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エスパーチョンカ!  作者: ちぇり
第5章
96/109

10

 鼻息荒く、頬を紅潮させ、チョンカは受付席の前に立った。



「はい、エントリー希望の方ですな? ええっと、後ろの金髪のお嬢さんもですかな? まずはお二人ともお名前を教えていただけますか」


「う、う、う……」


「チョンカ、興奮しすぎよ」



 シャルロットからびしっと後頭部に手刀を落とされ煮えたぎる熱い気持ちが幾分か和らいだものの、名乗りとなればどうしても気合が入ってしまう。



「うちは正義のエスパーチョンカ!」


「えー……『正義のエスパーチョンカ!』……と。悪いとは言わないが恥ずかしい名前ですな……まぁ若さの成せることか……金髪のお嬢さんは?」


「すみません、恐縮ですがその前にお聞きしたいことがあります。エントリーだけして参加しないということもできるのですか?」



 犬種の係員はシャルロットの礼儀正しい言葉遣いと態度を見てにっこりと微笑んでみせる。



「ほう、エスパーにしては珍しい……そうですね、可能ですよ」


「えっと、ではエントリーさせて頂きます。あた……私はシャルロットといいます」


「えー『シャルロット』さんですね……では次に、本大会は最低でもサイコキネシスが使えなければなりません。全てでなくて構いませんので、お二人とも使える能力を教えていただけますかな?」



 チョンカはふふんと得意げに鼻を鳴らしながら腕を組み始めた。それを見たシャルロットと係員は少し呆れた表情をしてしまうがチョンカはお構いなしである。



「うちはなんでも使えるよ! サイコキネシスも、クレアボヤンスも、テレポーテーションも──」


「あー、そのあたりで結構ですよ? 全てを教えていただく必要はありませんのでね。はいはい、えー、クレア……ボヤンス……テレポー……ふむ、ではシャルロットさんは?」



 係員はチョンカに聞いた内容をエントリーシートに転記していく。シャルロットはチョンカの肩越しに(うちのチョンカがすみません)と申し訳なさそうに頭を下げるが、係員は(なんのなんの)と微笑みで返事をする。



「私もチョンカと同じです。今チョンカが言ったものは私も使えます」


「はい…………っと、結構です。では最後に簡単なテストをさせて頂きますね」



 係員はそう言うと受付机に置いてあった筆箱を開ける。中から出てきたのは針と糸であった。



「サイコキネシスでこの針に糸を通していただけますか?」



 チョンカは自身の顎を撫で、目を細めた。その表情は(ふぅん、なかなか面白そうなことを考えるんじゃね)といったものである。それを察したシャルロットがチョンカの前に出た。



「チョンカ、あたしから先にやっていい?」


「ん? うん! ええよ! シャルなら簡単じゃろ?」



 シャルロットは机の上の針と糸を凝視した。すると針と糸は空中に浮かび上がり、一度も失敗することなくすんなりと針穴に糸が通った。わずか五秒ほどの出来事である。



「お、おおっ!! 手もかざさずに見るだけで能力を発動させるとはっっ!! これは素晴らしいですなっっ!! シャルロットさん、文句なしの合格です!! 競技用マフラーをどうぞ。競技参加時には必ずこれをつけていただきますので失くされないように注意して下さい。失くされると参加はできませんし大会が始まってしまったらお渡しできませんので」


「はいっ、分かりました! ありがとうございます」



 シャルロットは係員からマフラーを貰い受ける。マフラーには『第300回 エスパー大運動会』と刺繍されていた。



「今年は記念すべき大会ですからね。かなり大きなものになっています。他の馬鹿エスパーに御注意を。それと……シャルロットさんなら色々な種目で優勝できるかもしれませんな。是非頑張ってください」


