15
「西京さん……いい話とは……? んひっ!」
「ガーーーーーッハッハッハ!! 死にゆく我等にいい話であるか!?」
いい話、と言われて二人とも興味を持った。若い頃から何度も、他人の持ちかける『いい話』とやらに騙されて、流されながら痛い目を見て今日があるのだ。警戒どころかむしろ聞いてから笑い飛ばすくらいの気概は兼ね備えている。
「ふふ、そうだね、その前にンダディ君。ムッシュ君に古代の施設の土産話はしなくていいのかい? いい話はその話に関係があるのだよ。私の口から話をしてもいいのかな?」
「おおおおーーーーー!! そうであったわ!! 話をしなければ何のために海に潜ったのか分からぬのであるな!! ガーーーーーーーーーーーッハッハッハ!!」
「な、何!? 海に潜っただと!? おぅふ! く、詳しく聞かせてくれないか!!」
それからダディはムッシュに身振り手振りを交えて、自分が見てきたことの全てを語った。妻子を捨て旅に出てから、チョンカ達に出会い、おさかなちゃんパラダイスを発見したこと。若い頃についに入ることが叶わなかった古代の施設の話である、ムッシュは目を輝かせながら必死に聞いていた。
少年のような父親の表情を初めて見たシャルロットは複雑な表情で眺めていた。
もしかしたらムッシュもダディと同じく、結婚をして自分が生まれて、夢を捨てさせてしまったのではないだろうかと考えていた。
そんな父親の姿を見てしまったら、先程のように叫んでまで止める気持ちが失せてしまっていた。二人とも、もう長くないのだ。分かっている。それを受け入れなければならない。
父親の最後の我がままくらい、聞いてあげなければならないのではないかと思えてきたのだ。
風もないのになびいた西京のマフラーが、シャルロットの鼻先をくすぐった。
『ふふ、シャルロット君。君は本当に素直で物分りがいい、おりこうさんなのだね。人は、私も含めてだが、皆好き勝手に振舞って生きているものさ。そこには一般人もエスパーも大差ないのだよ。いいかいシャルロット君。二人は二人の好きにさせればいいさ。命まで懸けられたら、こちらから言うことはもはや何もないのさ。実際に今シャルロット君はそんな気持ちなのだろう? 好きにさせようと』
西京はテレパシーでシャルロットに、まるで何かを教えるかのように語りかけた。
『マスター……?』
『声の大きいものが勝つのさ。どこの世界でもね。やりたいことを先にやった者が、言いたいことを先に言った者が常に優先される。世の中とはそうできている。誰とは言わないが、今まで見てきた数々の人間がそうだっただろう? そこにどのような思いが込められていようとだ。そしてその自己中心的な言動に振り回されるのだよ。シャルロット君やンダディ君の家族のように、我慢をする者がね』
『……でも、でもどうしようも──』
『あるさ。君の周りが好きに振舞うのだよ? シャルロット君が好きに振舞ってもいい権利も当然あるのさ。ンダディ君とムッシュ君が好きにするそうだね。気持ちよく好きにさせればいいさ。ただしこちらも好きにやるだけさ。心配しなくてもいいよ。ムッシュ君を助けたいのだろう? 分かっているさ。私に任せなさい』
シャルロットには西京の背中がとても大きく見えていた。
父親以外で、こんなに人を頼りにしたことはなかった。
この人の弟子になってよかったと、大きな背中を見ながら改めて思っていたのだ。
「ムッシュ君、君はこの場所に家を建てたのには理由があるね?」
「あ、ああ……西京さん……あひんっ! その通りだが、まさか……分かるのか?」
「ふふ、君は古代の施設の入り口がこの近辺にあるのだと独自に掴んでいるのではないのかな?」
ダディが目を丸くして驚いている。そしてそれ以上に驚きの表情を見せているのがムッシュである。口をパクパクさせながら言葉が出ない様子だった。
「ガーーーーーーーーーーッハッハッハッハ!! 西京殿、ムッシュにクレアエンパシーを使ったのであるな?」
「まさか、そんな無粋な真似はしないさ。少し考えればンダディ君にも分かること。我々は珊瑚姫の転送銃で全員がここに転送させられたのだったね?」
「ガーーーーーーーーーーーッハッハッハ!! そうであったな!! 忘れておったわ!!」
「ワシも巻き込まれたで!!」
西京の言わんとすることにいち早く気が付いたのは、意外にもチョンカであった。
「あっ……そうじゃ! 珊瑚姫は『おさかなちゃんパラダイスの入り口に転送する』ってゆうとった!! うち覚えとるよ!!」
「ふふ、その通りさ。そして古代の施設を若かりし頃に研究したムッシュ君が、村外れのこの場所にわざわざ家を建てたとくれば、そのことを知っているのではないかと思ってね」
「そ、その通りだ……驚いたな……しかしそこまで掴んだのだが、俺にも家族が出来てそれ以上の研究はしていない。うっ! 未練がましくここに家を建てはしたが結局入れず仕舞いさ」
