1
ダディとムッシュの二人と別れ、チョンカ達はシャルロットの家で二日ほどゆっくりした後、北西へ向けて旅立った。
元々チョンカ達が進んでいた街道が一番の近道であったが、シャルロットの村の付近を通る街道も、かなりの遠回りになるとはいえアークレイリ王国へ通じる街道である。
街道は視界の左右に森が広がっているが見通しの良い平坦な土地を縦断していた。これから通るであろう先のほうには高い山が見えた。その先の砂漠地帯を抜ければアークレイリ王国は目前である。
一行は相変わらず、楽しそうに旅を続けていたが、そんな中チョンカだけはなにやら浮かない顔をしていた。
「先生、うち前から思っとったんじゃけど、この世界にエスパーってどのくらいおるん?」
旅を再開してから一週間、街道を歩きながら腕組みをして考え込んでいたチョンカが、唐突に西京に質問を投げかけた。そしてその質問を聞いてため息を吐いたのは西京ではなく器用に竹馬で歩くラブ公であった。
「チョンカちゃん、それ前に西京の授業で聞いたよぉ?」
「え!? そ、そうじゃったっけ?? うち全然覚えとらん……」
「ふふ、まぁいいさ。そうだね、エスパーは本当に極少数だね。この旅で立て続けにエスパーに出会っているけど、本当はそんなに出会えないほどには数が少ないのだよ」
「そうなんじゃ……」
「チョンカ、それがどうかしたの?」
風にたなびく柔らかな金髪を耳にかけながら、シャルロットは不思議そうにチョンカに尋ねた。
「うちね、エスパーの中でどのくらい強いんじゃろうって思って……今まではラブ公の力でなんとか勝っとるようなもんじゃし、これからミーティアちゃんを治してあげにアークレイリに行くのに、もっともっと強くならんといけんと思うとるん」
「ふむ、チョンカ君もシャルロット君もエスパーの中ではかなり上位に位置していると思うよ? なにせ私の弟子だからね」
「でもそうね……教団のエスパーは別格だと思うわ……あたしみたいな雇われエスパーと違って固有の能力を与えられている人もいるし……少なくともアニマシールドやガードが破れないと戦闘にならないと思うわ」
「ふむ、それはシャルロット君の言う通りだね。でもアニマシールドが破れなくても負けることはないと私は考えているよ」
シャルロットは西京の言葉に驚き、声が出そうになった。しかしそれはすぐに霧散する。よく考えずとも西京ならば当然かと思えてしまったからだ。
シャルロットがこれまで見てきたどのエスパーよりも、西京は強かった。
「アークレイリに入る前に、今度どこかでゆっくりと修行をする期間を設けようとは思っているからね。その時に実演を交えて説明してあげよう。チョンカ君とシャルロット君にもできるさ」
「はい、マスター!」
「…………」
「チョンカちゃん……? チョンカちゃんは修行しないのぉ?」
チョンカは言葉で説明されても実感がなければ理解が伴わないタイプの人間である。
難しいことも良く分からない。単純な性格だがそれ故に面倒な面もあるのだ。
「ふふ、チョンカ君悩んでいるね? そうだね……ここから北に、ウラメシ山という山がある。シャルロット君は知っているね?」
「ええ、もちろ……あ、そうね、それならチョンカも納得かも!」
「……??」
「チョンカ君、丁度今この時期にね、そのウラメシ山の麓に世界中のエスパーが集まっているのだよ。エスパーの大運動会がそこで開催されるのさ」
「大運動会!! ……ってなんなん?」
運動、という言葉にチョンカは興味をひかれた。その言葉を聞くだけでなぜか走り出したくてたまらなくなるのだ。
「その名の通りだよ。エスパーが集まって色々な競技でその能力を競い合う大会さ。各種目には種目ごとのルールがあってね。殺し合いになるようなこともあるが基本的には平和な大会さ。そうは言っても当然一般人は近寄っては来ないがね」
