第4話 ゲームではない?
「はぁ、はぁ。嬢ちゃん、意外と足が速いんだな」
全力で走ったはずなのに追いつくことができず、荒い息を整える男の視線の先でミツキは地面に座り込んでいた。その前には先ほど男が倒したドラゴンモールが横たわっている。
キラキラと光を放って消えていくドラゴンモールを眺め、男は顔をしかめつつミツキに近づいていく。
「嬢ちゃん、確かにドラゴンモールの素材を持って帰れば結構な金になるだろうが、今はそんな場合じゃ……うえっ!?」
覗き込んだ男が目を見開いたまま固まる。しかしミツキは至近距離で聞こえた驚きの声に全く反応すら見せず目の前の作業に没頭していた。
切り取られた10センチほどのドラゴンモールの爪をミツキは、光を反射し淡く虹色に光るナイフで削っていく。よどみなく動くその手によってかたどられていくのはデフォルメされた小さな犬だった。
「荒いけど造れる。自由に」
「おい、嬢ちゃん?」
「ここはゲームじゃない?」
首をひねりながらも笑顔を浮かべるミツキの様子に、男が大きなため息を吐く。
どうすりゃいいんだ、と悩みながらも声をかけようとした男だったが、ピンと耳を立たせて顔を上げるとその顔に焦りをにじませた。
男の耳は2方向からこちらに近づいてくる微小な振動音を捉えていたのだ。
「悪いな。ちょっと担ぐぞ。って重っ!」
肩に荷物でも乗せるようにミツキを担ぎ上げた男は一目散に走り出す。その足音は人を担いでいるとは思えないほどに静かなものだった。
男とミツキが去ってしばらく、先ほどまでドラゴンモールの死骸があったその場所の地面が盛り上がり2体のドラゴンモールが顔を出す。彼らは鼻をヒクヒクさせながら周囲を確認するように頭をぐるりと回し、再び地面の中に姿を消したのだった。
土竜の源泉周辺の赤茶けた大地を抜け、緑の生い茂る草原地帯にたどり着いた男は大きく息を吐きながら肩に担いだままのミツキを下ろした。
音や振動を最小限に抑えつつ、モンスターとの接敵を回避しながら走りぬけたせいで男の全身は汗で滲んでおり、ミツキを下ろすと男は草原に大の字になって寝転ぶ。
「はぁ、はぁ、はぁ。ここならもう大丈夫だ」
息もたえだえといわんばかりの男の様子を見下ろしながら、ミツキが頭を下げる。
なんとなく流れで担がれたまま来てしまったが、ドラゴンモール程度であればラティアの体の敵ではないのだ。それを伝えてもよかったし、自分で走れば男の負担はかなり軽減されたはずだ。
男はミツキのことを心配してここまで無理をしてくれたのだ。肩に初めて担がれ、途中からそれを楽しんでしまったなどといえる雰囲気ではなかった。
「ありがとうございます。助かりました。ええっと……」
「チェイスだ。各地を放浪しながら冒険者をしている。たしか嬢ちゃんは人形師のミツキだったか?」
「ええっと……」
改めてチェイスにそう聞かれ、ミツキが迷ってしまった。
人形師のミツキという名は、トワイライトメモリー内での自分のことだ。それは長身で無精ひげを生やした男であり、今の自分の姿には相応しくないのではないかと思ってしまったのだ。
(もしこれが本当にゲームのバグじゃなかったとしたら、今の私にふさわしい名は)
「私の名はラティア・ミツキと言います。人形師でもありますが、人形使いが本職になります」
先ほど造ったばかりの犬のデフォルメ人形に聖龍のひげをラティアが接続し、その意思に従って地面に降り立った小さな黒犬の人形はぺこりと頭を下げて見せた。
珍しげにその様子を眺めていた男だったが、なにかに気づいたように表情を歪める。
「もしかして嬢ちゃん、貴族か?」
「いえ。いたって普通の庶民ですが」
「しかしファミリーネームが?」
「私の生まれた地域では誰もが持っていますよ。この辺りでは違うのですか?」
不思議そうに小首を傾げてみせるミツキの反応に納得したのか、起き上がるような気配を見せていた男が再び地面に体をゆだねる。
「まっ、貴族でないならいいや。貴族関係はなにかと面倒でな」
「助けたお礼がもらえて万々歳では?」
「堅っくるしいのが苦手なんだよ」