「ふふ、本当にありがとうございます」



 シャルロットは係員と微笑みを交し合い、チョンカの後ろに下がった。



「チョンカ、頑張って!」


「うん! よぉぉし!! うちもシャルみたいに頑張るっっ!!」


「えー、では、正義のエスパーチョンカ! さんもどうぞ。シャルロットさんと同じく、サイコキネシスで針穴に糸を通していただけますか?」


「お安い御用じゃよっ!! えええぇぇぇいっっっっっっ!!」



 チョンカは腕組みをしたまま、机の上の針と糸を睨みつけた。針と糸が何かにはじかれたように突然空中に飛び上がった。力の入れすぎで糸が針金の様になっている。



「お! おお……これは……」



 針金と化した糸は受付のテントの屋根スレスレにまで浮かび上がり地面と垂直の姿勢を取る。一方、針のほうは糸の下に地面と平行になっていた。下で待ち受ける針穴に上から糸を落とす作戦である。


 もともとチョンカは精密な操作が苦手である。とはいえシャルロットより少し劣る程度で一般のエスパーとは雲泥の差があるほどには上手い。



「そこじゃぁあああああぁぁぁ!!」



 チョンカの目が見開き、針金と化した糸が勢い良く落ちた。

 しかし糸は張り穴を数ミリはずし、そのまま係員の鼻先をかすめ机を貫通してしまった。焦げ臭い匂いが係員の鼻をくすぐった。



「せ……正義のエスパーチョンカ! さん……ご、合格です……こ、このマフラーをお持ちくだ──」


「えぇぇっっ!! うちまだ穴に通しとらんよっ!?」


「い、いえ、サイコキネシスが使えるかどうかを見るだけですので必ずしも通していただく必要はな──」


「もう一回やるけぇ見とって!! 今度こそ必ずっ!!」


「いやいやいや、も、もうっ! 結構で──」


「ふんぬっっっっっっ!!」



 チョンカのサイコキネシスによって針金となった糸は机を貫通し、さらには地面の奥底まで深く刺さっていた。クレアボヤンスでその姿を確認し、係員の静止も聞かずチョンカは無理矢理に糸を引き上げようと地中に睨みをきかせた。



「あああ、あああ!? こ、これはっ?? うわぁぁ!!」



 係員が椅子ごと後ろに倒れてしまった。係員の椅子どころか受付机もチョンカの方に倒れてしまう。地面がサイコキネシスにより隆起したのだ。盛り上がった土ごと糸が再び姿を現した。



「よぉし、じゃあ今度こそ通すけぇ見とってやっ! おっちゃん!! あぎっっっ!!」



 シャルロットの手刀が再びチョンカの後頭部に振り下ろされた。今度はかなり強めである。チョンカはその勢いで舌を噛んでしまう。



「チョンカ、迷惑をかけちゃダメでしょ? 合格なんだからそのあたりにしておきなさい!! もう滅茶苦茶になっちゃってるじゃないのっ!! 馬鹿ねっ! ほらっ、元に戻すっ!!」


「ヒャ……ヒャルぅ……は、はぁ~い……」



 シャルロットに怒られてしまい、チョンカはションボリしながらサイコキネシスで盛り上がった土や机を元通りに戻してしまった。倒れて呆然としている係員も椅子ごと元の位置である。



「ご、ごめんなさい……」


「あ……ああ、正義のエスパーチョンカ! さん、ご、合格です……ふぅ……正直驚きましたが……はい、これは大会参加用のマフラーです。シャルロットさんのお話を聞いておられたようですから説明は省かせていただきますね」


「や、やった!! これでうちも大会に参加できる!!」



 手渡されたマフラーを抱きながら無邪気に飛び跳ねて喜ぶチョンカを見て係員は脂汗をハンカチで拭きながら苦笑して見ていた。



(やれやれ……正義のエスパーチョンカ! やシャルロットさんのようなエスパーばかりならどんなに世の中が平和なことか……)



 シャルロットは、そんな光景をぼんやりと眺めていたラブ公を抱きかかえてやった。



「騎士君、どうしたの? いつもみたいにチョンカと一緒に喜ばないの?」


「え? シャルちゃん……ううん、僕ももちろん嬉しいよっ!」


「そっか……」


「……ありがとうね、シャルちゃん!」



 シャルロットは黙ってラブ公の頭を撫でてやった。本当に優しい子なんだなぁと改めて思う。きっとチョンカが遠慮してしまうから声をかけるのを躊躇っているのだ。大会が終わるまでこの状態が続くなら、またチョンカにお説教をしなければなと、ため息を吐くのであった。



