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エスパーチョンカ!  作者: ちぇり
第5章
92/109

6

 チョンカ達のいる場所からアークレイリに至るまでに、小さな村とウラメシ山、そして砂漠を通ることになる。チョンカ達は大運動会に参加するためウラメシ山を目指していたが、突然の乳牛の登場によりその進行速度は著しく落ちていた。

 乳牛の同行も嫌々ながらもとりあえず決まり、平原を縦断する街道を再び歩きだし、小川沿いに栄えた小さな村に到着していた。


 その村は本当に小さく、家屋が4つと畑、家畜の為の飼育小屋が一つあるだけで、村とも呼べないような規模であった。


 村に入る前に西京に呼び止められ、さっそくスジ太郎の搾乳作業が始まった。

 乙女二人は見ないようにしていたが、色々と西京の指示を受けながら乳を搾っていたスジ太郎は、普段使わない力を使ったせいか、哺乳瓶五本分の乳を出したところで貧乳ひんちちを起こし、そのまま仰向けになり横たわってしまっていた。

 属性を乗せた乳を出すというのはそれほどまでに体力を消費するものなのだ。


 チョンカとシャルロットは目の前に置かれた五本の哺乳瓶をすっぱそうな顔で凝視していた。



「せ、先生……この哺乳瓶……まさかうちらに飲めって言うん?」


「え!! あ、あたし嫌よ? 絶対嫌よ!? 飲むくらいなら喉笛掻っ切って死ぬからね!!」


「ああ、安心しなさい。二人には違う仕事を頼もうと思っているからね。……ふむ。しかし思ったよりも色が薄いね。やはり授乳しなければ効能は半減といったところかな?」



 哺乳瓶にはスジ太郎の搾りたての乳が並々と注がれている。ただし、普通の牛乳は中央の一本だけで哺乳瓶に入っている牛乳は、左から赤、黄、白、緑、ピンクとおおよそ牛乳には見えないような色合いをしていた。



「べ、別の仕事……?」


「そうさ。そこの村でこのミルクの試飲をお願いしてきて欲しいのさ。新商品のミルクをウラメシ山で売ろうと思っているのだが、その前に試飲してもらえないか。という名目でね」


「そ、それって人体実っけ──」


「二人のようなうら若き乙女のお願いを無碍に断ったりしないはずさ。それに私が行くよりも女の子のほうが、警戒心が薄れるからね。それとも……チョンカ君とシャルロット君に飲んでもらってもいいのだけれど」


「行ってきます!!」


「あ、チョンカずるい!! あたしも行ってきます!!」



 西京の不穏な言葉を聞くや否や、チョンカは哺乳瓶を抱えて村の方へ走り出した。シャルロットも慌ててその後を追いかけていった。









 二人は西京のもとを離れるときこそ駆けていたが、次第にその速度は落ち、今はもうとぼとぼと歩いていた。スジ太郎の搾りたてミルクを人に飲ますことに罪悪感を感じていたのだ。



「シャル……うち、悪いエスパーになるんじゃろか……」


「チョンカ……エスパーじゃなくても人としてどうかと思うレベルよ……」


「でもでも! これ、美味しいんじゃよ? 不味いもんだったらいけんけど、美味しかったらええんじゃないん?」



 チョンカはなんとか自分の行いを正当化しようとしているが、シャルロットはチョンカがおかしなことを言っていることに気付いた。



「チョンカ……美味しいって……まるで飲んだことがあるような口ぶりだけど……ま、まさかっっっっ!!」


「いーーーーーやいやいやいやいやいや!! いやいや!! いや、そういう意味じゃないけぇ!! ち、違うけぇね!! シャル、勘違いせんでや? ラ、ラブ公が美味しそうに飲みよったけぇそう言ったんじゃよっっっっ!! はぁ、はぁ……」



 チョンカはものすごい勢いでシャルロットの詰め寄りながら両肩を握り、唇が触れそうなほどに顔を寄せ、一呼吸もおかずに言い切ってしまう。分かりやすい狼狽ぶりであった。



「ち、近いわ……チョンカ……わ、分かったから……落ち着きなさい」


「飲んだよ……」



 シャルロットの後ろで、ポツリと言葉が零れた。



「チョンカちゃんは飲んだことがあるよ……僕見たよ……」


「ラブ公!!」


「騎士君……そ、それって本当なの!?」



 いつの間にやら、二人についてきていたラブ公がそこに立っていた。そして呪文のようにポツリポツリと言葉を紡いでいた。



「ラ、ラブ公が言いよることは嘘じゃよ!? シャル、信じて!!」


「え……でも……」


「ふふ……」



 チョンカはラブ公を睨んで見せるが、ラブ公は今まで見たことのないような暗い笑みを浮かべていた。



「仲間だね……チョンカちゃん……」


「ラブ公……ラ、ラ、ラブ公の……ラブ公のバカぁぁぁぁーーーーーーーーーーっっ!!」



 チョンカに悪口を言われたことがないわけではない。だがそれはどれも冗談の域を超えないものであった。ラブ公はチョンカの本気の悪口にしばしポカンとしてしまい、徐々に目じりに涙が溜まっていた。そして目を吊り上げ、ラブ公も叫んでしまう。売り言葉に買い言葉というものである。



