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「ギャーーーーーーーーーーーッハッハッハ!! 進め進めぇーーーーい!!」
磯っぺは自軍を率い、命令もなく立ち尽くす第六おさかなちゃんパラダイスの兵士達を蹴散らしながら進軍していた。
しかしその進軍は早くも止まることになる。
「な、なんやっ!! こっちにもエスパー!?」
第六おさかなちゃんパラダイスの兵士達の中に、西京と同じサイコガードの球が突然現れたのを発見したのだ。
「と、止まれ!! 全た~~~~~~いっ止まれ!!」
「あら? やっぱり騎士君を抱えているとマスターまで届かなかったわね。チョンカ、もう一回重ねるわよ」
「うわぁーーーーー! お魚さんたちがいっっっぱいだねぇ!! 僕感動しちゃうなー! みんなかっこいいよぉ!」
「シャル……あいつなんじゃろ? 他の魚とちょっと違うみたい……あ、人魚じゃ! でも珊瑚姫と違う……」
チョンカ達はラブ公を救出した後、西京の元へテレポートをしたのであったが、エスパーではないラブ公を連れていたため、距離があと一歩届かず、進軍する磯っぺの眼前へ出てきてしまったのだ。
「お……お前らなんや!?」
「え!? うち!? うちは正義のエスパー! エスパーチョンカ!」
「はぁ……とうとう自分で言っちゃったわね……」
「わっわっ! チョンカちゃんかっこいい!!」
磯っぺには鼻息荒く正義のポーズを決めるチョンカと、ため息を吐くシャルロット、きらきらした瞳でチョンカを見るラブ公は、西京達とは全く違う次元の存在に見えた。しかし確認はしておかなければならない。
エスパーであることに変わりはないのだ。西京の仲間である可能性が十分に高いがひょっとしたら敵対している可能性もある。
「お、お前らは……その……んっっっっっ!?」
磯っぺはチョンカ達を見て言いかけた言葉を飲み込み固まってしまった。
「……? 何? 今なんか言おうとせんかった? おーい」
「かわ……」
「何かしら? かわ?」
「ごっっっっっっっっっっっつ可愛いやんけぇぇぇぇえええぇぇーーーーーーー!!」
「……え?」
チョンカとシャルロットは突然の磯っぺの咆哮に互いに顔を見合わせた。
「うおおおおぉぉぉぉぉおぉおぉぉめっちゃワシ好みやでっっ!!」
興奮している磯っぺを見てさすがにチョンカ達も悪い気はしないでもない。可愛いと言われているのだ。磯っぺは口は悪いが見た目は「イケメン」と言っても差し支えないほどに整っている。そんな顔の男性に可愛いと言われ、チョンカとシャルロットは二人とも照れてしまっていた。なぜかラブ公は誇らしげである。
磯っぺは「何ゆうてますんやっ」と諌める兵士達を無視し、単身でスイスイと軽やかにチョンカ達のサイコガードへ近付いてきた。
間近で見たいのであろう。まんざらでもないチョンカ達は、少しくらいなら会話をしてもいいかな? と思い、近寄った磯っぺに話しかけようとした。
しかし話しかけようとしたチョンカ達には目もくれず、磯っぺはサイコガードの上部へと泳ぎ、そのままサイコガードにへばりついた。
「……??」
「何かしら?」
磯っぺの尾びれが激しく揺れ、それに合わせて白い煙のようなものが磯っぺから噴出された。揺れる尾びれによって煙のようなものは均一にサイコガードの球に降りかかる。
「ういっひぃーーーーーーーーーーーーぃ……ぶるる……」
軽く体を痙攣させた後、磯っぺはチョンカ達の目線の高さまで降りてきた。
「え? い、今のなんなん? 煙が出とったけど……」
「今のは何の煙だったの?」
「え? あ? あー……いやぁ……そう、ワシら人魚の礼儀作法や! ごっつ可愛い子を見かけたら御挨拶としてああゆうことすんねんっ! 気にせんとってんか!」
可愛いと言われ、再び二人ともがクネクネしながら、ほんのり頬を染める。
「か、可愛いとか言わんでや……うち、そんなん言われたことないけぇ、ぶち照れる……」
「お前とちゃうわ」
「……………………は?」
