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「ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハ!! 塩と魚でいい出汁が取れているであろうな!!」
「んひっ!! ああ、腹が減ってきたな。ダディ、魚のアラ出汁で炊き込みご飯はどうだ?」
「な……なんなんや! なんなんやこれはっ!! リス!! お前……何もんや? ワシが知っとるエスパーはこんなこと──」
「私は旅のエスパーの西京というものだと、さっき名乗らなかったかな? その辺のサイコキネシスしか使えないような普通のエスパーと一緒にされては困るね」
珊瑚姫は磯っぺと西京のやり取りを聞いていた。聞いてはいたが半ば放心状態であった。
一瞬で少なくない兵士を失い、その武力の矛先が自分に向けられていることを、磯っぺよりも正しく認識していた。つまり、もう自分は助からないのではないかと思っていたのだ。
「お、お前!! こんなことして協議会が、世界中のおさかなちゃんパラダイスが黙っとる思うんか!? お前がどんだけ強いか知らんけどそうなったらお前なんかなぁ──」
「おや? 君は私の命の心配をしてくれるのかい? ふふふ、見かけによらないものだね。しかしその心遣いだけ有難く頂いておくよ」
「な、なんやと!?」
西京の表情は変わらない。
普段と同じ無表情である。
しかし磯っぺにはそうは映らなかった。
パイロキネシスを見たときから心に巣食い始めた恐怖が、虚勢を張る磯っぺの心を更に締めつけた。
「何万でも何億でも構わない。それが全員エスパーでもいい。魂を浄化され死の先を見たい者は私のもとへ来ればいい。それはそうとね……」
自分に対し圧倒的に自信があるその言葉を、磯っぺは笑い飛ばすことが出来なかった。
西京の黒い瞳の底にあるものを見たような気がして、背筋が凍りつきそれ以上言葉を紡げない。
「君が心配すべきは私の命ではない。君自身の命さ。君が選択を間違えないことを祈っているよ? ふふふ……」
「…………」
とうとう磯っぺは黙り込んでしまった。後ろに控える兵士達も動くことが出来ない。
そして西京の視線は珊瑚姫へと向かう。
「さて、珊瑚姫君。話し合いを再開しようか。私に黒あわびを譲ってはくれないだろうか?」
「………………」
珊瑚姫は西京を見つめたまま、言葉が詰まったような表情をする。「黒あわびをよこせ。さもなくば殺す」そう脅されているようにしか聞こえないからだ。
そしてそう理解していて、実際に命の危機を感じている珊瑚姫が取る選択肢など、一つしか残されていなかった。
「わ……分かった……黒あわびはあんたらの……好きにしたらええ……」
搾り出すようにそう答えるだけで精一杯であった。
後ろで珊瑚姫を見守る兵士からも反対の声は上がらない。
全員が珊瑚姫と同じ気持ちであったからだ。
逆らえば死ぬと、そう思っている。
「ふむ、それはありがたい。さすがはこれだけの兵をまとめるだけはあるね。いい判断だよ」
「………………」
何故こうなってしまったのか、珊瑚姫は拳を強く握りながら考えていた。
昨日も西京は強引な手段を用いてきたが、チョンカやシャルロットが必死に低姿勢で申し出てきて何とか交渉が出来たはずだ。
最初西京たちを見たときは、ここへは昨日の約束通り援軍に駆けつけに来たのかと思っていたのだ。
しかし、落ち着いてよく考えてみれば珊瑚姫には西京のこの態度に思い当たることがあった。転送銃で撃ってしまったことを根に持っているのだろうかと考えたのだ。
おさかなちゃんパラダイスとは古代の施設である。古代人が作り上げた施設であり、それは珊瑚姫の言うように、海水の温度を保つ為に古代人が作った施設である。
入り口とは古代人が使用していた地上と施設を繋ぐ入り口であり、珊瑚姫が考えている海へ通じる通路のことではない。それは施設の機能で言えば温めた海水を排出する為の『排水溝』でしかないのだ。
珊瑚姫は海中では呼吸の出来ない彼らを入り口へ、つまり海中にある『排水溝』に転送したものだと思っていた。
今まで転送した者達が誰一人として帰ってこなかったことを不自然に思わなかったことが、この勘違いを許し続けた原因であった。
転送銃で撃ち、彼らを海中へと送り込んだ。エスパーである西京達は無事であったが、当然許せることではない。そして昨日の約束の反故、無茶な要求と武力行使へと繋がったのであると考えた。
ダディが突っ込んできたせいではある。しかし引き金を引いたのは自分だ。
それもダディだけではない。西京を含めあの場にいた全員を転送させてしまった。全てなかったことにしてしまいたいという欲望に負けたのだ。
悪逆非道の限りを尽くすエスパーと呼ばれる者達。その中でもチョンカやシャルロットはその噂が信じられないほどに誠心誠意を尽くしていたようにも思えていた。
