義姉、メンヘラ化
クレイがサラの元から去った、その翌日の朝。
サラが店番を任せられている薬屋の入り口。
そこには『本日休業』との張り紙が貼られていた。
当の本人である彼女は朝食すら摂らず、二階にある自室のベッドでシーツに包まったまま、ボーっとしているだけであった。
睡眠不足なのか目の下には隈が出てしまっており、その顔はどう見ても憔悴し切っている様に見える。
今のサラからは、普段の活溌な美少女の姿は想像もつかない。
「はぁ……」
あれからというもの、口から出て来るのは溜め息ばかり。
どうしてクレイは、娼婦のティアと一緒だったのだろう……?
愛して止まない義弟が、よりによって娼婦と行動を共にしている。
その事実は、サラの心に大きな楔を打ち込んでいた。
勢いとは言え、怒りに任せて婚約破棄を告げた自分が情けなくなってしまう。
その結果、クレイはサラと訣別して出て行ってしまった。
だが、彼氏持ちのくせに自分の婚約者……いや、今となっては過去形になった……義理の弟、勇者であるクレイに手を出した挙句、『おっぱい』としか言わせない遊びを強要していたティアだけは許せない。
あのポワポワした馬鹿面を思い出しただけで、頭の血管がプチプチと切れてしまいそうだ。
かつてはお隣りに住んでいた幼馴染とは言え、娼婦に成り下がった汚い女。
クレイはきっと女性経験が無かった為に、下賤な娼婦に弄ばれていると自覚していないに違いない。
自分が目を離してしまったばかりに、純真無垢な義弟は性悪な娼婦が張った蜘蛛の巣に引っ掛かってしまったのだろう。
「私が……ちゃんとクレイに……その……してあげてなかったから……なの……?」
自らを律する様に、そう呟いたサラ。
今更ながら悔やんでも悔やみきれない。
お互いに好き合っていた筈の二人が、将来を誓い合った二人が……クソビッチ如きの遊びによって、このまま引き裂かれて良いのか?
(サラ姉、大好きっ!)
突如、サラの脳裏を過ぎったのは、幼い頃のクレイの声。
(サラ姉、ずっと一緒に居てくれるよねっ?)
満面の笑みをサラに向ける小さなクレイ。
(大きくなってたら結婚してね、サラ姉っ!)
サラに向けてくれた愛情を、こんな些細な事で失って良いのか?
否、断じて否である……!
「ごめんね……お姉ちゃんが間違ってたよ」
シーツを捲り、ベッドの上で立ち上がったサラ。
「あのクソビッチから貴方を助け出す! それが私のやるべき事だよね……。 やっぱり私が一緒に居てあげるから! これからは冒険の旅にも同行して、毎晩毎晩ちゃんと愛してあげるから……フフッ、ウフフッ!」
決意を新たに、そう囁く。
しかし、その瞳はどこか虚ろであった……。
早速とサラは身支度を整えると、一階の閉店している薬屋の店舗に降りた。
そして、棚に並んでいる小瓶の中から一本を抜き取る。
『狩猟用 即効性の猛毒』
小瓶のラベルには、そう記入されていた。
狩人や冒険者に向けて販売される物である。
本来ならば、熊や怪物を相手としてのみ使われる劇薬。
鼻歌混じりに微笑みを浮かべ、その小瓶に入った緑色の液体をナイフに塗り始めるサラ。
「クレイ……待っててね! 愛しのお姉ちゃんが直ぐにクソビッチをブチ殺して、貴方を助けてあげるから……安心して!」




