エピローグ
「え?昨日もデートしたのに、今日も会うの?」
「うん。先生が、どうしても一緒に食事をって。」
バレンタインの翌日の月曜日、放課後の教室で、せんちゃんとココアを飲んでいた。
放課後と言ってもまだ14時。
2月は、本校の入学試験や生徒の大学入試、就職試験などで、授業は月の前半で殆どが終わり、午前中だけの授業や休みが増えてくる。
合格して進学先が決まった3年は、ゆっくりと卒業を待つのみ・・・
「いいなー。昨日も豪華なお店でディナーだったんでしょ?」
「う、うん・・・まあ」
バレンタイン当日も先生と過ごせるなんて思ってなかったから、一緒にいられるだけでも嬉しかった。
先生はデートの時はいつも、素敵なお店を予約しておいてくれる。
「私なんかこの前の大貴とのデート、ファーストフードのお持ち帰りだったのよ。もう信じらんない。」
せんちゃんは、私が先生とのデートの話をするたびに、大貴くんとのデートの不満を愚痴るようになっていた。
「でも大貴くん、バイトしてるんじゃないの?ファーストフードじゃなくても、せめてファミレスとか・・・」
「大貴はオートバイが欲しくてバイトしてんのよ。だから、デートしても全然お金遣わないし、ホントつまんない。別れようかな、マジで」
「ええっ!?ちょっとせんちゃん?」
「だって、松山センセの話聞いてたら、やっぱり年上って素敵なんだもーんっ」
「あー、ハハ・・・」
「いいなあ、きいは。半年前は、まさかきいが、こんなに素敵な彼氏見つけるなんて思ってもみなかったけどねー。」
「う・・・うん」
私だって、今でも時々信じられなくなる。
「あ、そうだ、あのね、松山先生が、3月のプロ野球のオープン戦のチケットを取ってくれたんだけど、せんちゃんと大貴くんも一緒に行かない?」
「えっ!行く行く!行きたい♪」
せんちゃんの目がキラキラしてきた。
「うん、じゃあ、大貴くんにも伝えてね?」
「えー・・・大貴ぃ~。それより、松山センセに誰かいい人紹介して欲しい~」
「なに言ってんのせんちゃんっ。チケットは5枚しかなくて、あと一人は仲村さんに決まってるのっ」
「なーんだ、な・か・む・ら・さ・ん・かあー」
目を細めてつまらなさそうに、あご肘を突いた。
「なんで?せんちゃん、仲村さんと気が合うじゃない。クリスマスの時も意気投合してたし」
「ええー、だって仲村さんはきい狙いだし。」
「えっ」
せんちゃんが流し目で私を見る。
「お・れ・じゃ・ダ・メ??」
「うっ・・・~~~」
・・・そう。
あれ以来、仲村さんとは会っていない。
ちゃんと話さなきゃいけないって・・・思ってるけど。
「きい、モテモテねっ☆フフッ」
「んもう、笑い事じゃないんだって。せんちゃん、楽しんでるでしょ・・・」
「うんっ。この先どうなるのか、たーのしみっ」
「ー・・・・」
仕事を早めに切り上げるからと、20時に駅近くのレストランで待つように先生に言われていた。
気取らないラフなスタイルの洋食店で、高校生の私でも気軽に入れる店構えだった。
店に入ると、洋食特有のおいしそうな香りに出迎えられ、ウェイトレスの女性に声を掛けられた。
「いらっしゃいませ」
「あっ、あの、松山・・・です」
「はい、4名でご予約の松山様ですね。」
「え?」
「お待ちしておりました。どうぞ?」
「あ・・・」
「ただいま、一名様、いらっしゃっております」
「は・・・」
案内されるままに、女性に付いて行く。
4名????
え?
なんで4名?
誰と誰??
案内されたテーブルに、見慣れた茶髪の男性。
え、うそ
「・・・仲村さん?」
背後から声を掛けると、仲村さんが振り向いた。
「お?高校生!」
「こんばんは・・・」
「あれ、松山先生は?」
「え?一緒じゃないですよ、ここで待つように言われて来たので」
「あれ?そうなの?」
「はい・・・」
お互いに、何がどうなっているのか分からない。
4人掛けの四角いテーブル。
とりあえず、仲村さんのとなりに座った。
「え?松山先生が来るだろ?」
「はい」
「あと一人誰?」
「・・・?」
誰?
