マノン、新たな企み
身支度を整えると、家から出るサラ。
昨日までとは違ってのホットパンツ姿。
アサシンとして俊敏に動き易い服装を選択したのだと思われる。
出稼ぎに出ている両親に任された薬屋は再び、長期間に渡る休業となる……。
「ふぅ、危なかったぁ……! サラお姉ちゃんが目を覚ます前に、泥人形と入れ替わってて正解だったよ……」
それを上空から見届けていたのは、マノンであった……!
浮遊する魔法の箒に跨り、透明化と無音化の魔法で気配を完全に消している。
サラが惨殺したマノンの正体、それは土人形。
命を持たない人形に幻影を施し、マノン本人を演じさせていたのだ。
血飛沫も勿論、見せかけただけ。
サラの自室は今頃、血液ではなく大量の泥に塗れている事だろう。
「う〜ん……最強のアサシンは誕生したけど、これって育成失敗……だよね〜?」
サラが遠退いてゆくのを眺めながら、そう呟くマノン。
勿論、無音化の効果で発声はされていない。
「お姉ちゃんが暴走しちゃうと、こっちの目論見が潰される可能性もあるからなぁ……」
こめかみに指を当てながら考え込む。
そうこう思案しているうちに、サラの家である薬屋に一人の女がやって来ていた。
元娼婦のティアである。
「サラぁ、居るんでしょ? ちゃんとご飯食べたぁ?」
『当分の間は休業』と、貼り紙がされた店の扉を叩くティア。
塞ぎ込んでいたサラを心配して、様子を見に来た様だ。
空からティアを見下ろしながら、マノンは閃いた。
「そうだ! 托卵狙いのビッチちゃんを使えばイケるよね! あたしってば……やっぱり天才? 流石、闇の大魔女マノンちゃんっ! 次はアサシンじゃなくて……フフフッ」
満面の笑みを浮かべたマノンは姿を現すと、ティアの元へと降下してゆくのだった……。
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一方、その頃の勇者一行。
伝説の勇者クレイ、ダークエルフの魔法戦士シグネ、大聖堂の聖女ナリア、そして聖騎士見習いルーネ。
四人は現在、王都へと向かっていた。
ラシュア帝国に於ける魔王討伐を成功させた聖女ナリアと勇者一行として、国王への報告を直々にする為である。
そして、クレイが腰に携える鞘に収まっているのは、聖剣クールタン。
莫大な報奨金で買い戻された聖剣。
ティアの身請けに売られたものの、こうして再びクレイの元へと戻されていた。
「今日はこの辺りで野営にしましょうか?」
「そうだな、日も沈みそうだし。 ルーネさん、馬車を停めてくれ」
「は、はいっ!」
シグネの提案に、御者をしているルーネに声を掛けるクレイ。
馬車の中での会話は、殆どがクレイとシグネによるものだけ。
ルーネとクレイの接点はこんな場面くらいしかない。
ナリアは帰還して以来、フニャフニャした別人の様になってしまっている。
偶にクレイから注意されると、妙に嬉しそうな表情を浮かべる腑抜け状態。
街道沿いに馬車が停まると、クレイが飛び降りる。
「それじゃ、俺は薪を探してくるよ」
少し離れた場所に見える小さな林を指差しながら、そう告げるクレイ。
「勇者様! わ、私もご一緒しますっ!」
勇気を振り絞ってクレイに同行を申し出るルーネ。
「そうか。 それじゃシグネ、ちょっと行ってくるから」
シグネだけに声を掛けるクレイ。
無視されたナリアだが、きっと嬉しさに震えているだろう。
クレイと肩を並べて林に向かうルーネ。
ドキドキと心臓が高鳴るのが解る。
「あ、あの……勇者様っ?」
「ん? どうした?」
「えっと、その、もし良かったら、私に剣の稽古をつけてくれませんか……?」
「別に構わないけど……あ、俺よりシグネの方が剣の腕は上だぜ? よし、後で俺から頼んでやるよ!」
「え? あ、はいっ……有難う……ございます……」
ルーネの抱く密かな想い。
やはり、まったく通じる事はなく粉砕された……。
鈍チン勇者!




