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「ふぁ、ふぁーーーーーーーここが大運動会の会場!? ぶち人が多いんじゃけど!!」
「ふむ、世界中から物好きなエスパーが集まっているからね」
「す、すっごーい! ワカメシティみたいだねっ!」
「あたしが参加したときよりも規模が大きくなっているみたいね……」
「んっ、んっ、ん………………おっほっ!! おっ、おっ!! んふーっ!」
小さな村を出て二週間、チョンカ達はウラメシ山のふもとにある運動会の開催地に辿り着いていた。
ウラメシ山のふもとは元々森林地帯であったが、規模の大きくなった運動会のために、かなり広範囲で切り開かれてしまった。公園のような緑地地帯に囲まれた競技場は石の壁に囲まれており、周辺は多くのエスパー達や商人でごった返していた。
観客席も完備したこの競技場はラブ公の言うように小さめの都市ほどの広さがあった。
ちなみにふもとの競技場は新設されたばかりの第二競技場で、第一競技場はウラメシ山の頂上にある。
「ふむ、商人とは言え一般人もいるとは……エスパーよりも一般人のほうが多いのではないかな……これは驚きだね。随分と大衆向けになったものだ」
「あたしが参加したときもこんな競技場はなかったし……一般人もいなかったわ……ほんと、いつの間にここまで大きな大会になったのかしら……」
運動会の開催は二日後であるにも関わらず緑地までもが人で溢れかえっている。
チョンカはウズウズしていた。町でもないのにこれだけの人が集まっており、もうすぐ大きな大会が始まるのだ。元々お祭り好きな性格である。そこに自分も参加するとなれば興奮するのも仕方のないことであった。
「ではエントリーしにいこうか。その前に、スジ太郎君」
「はい、西京さん。なんでしょあっふっ!!」
「ふむ、君は今から射乳を我慢しなさい」
「え……えーーーーーーーーーーっっ!! そ、それはぁぁあああはぁんっ!! おっおっ! そ、それは無理ですうぃっひーー!!」
「何もずっと我慢しなさいと言っているわけではないよ。我慢ができなくなったらトイレに行ってそこでしなさい。これだけ大きな設備だ、トイレくらいは……ふむ、あるね。分かったかな?」
「は、はぁ……さっそくトイレに行きたいです」
「ってゆーか、乳をシャツの下に隠しぃや!! キモイけぇ!!」
こうしてスジ太郎がトイレから帰って来るのを待ってから、一行は緑地にある池の前に設置された受付の長蛇の列に並ぶことにしたのであった。
少しずつ進む行列は、テープで囲まれた中を何度も何度も折り返しながら受付に近付いていく。
順番待ちの時間が一時間を超えた頃、受付がようやく目前に見えてきた。
西京の特訓で我慢できる時間が延びているとはいえ、長時間の我慢でスジ太郎の動きがいよいよ怪しくなってきている。しかし乙女達は気付かない振りを決め込んでいた。
「シャル、二人三脚とかあったらええねぇ!」
「え!? あ、あたしも参加するの!?」
「えーーーーーー!? も、もしかしてシャル、参加せんのん?」
「えー……あたしはちょっと遠慮したいわね……」
「そ、そんなぁ……」
チョンカの運動会の計画では、シャルロットと一緒に飛んだり跳ねたりして大活躍をする予定となっていたのだ。
計画が崩れ、チョンカはしょんぼりした顔でがっくりと肩を落として落ち込んでしまった。
「もぅ……馬鹿ねっ。んーどうしようかしらねぇ……」
シャルロットはチョンカのこういうところに弱いのだ。つい甘やかしてしまいそうになってしまう。
どうしたものかと考えるシャルロットと落ち込むチョンカに、別の方向から声がかかった。
「彼女たち、参加は初めてかい?」
声をかけてきたのはチョンカ達の前に並んでいたカバ種の男であった。カバなだけあって大きな体格を持ち、いかにも力自慢といった風貌である。よっぽど喉が乾いているのか両手にはストローがささった蓋付きのコップを一つずつ持っている。
チョンカは軽く会釈をし、シャルロットは警戒するように黙り込んでしまう。
「色々な競技があるけど、参加するかどうかは自由だよ。エントリーするだけしておいて、競技に参加しないということもできるよ。参加したければ競技直前に選手控え室に行けばいい」
「へぇー! そうなんじゃ? うち全部の競技に出たいんじゃけど?」
「お! 彼女、やる気だねぇ!! 別の競技が平行して行われるわけじゃないから、それも可能だよ?」
「よかったね! チョンカちゃん! 全部出られそうだねっ!」
「う、うん……」