「お前とちゃう言うとんのじゃアホンダラ!! 何調子に乗っとんのじゃボケが! この、正義のピンクゴリラが!」
「…………………………………………………………………………」
産まれてから初めてかもしれない。
チョンカは人よりも感情豊かな子供であり、大人と言われる年齢となった今もそれは変わらない。いつだって天真爛漫であった。
おかしくて大笑いした。
怒られて涙を流した。
喧嘩して怒った。
幸せに微笑んだ。
そんなチョンカが今、産まれて初めて無表情になっていた。
そしてその無表情は徐々に般若の如き様相へと変化していく。
静かに呪詛を呟くように言った。
「シャル……こいつ殺そう? ええじゃろ? シャル……シャル? シャ──」
シャルロットは元来、恥ずかしがり屋である。
しかし褒められ慣れはしておらず、赤くなることはここ最近では日常茶飯事であるが、基本的に人前ではクールビューティーを貫いている。
チョンカは見てしまった。
顔も耳も全てが赤く染まりあがり、アヒル口のように唇を尖らせながら俯き目を見開いているシャルロットを。
可愛いの対象がチョンカではないとなれば、残るシャルロットを指すことは自明の理である。シャルロットはそのことにチョンカよりも早く感づいていた。
「そ……そん、な、こ、こま、こま、こまるわ、あた、あ、あ、あたしにはます、マスター、という、ひとが、い、いえ、ちが、そう……じゃ、なくって、そ、その、その、あ、う、うううぅぅぅぅぅ!!」
「ふ………………ふぅぅぅぅん……よか、よ、よかったね、シャルぅ……」
下唇を噛み、にっこり笑いながらミチミチという音と共に大量に出血をしていた。
『いやんいやん』しているシャルロットを見るチョンカのこめかみに、太い血管が浮かんだ。
それは、つつけばきっと破裂してしまうであろう程に浮かび上がっている。
しかしそれも長くは続かない。
「お前のこととちゃうわ!! なんやそのうさぎの耳は!! 何をアッピールしとんのじゃコラ!! あざとすぎるわっ!! 臭すぎるでっ! この計算ロリビッチがっ!!」
「…………………………………………………………………………あ?」
磯っぺの心無い言葉に、シャルロットも表情をなくした。チョンカ同様、素の顔になったあと般若へと変化をする。
「チョンカ……いいわよ…………殺しましょう……こいつ……チョンカ……チョンカ? チョ──」
見上げたシャルロットの目に飛び込んできたのは、感情豊かなチョンカの、見たことのないようないやらしい笑顔であった。
「ぷくくっ……シャ、シャル……そんなおちこ、おち、ぷぷ、落ち込まんでっ……が、が、ぷぷぷ……が~んば☆」
「な!! な!! ななななな!! 何が『が~んば☆』よ!! あなたゴリラみたいな顔でよくそんなことが言えるわねっっっ!! 慰める気なんてひとっっっっっかけらもないじゃないの!! 馬鹿っ!!」
「うちのことじゃないからって、あんなに顔赤くして勘違いしてっ!! だって面白いんじゃもーんだ!」
「なんですって!! 馬鹿ねっ!! チョンカじゃなかったら普通あたしだって思って当たり前じゃないのっっっっっ!!」
二人の言い合いは、とうとう掴み合いの喧嘩にまで発展してしまう。
「や、やめなよぅ、二人とも……」
「ラヒュほうは、はまっほっへっっ!!」
「ほうよ!! ひしふんは……ひし……ふん……ふぇ、ま、まはか……!?」
お互いに両のほっぺをつねり合い、止めるラブ公に食って掛かろうとするが、シャルロットが重大なことに気が付いた。
チョンカでもない。シャルロットでもない。
だが確かに目の前の磯っぺは可愛いと言いながら興奮していた。
この場にはもう、あと一人しか残されていなかった。
「え……ま、まさか……」
「はぁ、はぁ、自分そのフォルム、ほんま神やで……な、名前はなんていうんや? ん? ん? ワシと接吻せぇへんか? ん?」
「……ぼ……」
青ざめた顔で後ずさるようにチョンカとシャルロットはラブ公から距離をとった。
「僕ぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーー!?」