21.0 これが、私の身体の全てです。
僕が目覚めた病棟の、最奥部。最深部と言った方がいいだろうか。
その扉の向こう。
そこは、1つの病室にしては、かなり広い部屋だった。窓はなく、もしくはカーテンが引かれているのか、外からの光は入らない。
しかし、部屋のあちこちに、LEDランプの、原色の光がちりばめられている。
すぐにそれらは、部屋中に配置された、大小様々な機械から発せられてあることに気がついた。
床や天井には、大小無数のケーブルが這っている。異様な空間だった。
そして、その部屋の中央には、ベッドが配置され、幼い人影が横たわっている。
僕は身体を支えるため、部屋の壁に手をついていたが、大きめの機械に体重を預け、足元のケーブルに注意して、それに近づいた。
その人は、入院服のような、簡素な衣服を纏っていたが、袖や襟元、服に空けられたいくつもの隙間から、チューブのようなものが伸びている。
頭には、半球の形をした大きな機械が取り付けられ、ケーブルが周囲の機材に何本も延びていた。
それは、その人は、またしても少女だった。
目を閉じているが、胸元が微かに上下している。彼女は眠っているようだった。
その容姿には見覚えがある。数分前まで僕と会話していた、九重きょうかにそっくりだ。
僕は彼女に手の届く距離まで近づく。
すると、ほんの僅かに、けれどもはっきりと、彼女が息を吸う音が聞こえた。
急に、僕の背後の扉が閉まると、室内の明かりが灯る。僕がその眩しさに目を細めたとき、どこからか女性の声が聞こえた。
「小石井くん、無事だったんですね。良かったです。」
その声には、驚きと、安心した気持ちが混ざっていた。
「けれど、どうしてこの部屋がわかったのですか?」
声がどこからか聞こえてくるか解らなかった。
目の前の少女は、先程と変わらず、眠っている。
けれど、誰の声かは確信があった。
九重さくらだ。
「九重さん、どこにいるの?」
「ここですよ。」と、僕の背後、この部屋に入ってきた扉の方から九重の声がする。
部屋の明るさに馴れてきた僕は、目を開けて振り返えった。
そこには、制服姿の九重が、車椅子に座っていた。
「九重さん、どうして制服なの?」
本当は、”彼女がどうしてここにいるのか”が気になったが、彼女の病室とそこに掛けられた『九重』の名前を思い出し、質問を変えた。
そんなこと、今はどうでもいいじゃないですか。と、九重は呆れたような表情を見せる。
「橋から落ちたと聞いて、心配していたんですよ。」
「あぁ、心配かけてごめん。」それより、「ここは羽津病院だよね?今は何日の何時?」
「はい、市立羽津病院の、特別病棟です。今は小石井くんが橋から落ちて、およそ32時間後の、午前2時12分です。」
僕は、まる1日、意識を失っていたのか。
僕は、明るく照らされた病室内を見回す。無数のケーブルと、大小さまざまな機械、何かのモニター結果を映し出すディスプレイ。
病院内で、しかもベッドにはチューブが繋がれた少女が眠っていたので、病室だと思っていたが、これではまるで実験室だ。
「九重さん、その、この子は?」
と、僕はベッドの上の少女を見て聞いた。
私ですよ。
と、車椅子に座った九重が言う。
「私の身体です。小石井くんと同じ、人の身体ですよ。服の中まで見てみます?」
と、彼女は笑う。
「いや、それはいいよ。」
僕はベッドの上の少女から、車椅子に座る九重に視線を戻した。このベッドに横たわる子が九重さくらだと、車椅子に乗る九重さくらが言っている。
「でも、それなら。いま僕の目の前にいる君は一体。その、僕に見せた、機械の身体は?」
『かなり大雑把な言い方をしますと、私はロボットなのです。』
と、彼女は僕に告白した。
「あのときは、ごめんなさい。気を悪くさせてしまったみたいですね。私も、きちんと説明するべきでした。」
彼女は、車椅子をベッドの側に動かす。
床のケーブルが邪魔をして、うまく進めなかったが、彼女はなんとか、ベッドの上に横たわる、少女の側に車椅子を近づけた。
車椅子の彼女もまた、僕の手の届くところにいる。
彼女は、少女の手を握った。
「なんだか、変な感じですね。自分で、自分の手を握るのは。何度やっても慣れません。」
「その、その女の子が、九重さんの身体だって、どういうこと?」
彼女は少し黙り込むと、また口を開いた。
「私には、妹がいるんです。」
彼女の妹。九重きょうか。
「いえ、正確には、妹が、いたんです。私たちは、双子でした。」
いた?