チョンカとラブ公のやり取りをシャルロットは眉を寄せながら聞いていた。
先に謝ることはできなかったものの、ラブ公と仲直りはできたとチョンカから報告を受けていた。しばらくは様子を見ようと口を出さずに今を迎えているのだが、どうもよそよそしいのだ。特にチョンカのほうがそれは顕著であった。
「そうだ、これはお近づきの印だ。競技ではライバル同士だが、まぁお互いベストを尽くして頑張ろう!」
そう言ってカバ男はコップを一つだけチョンカに手渡した。
手に持ったコップはひんやりと冷たく、中で氷が揺れる音がした。
「実は連れと来てるんだけど、はぐれてしまって……そのジュースは売店で買ったんだけど、連れの分でもちろん口はつけてないからな? 勿体無いからやるよ」
「え! ほんま? やったねっ!! ありがとう!!」
並び始めて一時間。チョンカも喉が渇いていたので、そろそろ西京におねだりをしようと思っていたところであった。
チョンカは満面の笑みを浮かべ、ストローに口をつけようとした。
「待ちなさい、チョンカ君」
ジュースを飲もうとしたチョンカの手の中から貰ったコップが消えてなくなってしまった。
そして声に振り返って後ろを見れば西京がなくなったコップを手にしている。もう片方の手には別のコップがにぎられていた。
「私はこの子の保護者だが、頂いてばかりでは申し訳ない。こちらもジュースを持っているので交換としよう」
西京の用意したジュースはとても綺麗なピンク色をしており、チョンカ達は見覚えのあるその色に声が出そうになるが、西京は涼しげな顔をしてカバ男に持っていたコップを手渡した。
「ああ、これはこれはどうもっ!! 実は自分も喉が渇いていたんです。では遠慮なく……」
「……??」
シャルロットはカバ男の言葉に違和感を覚えた。
自分の分と連れの分の二つのジュースを持っていたのに、自分も喉が乾いたという矛盾したことを口走ったからだ。
「あ、カバさんの番じゃよ? 受付!」
「ちゅっちゅ……あ、ああ、そうだな。ありがとう……」
カバ男はストローに吸い付きながら虚ろな表情で前に向き直った。
受付に座る年配の犬種の係員が事務的に質問をはじめる。
「マ、マスター……あのジュースって……」
「ん? ああ、そうだよ。スジ太郎君の乳さ」
「……ええ!! あ、あんなん人に渡してええのん!?」
「ふふ、いいのさ。自業自得だからね」
記憶のないシャルロットも、現場に居合わせなかったチョンカも、スジ太郎の乳の効果は知らない。
「エントリー希望の方ですな? まずはお名前を教えていただけますかな?」
「………………おっぱい」
「……は? あ、う~む……エントリーは実名でなくとも良いのですが、それは親御さんが聞いたら泣く名前ですな……本当にそれでいいのですかな?」
「………………おっぱい」
「そ、そこまで申されるのでしたら仕方がありませんね……しかし酷い名前だ……えー、大運動会では最低でもサイコキネシスを使えなければなりません。全てではなくて結構ですので使える能力を教えていただけますかな?」
「乳を吸わせて下さい……」
「……は? い、今何と……?」
「搾りたての乳が飲みたいので、あなたの乳を吸わせてもらえますか?」
「……だ……誰かっ!! 警備をっ!! 変態が、変態がっっっっ!!」
エスパーが集うこの大会では荒事は珍しいものではない。
諍いが起こった際にそれを鎮圧する為の警備エスパーがいたるところに配備されているのである。こうしてカバ男は警備に蹴り倒された挙句にサイコキネシスでガチガチに動きを封じられて、どこかへ連れて行かれてしまった。
「あ……あいつ……とんでもない変態だったんじゃね……ぞわぞわ……」
「そのようだね」
「……あたしにはジュースを飲んでから様子がおかしくなったように見えたけど……マスター、そういえばカバに貰ったジュースって?」
「これかい? これは下剤入りの飲み物さ。チョンカ君、エスパーには気を付けなければいけないよ? 基本的にクズが多いからね」
チョンカは西京にジュースを取り上げられて少し不満に思っていたが、それを聞いて納得がいった。シャルロットに肘でつつかれながら恥ずかしそうにペロッと舌を出している。
「まったく……やはりエスパーはとんでもない者が多すぎる……えーでは次のかたどうぞ」
ようやくチョンカ達の順番が回ってきた。
運動会のことを聞いてから毎晩夢の中で走ってゴールテープを切った。棒高跳びでワカメシティの城壁を飛び越えた。ウラメシ山に到着する日を誰よりも心待ちにしていた。
チョンカは、はやる気持ちを抑えながら受付の前に立ったのだった。