「・・・まあ、いいか。待ってりゃそのうち来るだろ。」
「え、仲村さんは、今日はクリニックで先生と一緒じゃなかったんですか?」
「いや、一緒だったよ。飯喰いに行くけど、お前も来るかって言われてさ。奢りなら何でもいいやって思って来たんだけど」
「そうですか・・・」
・・・あの日以来、仲村さんに会うのは初めて。
たくさん励ましてもらって
たくさん助けてもらった
「・・・あのう」
「ん?」
「この前は、ありがとうございました。」
「ああ、ちゃんと話せた?」
「・・・はい」
「そっか。うまくいったならよかった。またまた俺のおかげじゃん♪」
仲村さんはニヤッと笑う。
「・・・」
何をどう言えばいいんだろう
「ハハッ」
「え?」
「そんな困った顔すんなよ~」
「あ・・」
「なに?俺のこと、ちょっとは考えてくれてた?」
「・・・」
仲村さんは緩やかに笑った。
「ごめんな、ホントに」
「え?」
「そんなふうに困らせるつもりじゃなくてさ。この前はつい、君のこと放っとけなくて、こう、君の気持ちも考えずに言っちゃって・・」
「・・・」
「俺はね、松山先生と一緒にいる君を見てるだけで楽しいんだよ」
「・・・」
「君が幸せなら、俺も嬉しいし・・・」
仲村さん・・・
「だから、また前みたいに戻ろうな?」
「え?」
「ほら、君は妹みたいなかんじ?」
「あ・・・」
「またなんか困ったことがあったら、いつでも俺に言って来い」
「・・・」
「助けてやるから」
「・・・」
どうしよう、なんか、泣きそう
「な?」
「・・・ハイ」
「・・ハハッ、泣くなって」
「ー・・・」
ありがとう、仲村さん
ありがとう
ごめんなさい・・・
「こちらになります」
背後で、ウェイトレスの女性の声がした。
その直後、コツコツというピンヒールの音。
「は?なんなのこれ」
あまり良くない記憶によみがえる声・・・
振りかえると、今日もばっちりキマッた上原先生が立っている。
「げっ」
仲村さんが、露骨に嫌な顔をする。
「げってなによっ。ご挨拶じゃない、仲村くん」
なんで・・・この人が?
「こんばんは、水嶋さん」
「ー・・こんばんは」
上原先生は、着ていたコートを脱ぐとウェイトレスに渡し、私の真向かいの席に座った。
私と仲村さんはお互いに、わけがわからない・・・という顔で目を合わせる。
仲村さんが、無言で「は?」という表情をする。
私はただ、微妙に首を横に振る。
「真一に招かれて来たのよ。文句ある?」
上原先生は、私たち二人に言い放つ。高飛車に。
「すみません、遅くなって・・・」
直後に、ネクタイにスーツ姿の松山先生が現れた。
いつもなら、“先生カッコイイ・・・”と、ときめいた後に、『こんばんは』とか『先生♪』なんて言葉を発するところだが、私も仲村さんも、状況把握に戸惑っていて、声が出ない。
とりあえず、先生の顔を見る。
この状況を説明できるのは、先生だけ・・・。
「ごめんね、きいちゃん、待った?」
いつもの優しい笑顔。
でも。
待った?とか、そんなことはどうでもいいです・・・
一体どういう・・・
「真一ぃ、私たち二人だけの食事なのかと思ってたのよ?なんなの~これ?」
足を組み、テーブルに顎肘を突いて、上目づかいで松山先生に尋ねる上原先生。
こっ・・・この人はっ・・・
ムッと来る感情を抑えながら、ふと横を見ると、仲村さんはイライラ全開。
私以上にこの人を嫌っているのだから、無理もない。
手に持っていたコートを椅子の背もたれに掛けると、松山先生が私のとなりに座った。
「なんで僕が、あなたと二人で食事するんですか?」
私と仲村さんは目が合う。
互いに、えっ??という表情。
事の成り行きを見守るべく、私も仲村さんも、無言・・・
「だって、水嶋さんと仲村くんも一緒だなんて言ってなかったじゃない。」
「書類、揃いましたので。これで全部です。」
上原先生の苦情を無視して、先生は大きめの茶色い封筒を出した。
この前言ってた、先生がクリニックを辞めるための、手続きの書類のようだった。
上原先生は、しぶしぶ中身を確認する。
「わかったわ。では父に渡しておきます。」
「よろしくお願いします。」
「よかったら、医師開業のコンサルティングやってる税理士を紹介しましょうか?私の知り合いに何人か」
「結構です。」
松山先生は、最後まで聞かずに遮った。
上原先生は呆気に取られ、仲村さんは、笑いそうなのを堪えている。
「その手の知り合いなら、あなたの世話になる必要はありませんから。」
先生は、ビジネス鞄の中を整理しながら答える。
「そ、そうね。外科医の息子だし、お父様でもお兄様でも、人脈はいくらでもおありよね。」
上原先生は書類を封筒に入れる。
おなかすいたなあ・・・
仲村さんと二人で、テーブルに置いてあったメニューを開いた。
無言で。
「じゃあ、今日はどうも。」
松山先生は無表情で、上原先生にそう言った。
ー・・・?
