っ直ぐにクロエを見つめた。
「私の腕は近日中にお見せします。せっかくなので、ルミドラさんの衣服を作ろうと思いますので。正式な契約はその後のほうがいいですよね?」
「別に僕はラティアのことを気に入ったから、今しても良いけど?」
「うーん、やめておきます。正しく評価をしていただきたいですし、実力を見てもらったほうが私の要望も通りやすいかなと思いますから」
「わかったよ。楽しみにしてるね。じゃあ、そろそろオークションが始まるし、一緒に見ようか。仮契約のお祝いとして、好きなものを買ってあげるよ。まあ限度はあるけどね」
「はい」
ニコリと笑みを浮かべ、隣の椅子をぽんぽんとクロエが叩く。
ソファーから立ち上がったラティアはその席に腰をおろすと、今まさに舞台の中央に出てきたオークショニアが手振りを交えながら挨拶を始めたところだった。
そして先ほどまでは遮られていた音が届き、会場の熱気が部屋の中にまで伝わるようになる。
「さあ、オークションを楽しもうか」
そう言ってクロエは本当に楽しそうな笑顔をラティアに見せたのだった。
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