「チョ、チョンカちゃんのゴリラっっ!!」


「ウホ!? ぬぁにぃ!? ラ、ラブ公の……えと、えと、ラブ公の山芋!! 毛だらけ!!」


「ひ、ひどっ!! チョンカちゃんの……えー、うー、チョンカちゃんの脳筋!! 便秘魔人!!」


「便秘魔人はシャルじゃもん!! ラブ公のばーかばーか! ぶぃ~~~っっ!!」


「い~~~~だっ!! チョンカちゃんなんかもう知らないもんね!! ばーかばーか!!」


「ちょっと二人とも!! やめなさい!! ……それとあたしは便秘じゃないわよ?」



 シャルロットは二人の間に入り必死に止めようとするが、二人の悪口合戦は一向に止まる気配を見せなかった。そしてチョンカの口から言ってはいけない言葉が出てしまった。



「んもーーーーーー、ラブ公とは絶交じゃもんっっっ!!」


「ぜっ…………チョ、チョンカちゃ……」


「ふーーーーーーーんだっ!!」


「う、う、うわぁぁぁーーーーーんっ!! チョンカちゃんのバカぁぁぁぁ!!」



 とうとう耐えかねてラブ公は大きな声でわんわんと泣き出してしまった。そのまま踵を返し西京のいる方向へ泣きながら歩き出す。

 チョンカも村の方へ向き直り、足早に歩き出した。


 今までもたくさん喧嘩をしてきたが、ここまで大きな喧嘩は初めてのことであった。


 互いに逆方向へ歩き出した二人をおろおろと交互に見やり、シャルロットはチョンカの方へ駆け寄った。



「ちょっと! チョンカ!!」


「…………」



 ズシンズシンという足音が響くほどに、乱暴に歩いているチョンカは呼びかけられても振り返りもしない。さすがのシャルロットも少し頭にきて、チョンカの肩を掴み無理矢理に振り向かせた。



「チョンカ!! あなたあれは酷いわ……よ……って……チョンカ……」



 チョンカの表情は歪み、涙に濡れ、唇を噛み、鼻水を垂れ流し、それはもう酷い顔になっていた。それを見て、ラブ公に対して言いすぎたチョンカを諌めようとしたシャルロットも言葉を失ってしまう。



「ふ……ふにぃぃぃぃぃぃいいいぃぃいーーーーーーーーーーーっっっ!! シャルぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーー!!」



 泣き出した拍子にチョンカは持っていた哺乳瓶を全て地面に落としてしまった。

 赤い乳がこぼれながら転がり、近くにあった茂みに引火し燃え上がる。

 大泣きしているチョンカと、燃え上がる茂みを見てシャルロットはギョッとしてしまうが、茂みを見ている隙に、チョンカが泣きながらシャルロットに抱きつき胸に顔を埋めてしまった。


 泣く子には勝てないと、シャルロットはため息を吐きチョンカを抱きとめ、背中を優しくさすってやるのだった。



「……馬鹿ねっ……もう……よしよし……」


「ふにぃーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」











「ひっく……ひっく……」


「チョンカ、落ち着いた?」



 三角座りで膝に顔を埋めたままのチョンカは、覗き込むシャルロットの問いかけに言葉もなく、こくりと頭で返事をした。



「チョンカ……あなたが悪いわ。最近ちょっと調子に乗って騎士君をいじりすぎだったわよ?」



 もう一つ、こくりと頭が返事をする。



「あたしも……スジ太郎のミルクを飲んでる騎士君を見てちょっと距離を置いちゃったけど、マスターの実験に協力しただけだって言うし……はぁー……それにしたって騎士君、かわいそうよ?」



 さらにもう一つ、こくりと頭が返事をした。



「とにかくっ!! あなたが悪いんだから、騎士君に謝らなきゃだめよ! 分かったわね?」



 こくりと頭が返事をするかと思いきや、少し顔を上げたチョンカはいじいじと地面を見つめたままだった。



「チョンカ~? あたしも怒るわよ? 絶対にチョンカの方から騎士君に謝りなさい!! いいわね?」


「…………分かった…………」



 ようやくその言葉を引き出して、シャルロットは深くため息を吐いた。そして残った四本の哺乳瓶を拾い上げ立ち上がる。



「仕方がないわね……あなたはそこにいなさい。マスターのお使いはあたしがやってくるわ……」


「…………ごめん、シャル…………」


「謝るのはあたしじゃなくて、騎士君に! よ? いいわね?」



 シャルロットは哺乳瓶を抱え、一人村に向かって歩き出した。そして再び深いため息を吐く。



(今度は騎士君のお話を聞いてあげなきゃね……んもう……ゴリラチョンカ……)

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