「九重きょうか。平仮名で、きょうかです。」
『私は、九重さくらの妹、九重きょうか。名前は、平仮名で"きょうか"よ。』
「私たちは、生まれながらにして病気でした。しかも、かなり珍しい病気で、10年も生きられないと告げられていました。ですので、私たちは、毎日病院生活です。二人で、ずっと病室で遊んでいました。」
『お姉ちゃんに妹なんて要らなかったということ?』
「けれど、私たちが八歳になったとき、妹が急に倒れたのです。
私たちはもう長くない。医療AIも、お医者さんも、そう判断しました。両親は、私たちの意識を、死によって迎える消滅から護ろうと、『方舟計画』に申し出ます。」
方舟計画?
「方舟計画。患者の意識、記憶を、患者のクローンに移植する技術を確立する計画です。重篤患者の意識を、一度コンピュータに取り込むのですが、そのプログラムの名が、『方舟』と言うのです。
秘密裏に行われていた計画ですが、被験者が求められていました。」
それで、二人が?
「私よりも、倒れた妹の意識を、先に移植する必要がありました。
まだクローンは作られていなかったので、“移植”というよりは、“救出”に近いですね。一時的に『方舟』に乗せて、避難させておこうというのです。」
意識を、人から切り離す。
「けれど、いざ『方舟』を起動させたとき、妹の意識は、それに移ることを拒んだようです。
それが大きな負荷となって、あの子の命は失われました。」
『お姉ちゃんはね、ちゃんと人間よ。私は、少し違うかもしれないけど。』
それじゃあ、九重きょうかは、もうこの世にはいない。
「それでも、自ら方舟に乗ることを拒むほど意思ですから。その意識は、今でもどこか生き続けているかもしれないと、思うときがあります。」
彼女は、しかしそれは冗談っぽく笑った。
「それで、九重さんは?さくらさんは、どうなったの?」
「さくらさん。なんだか、より親しくなったみたいですね。」
と、彼女は楽しそうだ。
「妹の死を悲しんだ両親は、残された私を『方舟計画』の被験者にすることをやめました。そしてその代わりに、死にゆく私の身体の成長を止め続けることにしたのです。」
その身体が、これですよ。
と、握っていた、ベッドの上の少女の手を見つめる。
「けれど、私は、身体以外の私は、成長しないわけにはいきません。
ですので、生物としての肉体の機能を最小限に抑え、それ以外の活動、つまり社会的な活動は、この機械の身体で行うことにしたのです。」
生身の身体以外の成長のために、機械の体で、社会的な活動を行う。
高校に、登校する。
そうそう、意識をコンピュータに直接接続して、情報処理能力を少し借りることもできますけど。
と、恐ろしいことも言う。
彼女は、人工知能でもなく、ロボットでもなかった。
そのような姿をしていただけだ。
『“確かにそこにある”っていうことが大切なの。それは想像でも、理論でも、二進数のデータでもなく、昨日も、今日も、明日も、“現実に”あるということよ。』
菰宮先輩の言葉が蘇る。
彼女の意識は、そして身体は、確かにそこに、現実にあった。
「これが、私の身体の全てです。世間の人が、小石井くんが考える、『生きている形』とは少し違うかもしれないですが、それでも息をして、生きています。」
小石井くんは、私の身体の全てを知ってしまいました。
あれ?なんだか、イケナイ響きがしますね。
と、彼女は笑った。
人の笑みを模して、それは、ぎこちなかったが、温かな笑みだった。
「教えてくれて、ありがとう。それと、この前は、何も言わず、出ていってしまってごめん。」
と、僕は謝る。
「いえ。私もきちんと説明しなくてごめんなさい。」
そんなことより、と、彼女はまた、心配そうな顔で僕を見ていた。
「小石井くん、頭の機械の説明って、受けていないですよね?バッテリー、充電とか大丈夫でしょうか。」
頭の機械?
充電?
なんだそれ。
ぷつん。と、そこで、僕の意識は、もう一度途切れた。