「では次の方、どうぞ……」








 スジ太郎は鼻息が荒かった。

 もちろんそれは、大会に参加したくてたまらないチョンカが興奮していたのとは違う理由である。

 乳を出したいのにトイレにも行けずに一時間以上我慢した結果である。そしてその隣には西京が立っていた。



「……ふっ……ふぅーーー……ふくっ!! あひ……」


「あ、あの……そちらの牛種の方は体調が悪いのでは……?」


「ふむ、御気遣い感謝するが心配には及ばないよ。彼のことはどうか気にしないで頂きたい。それよりエントリーの方をお願いしよう」


「え、ええ……ではお名前をお聞かせ願いますか?」



 西京はスジ太郎のほうへ視線をやるが、その顔にはあきらかに限界と書いてあり、いつ爆発してもおかしくない様子であった。我慢のし過ぎでなぜかしゃっくりを併発している。



「スジ太郎君、もう近そうだから君からエントリーしなさい。エントリーできたらすぐにトイレに行くといい」



 その言葉を聞いて係員は得心がいった。なるほど、では彼の為にも早めに済ませてやるかと気を利かせてやることにする。



「ではお名前を」


「…………ふっ! ……くっ! ふくっ! あっは! ……スジ……スジ!!」


「は? えーすみません、もう一度」


「ひっく! ふっ! ふっふっ、ふくっく……スジっくろぅ! ひっ!」


「あーっと……『スジ袋』……さんっと。とんでもなく品のない名前ですね。そちらのリス種の方はスジ袋さんのお知り合いですか?」



 少し軽蔑が乗った目線をスジ太郎へ投げてから西京へ問いかける。ろくに会話にならないため助けを求めたというところである。



「私は彼の師にあたる人間だよ。大丈夫、君の言わなければいけないことは、後で私が教えておこう」


「助かります。ではスジ袋さん、この針に糸を……だ、大丈夫ですか?」


「…………っく! あひっ!」



 スジ太郎の目が充血している。もう臨界点を優に超えているのだ。



「も、もう結構です。マフラーはあなたの師匠にお渡ししておきますから早くトイレへ行ってください!! こんなところで爆発されたら困りますからっ!!」


「……………………………………」



 早くスジ太郎を遠ざけたい一心から係員は融通を利かせてしまった。おそらくサイコキネシスくらいは使えるであろうと判断したのだが、最近エスパー能力に目覚めたスジ太郎はサイコキネシスなど満足に使えないのだ。予定通りの事態に西京の表情に黒い影がさした。



「ではスジ太郎君、もういいようだから早くトイレに行きなさい。それ」



 西京は本来物体を瞬間移動させるアスポートをスジ太郎に向けて強引に使用し、スジ太郎を瞬時にトイレへと送り出した。



「なっ!! す、すごいですね……さすが師と言うだけはありますな……」


「ふむ、私も参加させていただこうか。その前に聞きたいことがあるのだが」


「え、ええ。なんでしょうか?」



 係員は一般人である。しかし西京の強大な力が発する異様な雰囲気を肌で感じていた。西京の質問にゴクリと喉を鳴らす。



「長距離走があるようだね……小耳に挟んだのだが、アークレイリ宮殿前で折り返すのかな?」



 西京はすれ違うもの全員にクレアエンパシーをかけて回っていた。多くの情報を入手するためである。長距離走がアークレイリを通るという情報もその中で手に入れたものであった。



「ええ、仰るとおりアークレイリ宮殿が折り返し地点に設定されていますね」



 西京の表情にさらに黒い影がさした。その威圧感たるや一般人の係員がその場から逃げ出したくなるほどのものである。



「………………ふむ。いいだろう……私は西京というものだ。大抵の能力は使えるよ。それ」



 机の上の針と糸が浮かび上がり、係員の目の前でいとも簡単に糸が針穴に通った。

 驚く係員は西京を見てさらに驚愕することとなる。



「では私とスジ太郎君の分のマフラーを貰っていくよ」



 既に西京の手には競技参加用のマフラーが握られていた。踵を返しチョンカ達のほうへ向かう西京の後姿を、係員は口をぽかんと開けながら見ていた。次の参加者に声をかけられるまであっけにとられたままであった。

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