第5話 はじめてのモンスター討伐
肩をすくめ、思考を放棄したチェイスに、ラティアはニヤリと笑ってみせる。
楽しくて集中しすぎるほどにのめりこんでしまうものに出会えていないチェイスに対する先駆者としての余裕の笑みだ。
「なにを考えているかわかんねえが、たぶん違うと思うぞ」
「大丈夫です。きっといつかチェイスさんもわかるときが来ますよ」
聖母のような慈愛に満ちた眼差しを向け始めたラティアの姿に、どこか気まずげな表情を浮かべたチェイスが立ち上がる。
そして軽く尻を何度かはたいて土を落とすと、草原の先に見える防壁を指差した。
「とりあえずルーフデンに連れてく。そっからは自分でなんとかしてくれ」
「ルーフデン……あぁ、そういえばそんな名前だったような」
プレイヤーたちからは『始まりの街』や『初心者の街』と呼ばれていたため、久々に聞いた街の名にラティアは一瞬きょとんとしてしまった。
そんな反応に、少しいぶかしげにしながらも歩き始めたチェイスが説明を始める。
「ルーフデンはそれなりの大きな街だ。治める伯爵家の評判も悪くないし、治安もそこそこいい。まあヤバイところはヤバイけどな。間違ってもラティアはスラムには近づくなよ。一瞬で犯罪に巻き込まれるからな」
ラティアの能力であれば、スラムのごろつき程度におくれをとることなどないだろうな、と思いつつもラティアは黙ってうなずいて返す。
せっかくチェイスが気を使ってくれているのだ。忠告はありがたく聞いておくべきだろう。
常識あるラティアの態度に、いくぶんかほっとしつつチェイスは言葉を続ける。
「ここは街の南東だが、北には小さいダンジョンが一つある。冒険者になりたての奴らが攻略するのに丁度いい感じの難易度で、俺たちの界隈では初心者の街なんて言われることもあるな」
「ダンジョンですか?」
「ああ、まあラティアには関係ないかもしれないが……いや関係あるかもな。そういう冒険者が集まるせいか、なんというかその勘違いした奴がそこそこいるんだ」
「つまりイタイ冒険者が多いと」
「あー、まあ、うん。そうだな」
鋭いラティアのツッコミに、チェイスは苦笑いしながら歯切れの悪い返事をした。その様子からチェイスもかつてそうだったのだろうと推測する。
しかしラティアはそれを馬鹿にしたりしない。それは誰にでも起こりえることなのだから。
あれ、私って人形造りの才能があるんじゃない?
これだけ上手くできるなんて天才なのかも。
ふっ、私でもこのくらい作れるし。むしろ私の方が……
「うわぁぁあ!」
「お、おい。どうした?」
顔面を真っ赤に染め、身もだえを始めたラティアの突然の奇行に、チェイスが心配そうに声をかけながらラティアの肩を掴む。
それでもしばらくラティアは頭をぶんぶんと振ってそれを止めず、チェイスがもしかしてやばい薬でも盛られていたんじゃないかと心配し始めたころにやっとその動きを止めた。
「大丈夫か?」
そう声をかけてきたチェイスをラティアが見上げる。頬を紅潮させたラティアに潤んだ瞳で見つめられたチェイスが、うっ、と声を漏らす。
まるでなにかの運動をした後のように荒いラティアの吐息がチェイスの頬をくすぐり、どこか甘い匂いにくらくらしながらも、かろうじてチェイスは正気を保っていた。
「すみません。取り乱しちゃって」
「いや、気にすんな」
そう短く答えて、チェイスがラティアの肩から手を離して視線を外す。
顔を上げたことでラティアの白く滑らかなデコルテ部分から胸の谷間が視界に広がり、このままではマズイと本能に負ける前に理性を総動員してなんとかしたのだ。
未だに残念そうに囁き続ける本能の声を感じつつ、それをごまかすようにチェイスは歩き始める。
「ま、まあそんなわけでルーキーたちには気をつけてくれ」
「はい。温かい目で見守りたいと思います」
「面倒事に巻き込まれる前に逃げろってことだよ! はぁ、本当にどこかズレてんなぁ」
ため息を漏らすチェイスだったが、その前方の草むらががさりと動いたことで雰囲気が一変する。
チェイスの鋭い視線の先には角の生えた白いウサギのような生物がおり、おいしそうにはむはむと草を食べていた。
チェイスの視線に気づいたのか、左右に首を動かしたその生物が二人の姿を捉える。そして警戒するように身を低くし、歯を見せて威嚇を始めた。
「この辺りに出てくるホーンラビットだ。草食で普段はおとなしいんだが、人を見ると襲ってくる」
「人を襲うのにおとなしいとは、これいかに?」
「人を襲うのはモンスターの性だろ?」
なに言ってんだといわんばかりの態度に、あいまいに笑って返しながらラティアがホーンラビットを見つめる。
その胸中に抱くのは、襲われる恐怖ではなく、懐かしいという感情だった。
(トワメモの初期のころに乱獲されてたなぁ。価格が下がって【裁縫】の熟練度上げがはかどったっけ)
のん気に会話を交わす二人だったが、ホーンラビットは警戒したまま動こうとはしない。かといって逃げることもないため、チェイスが不思議そうに首を傾げる。
「まあいいや。こいつらは角さえ気をつければルーキーでも狩れるくらいに弱いモンスターだ。とはいえ、ラティアのような普通の……なにしてんの、お前」
「いえ、倒せるかなーと思いまして」
ラティアの振るった聖龍のひげによって、首ちょんぱされたホーンラビットをチェイスが唖然とした顔で見つめる。
動きを止めるチェイスをよそに、ラティアはすたすたと歩いてホーンラビットに近づくと腰に提げていたマジックバッグからナイフを取り出した。
(なんとなくやり方が浮かんでくる。解体スキルってこんな感じなんだな)
頭の中に浮かぶ手順に従いナイフを動かすと、ほどなくしてホーンラビットは光となって弾け、皮と肉と角、そして魔石が残された。
その様子を後ろから眺めていたチェイスがぽつりと漏らす。
「慣れているな」
「スキルがあるので」
「マジックバッグ持っているんだな」
「それなりに稼いでいたので」
うろんげな視線を向けてくるチェイスに、ラティアは淡々と答える。全て事実であるためやましいことなど全くない。
ラティアとしては解体スキルを持っているし、マジックバッグについてもちゃんと自分の稼ぎで買ったものだ。
まあマジックバッグについてはラティアに最高の装備をということで奮発したため、普通のプレイヤーでは目が飛び出るような金額ではある。
外見上は見分けがつかないため、たいしたことにはならないだろうとラティアは高をくくっていた。
そんなラティアの様子に、チェイスがはぁー、と深いため息を吐く。
「とりあえずマジックバッグを持ってることは隠しておけ。確実に盗まれる」
「そうですか?」
「そうなんだよ! ったく。とりあえず解体した肉とか皮はこっちに入れておけ」
チェイスが自分の腰に提げていたマジックバッグから袋を取り出し、ラティアに手渡す。チェイスも持っているじゃん、と内心思いつつもラティアはおとなしくそれに従った。
ラティアは知らなかった。ゲームではプレイヤー全てに始めから配られていたマジックバッグ自体がこの世界ではそれなりに貴重品であることを。
さらに言えばラティアが持っているような大容量のマジックバッグが国宝として扱われるほどの価値があることを。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価ありがとうございます。
本日も3話投稿予定です。
次は午後9時くらいになります。