「は?」
上原先生は、驚いたように聞き返す。
「え、だから、書類はお渡ししましたし」
「・・・帰れってこと?」
「はい。」
仲村さんは、メニューで顔を隠して震えている。笑いたくてたまらない模様。
「なんでよ!食事するんでしょ?ついでにこの子たち(きい・仲村)も一緒にっ」
「ここで待っててくださいとは言いましたけど、あなたと食事するとは言っていませんよね。」
「なにそれっ、レストランに呼ばれたら、誰だって食事すると思うでしょっ!」
冷静な松山先生の前で、上原先生の、耳をつんざくようなキンキン声。
「僕は書類をお渡ししたかっただけで、“ついで”はあなたの方です。」
一蹴した。
「なっ・・・」
上原先生は、ヒステリックに怒り心頭。顔が赤い・・・
「ブッ・・・ハハハハハッ」
ついに我慢の限界か、仲村さんは大笑い。
私も釣られて、無言で苦笑い・・・
「なんなのッ、もう、頭に来る!わざわざこの子たちの前で、私をコケにするために呼んだんでしょっ!」
「そんなつもりはありませんけど、そうなったならすみません。」
松山先生は終始、無表情のまま・・・
「信じられないっ。帰るわよ、帰って欲しいんでしょっ」
上原先生は、書類をいそいそとバッグにしまう。
席を立って、私を上から目線で睨みつけた。
ええーっ(なんで私ー??)
「水嶋さん」
「あ、はい・・」
「真一はこういう男よ。本当はものすごく意地悪で、全然優しくなんかないのよっ。」
「え、あの・・」
松山先生は呆れ顔。
仲村さんは半笑い。
上原先生はバッグを持つと、テーブルを離れた。
「あ、そうそう」
まだ、何か言い足りない様子。
「水嶋さんあなた、彼のお兄様方にお会いしたことある?」
「え、いいえ・・・」
「フフッ、会ったら後悔するわよ。真一なんかより100倍イイ男だからっ」
「え」
「ごきげんよう」
ご、ごきげんようって・・・
上流家庭だなー・・・
上原先生はピンヒールをコツコツと鳴らし、颯爽と立ち去った。
「ハァ・・・」
松山先生は脱力したように椅子にもたれ、大きなため息をついた。
『なんだありゃ。フラれたからって、負け惜しみか?何自慢だよ』
仲村さんがバカにしたように言った。
「負け惜しみだろ。きいちゃんに対する。」
先生はそう言うと、笑顔で私の頭を優しく撫でた。
うわーっ・・・
テレる・・・
「ごめんね、きいちゃん。おなかすいたよね?」
「はい・・・」
『すみませーん、注文いいっすか~』
仲村さんがウエイトレスの女性を呼ぶ。
「きいちゃんも仲村も、今日は好きなものたくさん食べて。」
『うぃっす♪』
「・・ハイ」
あとで気付いたけど
松山先生は、上原先生との無感情なやり取りを直接見せることで、
私に安心させたかったんだ。
これ以上私が
上原先生のことで、気を揉むことがないように。
『幾らぐらいいきそうなんすか?開業資金』
「トータルで5000万くらいじゃないか。設置するユニットの数にもよるけど」
松山先生はグラスワイン、仲村さんはビールを飲みながら、時折、フリッターやサラダを口に運ぶ。
『ラボは広めでお願いしますね。』
「テナントもいくつか候補はあるけど、人通りがあるに超したことないしな。ラボの広さは二の次だ。」
『そうっすかー。始められるのって、いつぐらいなんすか?』
「なるべく急ぐけど、早くて9月ぐらいかなあ・・。まあ、夏には求人かけるつもりだし、お前もそれぐらいを目処に移ってきてくれれば。技工用機器は、早いうちからお前が選べ。」
『えっ!いいんすか?』
「ああ。使い手が選ぶのが一番だからな」
先生と仲村さんの間で飛び交う、開業に向けての話を聞きながら、その横でもくもくとグラタンを食べる。
お母さんが作るグラタンもいいけど、洋食店のグラタンは格別。
おいしい~♪
「ススッ・・おいしい?きいちゃん」
『ホント、うまそうに食うね』
気がつくと、松山先生と仲村さんが、微笑みながら私を見ている。
「あ、ハイ・・・」
おいしいし
幸せです。
『それにしても、さっきの上原、マジ笑ったよなーっ、高校生っ』
「仲村、その話はもういい・・・」
『兄貴の方が100倍イイ男だって言われてたじゃないっすか』
「だからその話は・・・」
松山先生は、肘を突いて頭を抱える。
「お兄さんて、どんな人たちなんですか?」
思い切って、興味本位で尋ねてみる。
「きいちゃんは知らなくていいよー♪」
先生は笑顔で答える。
『でも、いずれは会わせることになるんじゃないんすか?』
「うるさい仲村」
作者のデルタです。
My Dentist-先生。-は、本編はこれにて一旦完結になります。
14話目は長かったですね・・。文字数もいつもの2倍でした。すみません・・・。
エピローグでは、上原がきいに、今までのことを謝るような件を考えていたんですが、男二人にこれだけコケにされて、さらに謝るというのは、やはり上原のプライドが許すはずもないと思い、ここはやはり彼女らしく、捨て台詞でご退場いただくことにしました。
最終話までお付き合いくださり、本当にありがとうございました