「そういえばこの辺、ちらほらエスパーの反応がしよるね! みんな参加しよるのかな?」
「この時期のこの辺は本当にエスパーが多いわよ。みんな参加したいのね。そういえばマスターも参加をしたことがあるの?」
「随分昔にね……冷やかし程度だよ? その口ぶりではシャルロット君もありそうだね」
ギクッとしたシャルロットはこの話題を振ってしまった自分の失言を呪いながら、少し顔を赤らめて言葉をつむいだ。
「あ、あたしは全然駄目だったわ……山登りレースに参加したんだけどサイコキネシスが続かなくて途中でリタイアしちゃったの……」
「ねぇ、ねぇ! なんでそのお山はウラメシ山っていうモガっっっっ!! モガガガ……ぶぇっ!!」
突然もがきだしたラブ公が、全て喋り終える前に、自分の顔ほどの大きさの岩を、口から地面に吐き出した。
岩は勢いよく地面に落とされ鈍い音を立て地面にめり込んでしまった。
「うわっ! ラブ公汚いっ!! なんちゅうもん食べよるんよっ!! 拾い食いもええけど、せめて選びぃや!! 岩ってっっ!! ……おいしいのん?」
「チョンカ、おいしかったらどうするのよ!? もう……騎士君、よっぽどお腹がすいていたのね? ……あたしのマカロンをあげるわよ?」
「………………………………(笑)」
「げーっほ、げへ、がひっ!! ぼ、僕こんなの食べた覚え、な、ないよ! げーーーーーっほ!! げほっ!! な、なんで……??」
「んもう、馬鹿ねっ。次からはお腹がすいたらあたしに言いなさい? ね? それでウラメシ山だったわね。ふふふ、実はね、この山の名前の由来にはこわぁ~い話があるのよ?」
口から血を滲ませながら涙を流すラブ公はチョンカのサイコヒールを受けながら、シャルロットのいたずらっぽい暗い笑みに身震いをした。
「え、え、こ、怖いお話なのぉ!?」
「んーー、少しだけ……かな? 本当かどうかは分からないけどね、実はエスパー大運動会の第一回目の大会はね、なんと全種目の優勝者が同じ人なんだけどその人の名前が分からないのよ」
「えー、勝った人の名前が分からんってどゆことなん? 名無しのごんべーさん?」
「ううん、それがね、誰も思い出せないらしいの。二位以下はちゃんと記録があるらしいんだけど、優勝者の名前が分からないらしいわ。それでね、その名無しの優勝者がウラメシ山の山頂でやった表彰式の最中にね……」
「……ごくり」
「え、え、えーーーっっ! こ、怖いよぉ!!」
怖がりながらも、チョンカとラブ公は、少し演技の入ったシャルロットの話に聞き入ってしまっていた。
「その場にいた全員を殺しちゃったらしいのよ!!」
「……っ! な、何かあったんじゃろうか……ぶるる」
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーっっっっ!! シャルちゃんの嘘つきっ! ちょっとどころじゃないよぉ!!」
「あははは、ごめんなさい騎士君。でも嘘か本当かは分からないのよ? 全員殺したならこんな話が伝わってるのも変でしょ? それでね、頂上の地面を叩くと恨めしそうな声がどこからともなく聞こえるっていうことでその名前がついたらしいわ。実際はなんてことのない普通の山よ?」
「怖いよっ! 僕絶対その山は登りたくないっ!!」
「……………………………………………………………………」
そのとき、子供達がキャイキャイとじゃれ合うその声に、割って入るように後方から車輪の音と共に声がかけられた。それは大きな馬車であった。
「ちょっとー! 道をあけてくれるかなぁー!? 馬車を通して欲しいんだけどー」
声に反応して後ろを振り返ったチョンカは驚いてしまった。チョンカとラブ公は馬車を見るのは初めてのことであった。