西京とて話し合いをしようと言い続けている。
こうなったのは全て自分のせいである。
エスパーがこの程度で許す方がおかしい。本当は皆殺しにあってもおかしくはない。この報復は西京たちにとっては当然である。
珊瑚姫はそこまで考えて、愕然としていた。
震える体を両手で抱き、海中へ流れそうになる涙を必死にこらえた。
第六おさかなちゃんパラダイスは、今日でその幕を閉じるのだ──
もちろん珊瑚姫の推測は全てが間違っている。
根本的に勘違いをしている。
これはフィーバータイムという、子供達の監視を逃れた大人達の悪乗りに過ぎない。
もっとも、珊瑚姫にとってはその真実を知らぬほうが幸せなのかもしれない。
「珊瑚姫君は快く黒あわびの譲渡を決めてくれたが……君はどうするのだい?」
呼びかけられた磯っぺは肩を震わせた。
西京と珊瑚姫と、交互に視線をやる。
珊瑚姫は俯き、悔しそうに涙をこらえているのが一目で分かった。
視線を彷徨わせ逡巡したあと、磯っぺは閃く。この状況を一変すさせることができ、自分に利益が出る策を。
問題は目の前の西京の答えであった。このまま引けば数十の兵士を失っただけで、何も得ることはないが命は助かる。しかしこの問いかけに成功すれば、自分は更なる利益と地位を得ることが出来るかもしれない。
磯っぺは閃きのままに、この賭けに乗ることにしたのだ。
「に、西京……さん。答える前に聞きたいことがあるんやけど、発言ええか?」
「ふむ、許可しよう。言ってみなさい」
「西京さんは黒あわびが欲しいんであって、第六がどうなろうと関係ないっちゅー立場で間違いないんか……?」
恐らくこれが地上でのやり取りであれば、今頃磯っぺの額は汗で濡れていたであろう。
磯っぺにはこの少しの沈黙が、何時間にも感じられていた。
「……ふむ──」
磯っぺは心臓がまるで何かに鷲掴みにされ、今にも握りつぶされてしまいそうな感覚に、気が遠のきそうになる。戦闘の意思など皆無であるのに、武器を握る手に力が篭る。
「その通りさ。私がほしいのは黒あわびさ。磯っぺ君の言うように第六おさかなちゃんパラダイスがどうなろうと構わないよ」
にまっと、磯っぺの表情がそれまでとは打って変わって粘着質な笑顔になった。
彼は賭けに勝ったのだ。
「へぇ、そうでっか。それやったら黒あわびの所有権を主張せんかったら、今からワシら第五が第六を攻め落としても何ら問題はないゆうことでっか?」
「そうだね。好きにすればいいのではないかな?」
「それはどうも、おおきに!! それやったらワシらは黒あわびはいりまへんわ! どうぞ西京さんの好きにしたってください!! おぅ! お前ら!! ボサっとしとらんでワシについてこんかい!! 行くで!!」
「……なっ! 磯っぺ!?」
西京の言葉を聞き、磯っぺは深く潜った。それに続き、次々と兵士たちが磯っぺのあとを追う。
第六の軍勢を無視するかのように、下を潜り抜けるようにして軍勢が第六おさかなちゃんパラダイスの排水溝へ殺到する。
磯っぺは珊瑚姫達を出し抜くような形で一気に第六おさかなちゃんパラダイスを攻め落とすつもりであった。
「ギャーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハ!! アホやで!! 黒あわびなんかもういらんわい!! 今日からここは第五おさかなちゃんパラダイスいんぐりもんぐり支部やでぇーーーーーーーーっっっっ!!」
「まっ! 待てやっ!! お前ら!! このゲス共が!!」
慌てて自軍を率い磯っぺたちを追いかけようとする珊瑚姫を呼び止める者がいた。
「待たれよっ!! 産後姫よ!! ぶるるるるるるるぅーーーーーーいっっ!!」
無視は出来ない。
西京ではないが、それでも西京の仲間の言葉である。
それが例え変態であっても断じて無視は出来ない。
命の危機を感じた記憶が、気持ちとは関係なく体にブレーキをかける。
「な、なんやっ!! 全身タイツ!! 黒あわびはもうあんたらにくれてやるんや!! も、もうええやろっ!!」
「礼……」
「はぁっ? なんやて!? ウチ急いどるんやっ!!」
「黒あわびを頂くのである、その謝礼がまだであるなっ!! ガーーーーーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハ!!」
「いらんわっ!! そんなもん!! アホとちゃうかっっっっっ!!」
「珊瑚姫君、落ち着きなさい。まぁ心配はいらないと思うよ? 見ていれば分かるさ。……磯っぺ君は選択を間違えたかもしれないね」
「……はぁ?」
珊瑚姫は思わぬダディの言葉と、西京の言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
そうしている間にも、磯っぺの率いる第五おさかなちゃんパラダイスの軍勢は、第六おさかなちゃんパラダイスへ迫っていた。




