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銀の城は心の奥に  作者: X


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2/8

1話

「……やっとだ。力が溜まるのを感じる」

 

 ドブネズミが闇夜に這い回り、『チューチュウ』と鳴く。床はタイル張りでひんやりと冷たく、至る所に隙間風が吹き込んでいた。冬になれば、寒さのあまり眠ることすら困難になるだろう。ここはA級犯罪者が収監される、無期懲役刑専用の監獄だった。

 青年看守は、心のどこかで軽薄な期待を抱きつつも、職務を思い出して気を引き締めた。看守としての立場を逸脱してはならない――そう自戒しながら、歩を進める。

 月明かりに照らされ、かすかに揺れる人影が見えた。その影は古びた扉を開け、木の椅子に腰を下ろす。そして鉄格子を一度叩くと、手に持ったトレイを牢の中へ差し入れた。そこには、かぴかぴに乾いたパンと、汚れたコップに注がれた水が載っている。

 

「ほら、食え」

 

 牢の中にいたのは、白髪の若い女性だった。彼女は目隠しをされたまま、看守の青年に問いかける。

 

「今日で投獄されて何年になるの?」

「囚人との会話は禁止されている。さっさと食べろ」

「正解は……ここに来て三年でした。どうせ暇なんだし、もっと喋ろうよ。ねぇ、食事を取りたいからこの目隠しを外してくれない?」

「お前はA級犯罪者だ」

「ケチ」

 

 牢の中には、木製のおまると粗末なゴザが敷かれているだけだった。衛生環境は劣悪で、牢内には悪臭が立ち込めている。重労働こそないものの、視界を奪われたまま過ごす退屈な日々は、拷問に等しかった。衣服はボロボロで、歯もろくに磨けず、すでに何本か抜け落ちている。

 

「その目は危険だ。決して目隠しを外すなよ」

 

 看守の背後から、チョビ髭を生やした太った男が現れた。この監獄の所長である。

 

「見た目はいいのにな。余計な力なんて持たず、大人しくしていれば、愛人くらいにはしてやったものを」

 

 この監獄は腐敗しきっていた。暴力、賄賂、売春――何でもありの無法地帯。特にこの所長は、自らの利益のためなら手段を選ばない人物だった。労働環境は最悪だが、ここで働く者たちも、他に選択肢を持てる立場ではなかった。

 

「お前は、この女が不審な行動をしないか監視すればいいのだ。いいな?」

「はっ、承知しております」

 

 チョビ髭の所長は乱暴に扉を閉め、その場を去った。牢には再び、看守と白髪の女性だけが残される。

 

「ねぇ、あなたはこんな世の中、おかしいとは思わないの?」

「……さっさと食え」

「なんで、あんな男に従っているの?」

「……」

「あなたは不思議に思ったことはないかしら。なぜ、三年前に言論の自由が禁止されたのか」

「……」

「まったく、あなたはただの豚ね」

「なんだと……?」

 

 看守は怒りに任せ、牢の鉄柵を拳で叩いた。衝撃で皮膚が裂け、血が滲む。

 

「黙れ……お前に話すことはない」

「……」

「俺だって好きでこんな仕事をしてるわけじゃない……」

「あら、大変だったのね」

「あぁ、大変さ。あの所長にこき使われて、低賃金で……やってられねぇよ」

「そう……それで?」

「あの野郎……いや、喋りすぎた」

「ふふ、ありがとう。私はセーレ。看守さん、あなたの名前を教えてくれないかしら?」

「セーレか……まぁ、名前くらいは……マークだ。話は終わりだ、さっさと食え」

 

 セーレは、かすかに笑った。その笑みは、ただの囚人にしては不釣り合いなほど魅力的だった。看守――マークは、一瞬だけ動揺を見せるが、すぐに表情を引き締め、トレイを回収した。

 

「……やっと準備が整ったわ」

 

 セーレがぽつりと呟く。

 

「ねぇ、この生活にも飽きたの。そろそろ出るわよ。今こそ自由を。Follow me, pig!」

 

 彼女は妖艶に唇を舌で舐め、しなやかな仕草を見せる。その瞬間――目隠しの下から、不吉な力があふれ出した。

 

「……何を、した……?」

 

 マークの体は、意志に反して動き出す。手にしていた牢の鍵が、勝手に錠前へ差し込まれた。

 

「さぁ、私の目隠しを取りなさい」

 

 声を上げようとするが、喉が凍りついたように動かない。マークの手は、ゆっくりとセーレの目隠しを外していく。

 現れたのは――真紅の瞳を持つ、美しい顔立ちの女性だった。

 

「さて、看守さん。あなたはこの牢屋に火を放ちなさい……あぁ、あなたの記憶を読んだわ。他にも、お友達がいるようね?」

 

 セーレの白髪は、次第に銀髪へと変化していく。その瞬間、牢の扉が開き、男たちが四人、部屋へとなだれ込んできた。

 

「男五人か。十分ね。さぁ、あなたたちの仕事よ――牢獄に火を放ち、すべての囚人を解放しなさい」

 

 看守たちは次々と牢を開け、火を放った。炎が監獄を包む中、セーレは裸足のまま、笑いながら歩く。

 

「聞け、豚共! 今こそ反撃の狼煙を上げる時よ! あなたたちは自由なの。何かに囚われていていいはずがない。私が導く――私の言葉だけを聞きなさい!」

 

 従う者の数は、瞬く間に増えていった。所長は錯乱し、その場に立ち尽くす。

 

「な、何が起きている? 私の監獄が……」

「見つけた」


 セーレの目が細められる。

 

「……銀髪、赤目……見えざる断罪者…なのか……?」

「久々に聞いたわ、その二つ名」

 

 燃え盛る炎を背に、彼女は微笑んだ。

 

「さて、私は花火が見たいの。あなた、その薪を持って火の中に飛び込んでくれる?」

「だ、誰がそんなことを……ぐっ……」

「いいから、行け」

 

 彼女は冷たく言い放つ。

 

「あなたの罪は死に値するわ」

 

 所長の悲鳴は、炎に呑まれて消えた。

 

「さて、名前なんだっけ? 私、人の名前を覚えるの、苦手なのよね」

 

 燃え盛る火を背に立つ彼女の名は、セーレ。

 かつて――言論の自由のために戦った者である。

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読むだけでは足らず、作者の励みになりません。どうか勇気づけると思っての願いを読んだ句です。

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