表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
菰宮牡丹は100倍可愛い。  作者: ジンボヤスヒデ@ぼんじー
22/30

22.0 春が過ぎて、夏が来たようだ。

 僕はまた、病室で目を覚ました。


「頼!」と、ベッドの傍から母の声が聞こえる。よかった。と、母は、涙ぐんで僕の手を握る。


「お母さん。僕は」


「もう、大丈夫だからね。本当によかった。」


 僕は昨夜、九重の病室にいたはずだ。どうやって戻ってきたのだろう。ベッドの傍のデジタル時計は、午後5時を示していた。

 個室の病室だった。母は朝からいたのだろうか。病室に置かれた棚の上には、母が使ったのであろうマグカップが置かれている。その隣には、封の切られた固形の栄養食品が置かれていたが、中身はあまり減っていないみたいだ。


 起き上がろうと、体を動かすと、頭にするどい傷みが走った。


「まだ動いちゃだめよ。手術の傷が開いちゃう。」


 昨夜はこんな痛みはなかったはずだ。


「お母さん、手術って?」


「酸素が脳に不足して、脳の一部が損傷を受けて、部分的に、機械を埋め込む手術をしたの。もししなかったら、手や足が動かなくなっていたかもしれないの。」


 僕の頭の中に、機械が埋め込まれていた。

 九重が言っていた、頭の機械とはこのことだったのか。


「その、それは、どのくらい大きな機会が入っているの?」


 僕の思考には、この意識の形成には、その機械とやらは、どれくらい関与しているのだろうか。


「お医者さんは、ほんの一部分だと言っていたわ。」


 ほんの一部分の機械の停止で、僕の意識は昨夜のように、ぷつりと途切れてしまうのだろうか。

 もしも僕が手足を怪我したとき、義肢を着けてくれるかどうか、母に聞いたことがある。もちろん着けてくれるとのことだったが、その機能は、人間波の物に限るというのだった。


『だって、一般的な人の能力を超えてしまったら、人としての幸せは、掴めないと思うの。』


 僕はこの、頭の中に埋め込まれた機械で、僕がもともと持つ以上の、記憶力や計算能力を手に入れたのだろうか。


「その機械はね、処理能力を制御されているの。」

 詳しいことは、お医者さんから聞いてね。と、母は言う。


「お母さん、その、僕がここに来るまでのこと、あまり覚えていないんだけど。」


 嘘をついた。母はどこまで知っているのか、聞いておきたかった。


「急なことだったものね、覚えていなくて当然よ。頼、あなた、一昨日の夕方、羽津図書館からの帰りに、細い橋を渡ったところまでは覚えてる?」


もちろん、覚えている。そこで僕は薙刀道家、神宮寺真琴に出会い、自ら川へと身を投げた。


「その橋、塗装は直されていたけど、だいぶ古いものだったそうよ。後から調べたら、いつ壊れてもおかしくなかったみたい。たまたま、本当にたまたま、運悪く、頼が渡った時に崩れたの。」


 橋が崩れた?

