16 嚙まれた処から始まっている
産まれたときから、此処の暗くて湿っててそれでいてひとりぼっちの心地よさが満たされている小部屋の中に、あたしは、ずっといる。
それは、すでに嚙まれた処から始まっていた。
真っ暗だしひとりぼっちだし、それが、そのことが、何者であるかなんて自信をもって伝えられない。
でも、嚙まれているから、あたしを欲しがり、こんな隠れてる里の方まで探し当て辿り着いて呉れるのがいるのだから、あたしは、きっと、女に違いない。
女には違いないけれど、ヒトであるかどうかは定かでない。四肢の交合に引き合いに出されるヒヒの類はおろか、それを抱いての越冬が幸せのすべての蓑虫の雌であったり、そのあと産んだ卵を抱いて樹上の2000羽の群れから離れるホロホロ鳥のメスなのかもしれない。
四肢の記憶の中で娘であったあたしは、探し当てられ、身体の柔らかな処に硬い異物を挿しこまれ、その格好のままじぃーとしている・・・・・らしい。真っ暗だしひとりぼっちだから、あたしが何をされているかなんて他人事みたいに伝えられない。
衣擦れの音がする。
音だけはあたしに残った唯一の認知能力だから、それだけはトモダチ。衣擦れの音がするのだから、肌を覆うものを身に纏うなら、あたしはまだヒトらしい。
挿したあと、相手の男はどの男も皆んな何か呉れようとする。うーうーと粘液の強いよだれを垂らしながら、呉れたくて、あげたくて、赤子のような短く襞の残る柔らかな腕を伸ばす。
いつもいつも何度やっても渾身の先の在り処は己れが死んで無くなる処にあるから、それが分かっているから、臆病者な男はいつまでたってもそこに辿り着けない。掴みにいけない。己れを小さく歪に、嚙みついてまで呉れようとしても、それが何なのかはいつもわからず仕舞い。泣き出して、泣き出して、いつのまにかなんで泣いたのかさせ惚けて忘れた赤子がする児戯のように終着し、それでお仕舞い。
大きくなって、大人になって、勇気はなくなりその代わりの知恵ばかりがついて、あげたいものを紙に書いたり欲しいものを巾に描いたり、丸めたものを小さな舌の何処かに隠すよう忍ばせて、呉れようとする。
諱にして、呉れようとする。
余所に見られては危ないから他人に聞かれたら怪しまれるから挿すよりももっとピッタリのひそひそ声で、繋がるものどうし身内どうしが手渡しして繋いでいくものだからと、呉れようとする。
そんな小細工しなくても元々があたしが渡したものなのに。
あたしの血や肉や骨を少しずつつまんで肉団子を拵え食べ与えたものなのに。そんな幼い時分の記憶は忘れているから元々にあたしに返してよこすだけなのに。手を変え品を変え己れまでかえて、小手先の小細工ばかり工夫して何度も何度もあたしによこそうとする。
囲炉裏の淵で女子高生のミニスカートの谷間からはみ出したおパンツ盗み見ながら、渡そうとする。修験の御山の一向がくるまで藪の中で隠れて待っていて、いきなりトオセンボするみたいに大の字で往く手を塞ぎ、果たし状渡すみたいにコレって押し付けて駆け出していったのは、クローゼットに一分刻みでサイズを揃えて吊るしてる協和服の中から、それでも一番に小さな身体にあったサイズを見つけて、今まで着ていたスモックを脱ぎ捨て、ひとりでお着換えして、あたしに告くるのをずぅーと待ってて呉れた年中さんの原田靖丈くんだ。
小さな男の子の体躯だとコレっと無理せず伸ばした指の先はあたしの臍に届くから、諱は一発で刺さる。
パパはまだ気付いていないだろうけど、浩太朗と浩太朗のお父さんの系図を引けばあたしの曾祖父を占めるそのひとと、そのひとと消滅した満洲国で菊花の契りを結んだあのひとはどちらもあたしの三代前四代前と繋がった同じひとだから、此処でずらずら役名を綴るのはやめておく。天然が強いパパと違って二人の双子のお兄ちゃんたちは、気づいたときからあたしと距離を置いて手ずから渡さずに遠くから投げてよこすだけ。生きものとしては処世に長けたことだけど男としては意気地なしだ。
もらってもいいけど、もらったら、あんた、あたしが拵えた元の肉団子に戻って、あたしの中に戻っちまうよ。