本当に面倒くさそうに手を振って示してみせるチェイスの様子にラティアは微笑む。
まだ会って間もないラティアに、チェイスの人となりがわかるはずがない。しかしそれでもモンスターが出現する危険地帯で、ラティアを助けようと動いてくれたチェイスが悪い人だとは思えなかった。
「で、ラティアはあんなとこで何してたんだ? あっ、言えない事情があるなら言わなくていいぞ。面倒事に巻き込まれるのは……」
「実は私があそこにいたのはですね」
「こいつ、俺を明確に巻き込もうとしてやがる。見かけによらずいい性格してんな、おい」
「私とチェイスさんの仲じゃないですか?」
「さっき知り合ったばかりだけどな」
逃げ道をわかりやすくふさがれたチェイスが呆れた顔でラティアを見上げる。しかしラティアはわざとらしく小首を傾げるだけでそれを無視した。
しばしの沈黙の中、そよそよと雑草を揺らしながら吹く風がラティアの赤い髪をさらりと撫でていく。どこか儚げなその姿に、チェイスの胸がドキリと大きく跳ねる。
まるで芸術品であるかのように整ったラティアの顔の、みずみずしい唇がゆっくりと開く。
「えっと、なんでですかね?」
「はぁ!?」
「いえ、私は自分の工房にこもって人形を造っていたんですよ。ちょっと集中しすぎて気を失って、気づいたらあそこにいました」
「あー、ちょっと待て。色々ツッコミどころが多いんだが」
がばりと起き上がったチェイスが、頭に手を当てながら顔をしかめる。
チェイスはじっとラティアを見つめる。少し面白そうに笑ってはいるが、その顔は嘘を言っているようには見えなかった。
「マジなのか?」
「マジですね。というかツッコミどころが色々あるっていうのはどこのことなんですか? いつの間にかあそこにいたことぐらいしかツッコミどころはないと思うんですけど」
素直な疑問をラティアが口にする。
なぜここに来たのかラティア自身わかっていない。だからこそ下手な嘘や設定を作ることなく、ありのままの状況を話したのだ。あえて核心部分のゲームの中で、ということを話しはしなかったが。
だからこそラティアにはチェイスが指摘したツッコミどころがわからなかった。
ラティアの様子に、本当に理解できていないことを察したチェイスが人差し指を立てる。
「まず自分の工房だ」
「まず、ということはまだまだあるってことですね」
「……工房を持つ職人ってのは、普通はジジイだ」
「人を無視した上に、かなりの偏見が入った意見ありがとうございます」
真面目な表情でそんなことを言うチェイスに、ラティアがからかうように笑いながら言葉を返す。
しかしチェイスはそれに反論することなく、2本目の指を立てた。
「次はこもって、の部分だ。その言いようからしてラティアの工房は一人だけの工房だよな」
「そうですね。あっ、建物のオーナーが隣で食堂をやってて、注文とかは受けてくれていたけど、製作者は私だけです」
「借り物の工房なのか。それなら独立したての……いやそれでも普通は、うーん」
なにやら悩みだしてしまったチェイスをよそに、ラティアはあることが気になり始めてしまった。
工房のある建物のオーナーであり、食堂を開きながらラティアを手助けしてくれていたカレンのことだ。
もしこの世界がラティアの予想どおりゲームとは異なる世界ならば、カレンはいるのだろうか。そして今、どうしているのだろうかと。
(とりあえず街に行ったら確かめてみよう)
そんなことをラティアが胸に秘めていると、やっと考えに区切りがついたのかチェイスが視線を向けてきた。
まだあるのか、と若干飽き始めたラティアをよそに、チェイスが3本目の指を立てる。
「で、最後は集中しすぎて気を失うってどういうことだよ?」
「えっ、そのまんまですよ。人形を造り始めると食事とかいろいろ面倒になりません?」
「いや、俺に同意を求めるなよ。よし、わかった」
「なにが?」
「ラティアが常識の通じない奴だってことがな」
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価ありがとうございます。
本日も3話投稿予定です。
次は午後6時ごろになります。




