剣聖試験:伝わる思い
もみ合う三人の姿が視界に入ったせいだろうか、予期せぬ出来事にナインの顔が引きつっている。
「おいナイン。げ、ってなんだ。げ、って」
「なんでトレイがいるの……いいや、また後で来るよ」
彼はトレイを見た途端に踵を返そうとしたが、行く手をシンクに遮られていた。
「おい、アラタに変なこと吹き込む気じゃないだろうな」
「圧が凄い! いきなりシンクの圧がすごいんですけど!」
長身の彼女に見下ろされたプレッシャーのせいか、余計な事を口走ったナインは、トレイとシンクに囲まれ身を縮めている。ただ、僕に会いに来ただけなのに、苦手な二人に同時に出会うナイン。相変わらずタイミングの悪い男だと、僕は他人事のように考えていた。
「そうじゃねえなら。言えばいいだろうが」
「こわっ! 目が怖い!」
「あぁ? 誰の目が怖いって!」
「圧ってなんだ、圧って!」
「なんだよ、気が付いてないのか。二人とも近くに寄られるだけで、すげえ怖いんだよ! 里の中で二人に迫られて平然としているのは、アラタとエイト位だけだって」
「おい、ちょっと待て、その話。ま、まじか。マジなのか」
「……アサギとルリ、あの双子に避けられている様な気がしていたのだが、あれは気のせいじゃないということか」
二人とも思い当たる節があったのか、気落ちした様子で考え込んでいる。
「僕は、そんなことないと思うけど」
「アラタもそうやって二人を甘やかすなって。気が付いていないなら教えてやるのも友情だぜ」
「俺もなんともないぞ」
「それはエイトだからだよ。まあ、剣聖の中で顔が怖い順位をつけるなら1,2は不動だな」
「ほう、だれが一位で誰が二位か言って貰おうじゃないか」
「俺も気になるな、教えてもらえるか」
鋭い眼光と圧に怯えるナインが流石に不憫なので助け船を出すことにする。
「そういえば、ナイン。わざわざここに来るなんて、どうかしたのかい」
「そう。そうだよ、大事な用事を忘れていたよ」
二人の間を通り抜けたナインは僕の肩を掴み、耳元でささやいた。
「モテない」
「は?」
「俺、剣聖になったじゃん。剣聖って選ばれるってすごい事じゃない? だって試験を合格した14人しかなれないのよ。俺なんか目立つように、わざわざ二つ名で呼んでくれってみんなにお願いしたのに、誰も見向きもしないのよ。まあ、妹はお兄ちゃん凄いって、褒めてくれたよ。でも、そうじゃないじゃん。里の女の子から、きゃーきゃー言われるものじゃないの剣聖って」
僕の肩に手を置いたナインは今にも膝が地面につきそうな態勢で、落ち込んでいた。ただ、ナインの周りに立つ三人は彼の深刻さとは程遠い位置で、とても冷ややかな視線を浴びせていた。
「よし、これで話は終わりだな! アラタ、共に剣聖になれる日も近い。そして世界は広い!互いに剣聖の道を極めよう!」
エイトは僕を鼓舞すると、着物を着崩した格好のまま里の方へと歩き出した。
「どうやら、ナインには剣聖の心構えについて話す必要があるようだな」
「時間はたっぷりあるからな。付き合ってやるぜ」
「いや、遠慮します。マジでいいからな。肩を抱くなって、おいアラタ助けてくれ」
「夜も遅いからあまり迷惑にならないようにね」
日が沈んできたので僕も家の中に入ることにした。
「おう、なら俺ん家の酒屋にいこうか。とっておきを御馳走してやるよ」
「それはいいな。たまには飲み明かすのも悪くない」
「絡み酒に、泣き上戸の相手とか勘弁してくれませんかね」
和気あいあいと話すトレイとシンクをしり目にナインは一人、不安な様子で自分の肩を抱く二人の顔を交互に見ている。そんな不安な視線を気にかけない二人は、ナインを引きずるように歩く。
「そういいながら、ナインは最後まで付き合ってくれるからな」
「いや、シンクが絡むからだよ。トレイはその図体で泣き上戸とか」
「覚えてないぜ」
「ああ、私も覚えていない」
「記憶がなくなるまで飲むからだろうが!」
「よし分かった。ナイン、そこまで言うのならお前の言う事が本当かどうか試そうじゃないか」
「おいマジか、アラタ頼む、お前も付き合ってくれ」
「じゃ、お休み」
「おいいいぃぃぃぃ!!」
飲みたいのは山々だが、先約がいるのでしょうがない。とても残念だが、仕方がないので諦めることにしよう。悲鳴をあげながら遠ざかっていくナインを見送った後、夕月を眺めながら玄関の扉をぴしゃりと閉めた。
いつもより少し早いが飲み始めてしまおうか。口に渇きを覚えながら家の中に入ると、幽霊の彼女が姿を現した。
「まだ恥ずかしい? そろそろみんなに紹介してもいいと思うけど」
「みんなに噂されると恥ずかしいから……。そういえば、まだ話している途中でしょうが、みたいな声が聞こえた気がしたけど良かったの」
彼女は哀願するようなナインの叫び声が気になったようだ。
「大丈夫、いつものことだから」
「うん、それならいいけどあまりにも切羽詰まっている声だったから気になったのよ」
「気にしない、気にしない。なんだかんだ言いながら楽しむのがナインのいいところだから」
「そっか。私はたまに貴方達のことが羨ましく見えるよ」
「そう?」
「だって、以心伝心っていうのかな。言葉に出さなくても思っていることが伝わっているように見えるから」
そう言いながら笑う彼女が持つお盆には、徳利と二つのお猪口があった。
「僕たちの仲も負けてないと思うけどね」
「今、何か言った?」
「いいえ、何も」
僕は彼女を急かすように縁側へと座らせた。