その馬車は、二頭の野生種の馬が引いていた。荷台からは何を積んでいるのか外からでは分からないが、何かの液体が大量に滴っている。御者はキャスケット帽を深く被った女の子で、声をかけてきたのは彼女である。そして、その女の子は青いマフラーをたなびかせていた。
「おやー? 君達もエスパーだねぇー。ボクもエスパーなんだー。もしかして、君達もウラメシ山へ向かう途中なのかなー?」
「う、うん。そうじゃよ! うちも大運動会に出たいっ!」
「えーーーーーーーーーーーーーーー!! チョンカちゃん、出るの?? ウラメシ山に行くのぉ!?」
「だって面白そうなんじゃもん」
「もぅ、チョンカったら本当に脳筋なんだから……」
三人のやり取りを見て、御者の女の子はクスクスと笑い出した。
「はははー、エスパーにしてはなんだか楽しそうな人たちだねぇー。君達と同じでボクもテレポーテーションが使えなくてー、馬車を借りて移動してるんだけどねぇー。んー……一緒に連れて行ってあげたいけどごめんねーちょっと荷物が特殊なものでねぇー」
語尾を延ばしながらおっとりと間延びしたように喋る少女は、そう言うと御者台から降りチョンカ達の方へ歩いてきた。かなり大きめのトレーナーを着込み、時折ホットパンツがトレーナーの下から顔を覗かせていた。そしてなにより、大きなトレーナーの上からでも分かるほどにとても大きな胸が揺れている。
シャルロットはそれを見て、少し敵対心を芽生えさせていた。
「ボクの名前はテクテクっていうんだー。運動会に参加するならまた会えるかもしれないねー。よろしくねぇー」
テクテクは深々とチョンカ達に頭を下げた。
「うちはチョンカ! よろしくね、テクテクちゃん」
「僕はラブ公だよぉ! テクテクちゃん、よろしくねぇ!!」
「私は西京というものさ」
「……シャルロットよ」
シャルロットはテクテクの全身を、特に胸の部分を重点的に睨みつけるように見ている。
その視線に気付いたのか、テクテクは少し困ったような表情を浮かべた。
「ボクの体に何かついてるー?」
「そうね、とてもおおき……いえ、ごめんなさい。何もついてないわ」
その言葉にハッとして、さすがに初対面の態度として失礼だとシャルロットは心の中で自分を諌めた。
「あたしたち、テレポーテーションは使えるけど理由があって徒歩なのよ。それで、テクテクさんは何の荷物を運んでいるの?」
テクテクはシャルロットの問いかけに、笑顔ながらもまたも困ったような表情を浮かべた。
「えー! そうなのー? テレポーテーションが使えるなんて君達すごいんだねー。んっ、積荷かぁー……ちょっと言えないんだけどねー、んー、珍しい生き物を捕まえたから運動会の会場で見世物にして儲けようと思ってるんだー」
見かけによらず意外とたくましい性格をしているんだな、とシャルロットは思った。
チョンカとラブ公はキャッキャとはしゃぎながら馬と戯れていた。
「それじゃあ会場で会えたらまた声をかけてよー。ボクも競技には参加するから君達も参加するならお互い頑張ろうねー」
そう言うとテクテクは踵を返し御者台へと歩き出した。
そしてそのとき、荷台が大きく揺れ、何かが落ちる音が馬車の後方から響いてきた。
「もごーーーー!! もごもご!! もごーーーーーー! もっ、もっひっ! もごご」
びしょびしょに濡れた荒縄で、全身をぐるぐる巻きに縛られ、猿ぐつわを噛まされた牛が荷台から落ちてきたのだ。慌てて隠そうとするテクテクであったが、何事かと駆けつけたチョンカ達にその姿を目撃されてしまっていた。
そしてチョンカはその牛を見て青ざめていた。
「お、お、お前……もしかして……ス、ス、スジ太郎ーーーーーーーーーーーーーっっっっ!?」
「もごご……もんごっ!? もごごご……も、も、もっほっ! ん、ん!」