 そんなはずはない。


「それじゃあ、僕のほかに、落ちた人はいなかったの?」


 もし仮に、本当に橋が崩れたのだとしたら、神宮寺はどうなったのだろう。


「ええ、特に聞いていないわ。だって、頼の周りに、人はいなかったでしょう?それは、覚えていないかしら。大丈夫、無理に思いだす必要はないわ。」


 神宮寺は、落ちていない。


 そこで病室のインターホンが鳴った。

「誰かしら。どうぞ?」母は立ち上がって扉を開ける。


入ってきたのは、車椅子に乗った、九重と浮瀬だった。二人とも、制服姿だった。


「こんにちは。頼くんの友達の、九重といいます。彼も、同じクラスで、浮瀬くんです。」


「あら。いつも頼がお世話になっています。」と母は、室内に招き入れる。


すると母は、「じゃあ私は、少し家のことをしに帰るわね。また夜に来るから」と言って、簡単に荷物をまとめ、部屋から出て行った。


「小石井君、元気そうだね。」浮瀬は、母が座っていた椅子に腰かける。


いや、僕のどの姿を見て、元気そうだと思うのだろうか。


「顔色は良さそうですね。頭にはまだ痛みが残りますか?」と、車椅子の九重も、その隣に並ぶ。


「うん。動かすと、かなり痛い。」


 昨晩の彼女は、僕の頭部の機械について知っていた。浮瀬は知っているのだろうか。


「でも、そこまで重量感も無いだろう?樹脂金属複合材料の三次元造形技術の発達で、体内医療機械も随分と軽量化されているみたいだね。」


 彼は僕よりも、詳しく知っていた。


すると九重は、そうそう、小石井君に、伝えないといけないことがあります。と、

「まだ申請中ですが、私たちが創設する部の、最初の活動内容が、部長のお見舞いになってしまいました。」


 なるほど。僕の知らない誰かが、新しい部活動の部長になって、そのうえ体調が優れないと。


「あ、いえ。部長はもちろん、小石井君ですよ。」


 なるほど?部長はもちろん、小石井君ですか。誰が部長になるかは百歩譲ろう。申請には部長になる僕の、直筆のサインがいるはずなのだが。


「それなら、小石井くんの筆跡を、私が目視(アイカメラで)スキャンして、申請書にサインしました。精度は120%ですよ。」


 猿渡くんも、名前だけ貸してくれました。と、彼女は言う。


 “目視”にルビとか振らないで欲しい。機械の身体だと僕に明かしたとたん、やりたい放題だ。


 けれど、彼女の身体についても、浮瀬は知っているのだろうか。僕はそっと、浮瀬の方を見る。


「僕は前から、九重さんの身体のことは知っていたよ。彼女の動作や表情を見れば、全身が義体だなんて誰でもわかる。」


こいつは何でも知っているのだろうか。


 というか、彼女の動作や表情を見ただけで、全身が義体だなんて誰もわからない。


「それに、そんなこと、実はどうでもいいことなんだよ。彼女の体が機械だろうが、小石井君の思考や意識の大半が、計算機に頼っていようが、そこに九重さんや、小石井くんがいることに変わりはない。

 他人と同じプロセスで生成した意識が、"確かにそこにある必要なんてない"。」


僕の思考や意識の大半は、計算機に頼っているのか。医者が嘘をついたのか。母が嘘をついたのか。


 彼は、続けた。


「今の時代、身の回りの電子デバイスが、どのように動いているのか、きちんと理解している人は、ほとんどいない。君のスマートフォンも、このテレビも、九重さんの車椅子も、どういう原理で動いているのかは、あまり問題ではない。きちんと動くことに変わりが無いのなら、中に例えば、妖精さんが入っていて、入力に対して適切な出力をしていた。ということが”真実”でもいい。」


「いいですね、妖精さん。」

と、九重は笑った。


「その中身をどう呼ぼうとするのかは、その人の勝手だよ。それは、科学にも、魔法にも、神の御業にも、妖術にもなり得る。」


妖術。

幽霊の類も、そこに含まれるのだろうか。


 九重きょうかから、浮瀬に伝えるように、ことづけられた言葉があったが、九重さくらの前で、妹の話をするのはやめておいた。


そこで浮瀬は、

「何より、今日は小石井君の元気な姿が見れてよかった。」と、だから入院服姿の僕の、何を見てそう思ったんだという適当な言葉で会話をまとめ、

「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。」と、浮瀬は立ち上がった。


「私も今日はこれで。また明日きますね。」と、九重は病室の入り口の方に向かう。


 二人がこの部屋からいなくなることが、少しさみしかった。

もしかすると、僕が元気そうに見えたのは、彼らに会えて気持ちが晴れていたからかも知れない。


「ねえ。」と、僕は二人を呼び止める。

「僕が部長になる予定の部活動って、なんていう名前?」


九重は振り返ると、少し恥ずかしそうに言った。

「小石井くん、浮瀬くんとよく屋上にいたそうですね。」


 僕はよくはいないし、あまり良い理由でもなかったが。


「私にとって、それがとても羨ましかったので。」


 屋上部と、名づけました。


「申請書には、『足の不自由な人など、身体的な理由から、高所にある設備の利用が難しい人への支援を考えるとともに、普段よりも高い場所から景色を見渡すことで、新しい発見や感動を得るための設備の実現を目指す。』と書きました。」


 そんな怪しい内容で、申請は通るのだろうか。

いや、そもそもうちの高校の屋上は、生徒の立ち入りが許可されていたのだろうか。

 創部の申請が通るか楽しみだ。


「けれど、直近の活動内容は、小石井君のお見舞いですね。」

では、お大事に。と、彼女は微笑むと、廊下に出た。


 また明日。と、僕は返した。


そして僕は浮瀬の方を見て、「ありがとう。」と伝えた。


「ああ、本当に、橋を壊すのは大変だったよ。」

と、笑って、「じゃあ、また。」と、彼も廊下を出ていく。


いや、見舞いに来てくれたことに関して、お礼を言っただけなのだが。


橋を壊したって、どういうことだよ。


 扉が閉まり、僕はため息をついた。「また明日。」また、彼らに会えるのが、楽しみだった。




 その週の日曜日。


 授業が休みなので、九重は昼過ぎに見舞いに来た。


 僕は体調がよく、ゆっくりではあるが歩くことが出来たので、二人で病室を抜けだし、病院の前の公園に向かった。


 僕はベンチに腰掛け、連なる病棟を見上げた。

 九重も、そちらに目をむける。


 開いた窓から風が抜け出し、白いカーテンがはためいている。


「春過ぎて 夏来にけらし ですね。」

と、九重がいう。


 春が過ぎて、夏が来たようだ。


「うん、見えるものは衣でも、天の香具山でもないけど。」


 しかし、風情は、感じることができた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