「君たちは二人でこれから、その命が尽きる瞬間まで夢を追い続けると聞いたが……まさかどこか違う古代の施設を探しに行くつもりだったのかい?」
ダディとムッシュは顔を見合わせた。
その場の勢いというものが大いにあったのだろう。具体的にはこれから話し合うつもりであった為か何も考えてはいなかったのだ。
「君達が遣り残したことがあるとすれば正におさかなちゃんパラダイスさ。せっかく目の前に入り口があるのだよ? 二人で中に入って思う存分調べると言い出すのかと私は思っていたのだが? おや? 違ったのかな?」
「それはそうできたらとは思うが……んひ! しかしあの入り口はどうやっても入ることが出来なかった……うひゃ! 中に入れたのもダディの話を聞く限りじゃ偶然なのだろう? それに追い出されたそうじゃないか」
「私はエスパーだが? 壁など、私にとってはないに等しい。散りゆく君達の命に力を貸すことは私としてもやぶさかではないだよ?」
二人は二人の我侭で、愚かにも自分達が大切にしてきたものを全てかなぐり捨てて、命が尽きる瞬間を、夢を追いかけるその中で散らそうと決心したのだ。
そこにはもうそれ以上誰かの力を借りるという考えはなかった。
若い頃の二人がどう頑張っても入ることすら出来なかったおさかなちゃんパラダイスのことは、目的から無意識のうちに除外していたのだ。ダディの土産話で、この件は終わったものだとすら思っていた。
「し、しかしこれ以上……」
「ガーーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハ!! ムッシュよ!! いいではないか……西京殿のお言葉、ありがたく受けようではないか。確かにあそこ以上に我等に相応しい場所はないであるな!! ただし西京殿、それ以上は甘えられぬ!! テレポーテーションで我等を連れて行ってくれるだけでよい!! 何より危険であるからな!!」
「こらおっさん! 危険てなんや危険って! ワシの実家やぞ!!」
「ふむ……ンダディ君、そのようなことは話を全て聞いてから判断してくれるかな? 本題はここからさ」
「ガーーーーーー………ッハッハ? んが!?」
「君も聞いただろう? おさかなちゃんパラダイスは今揉めに揉めているそうじゃないか。それも同族同士でね。その原因は何だったか覚えているかい?」
ダディがハッとした表情を見せた。西京の言わんとしていることがようやく分かったのだ。
「……百薬の長、黒あわびであるな……」
「ンダディ君、御名答だよ。君達、もうあまり長くないのだから、勝手に侵入して勝手に調査して、そのついでに珊瑚姫ともう一度話をして黒あわびを頂けばいい。なぁに、あの言い方だと、見つかるのは稀でも世界に一つしかないという程、貴重なものではなさそうだよ。頼みようによっては分けてもらえるさ。黒あわびを肴に酒でも飲み交わせば最高だと私は思うのだが? 百薬の長と言うほどだからね、寿命も延びるかもしれないよ?」
「く、黒あわびて、おさかなちゃんパラダイス同士が所有権争っとる薬ちゃうんかいな!? そないなもんどないして分けてもらうんやっ!?」
西京の言葉に、ついに二人とも黙ってしまった。
『二人とも、いいかい? 私はこの二人に付いて行って珊瑚姫に再び会ってくるよ。チョンカ君もシャルロット君ももちろん付いて来なさい。そしてチョンカ君、分かっているね?』
西京はチョンカとシャルロットの二人に向けてテレパシーを飛ばした。
チョンカは西京の背中を見ながら大きく頷いた。
『ふふ、いい子だ。チョンカ君にはチョンカ君の目的がある。そのために最初から戻るつもりだったからね。そしてシャルロット君、百薬の長と言われる黒あわびがどういったものかは知らないが、一瞬で病気が治り死にかけている体が回復するような効果を期待することはできないね。そのあたりは私がうまくやるから、君はチョンカ君の傍にいてやってくれるかい?』
『ええ、マスターもちろんよ……パパ……父の事をよろしくお願いします』
『ふふ、構わないさ。チョンカ君、君は君の正義を貫きなさい。我々大人達のことは大人達でやるさ、気にしなくてもいいのだよ? 君達も、自分の信じたことを信じたようにやってごらん。私はそんなチョンカ君達の成長を見守っているよ』
チョンカとシャルロットは頷いた。そしてお互いに顔を見合わせ微笑んだ。
「さぁ二人とも、酒盛りの続きは黒あわびという肴を手に入れてからのほうがいいと思うのだが? どうするね?」
「……あれ? な、なあ、もしかして……もしかしてワシって……ず、ずっと無視されてへんか? あ、あれ? な、なあ!!」
黙っていたダディとムッシュであったが、先に噴出したのはダディであった。
「プハッ……ハハ……ガーーーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハ!!! 気に入った! 気に入ったぞ西京殿!! さすがじゃ!! よぅし、その話乗ったぞ!! ガーーーーーーーーッハッハッハッハ!!」
「はははは、ダディ相変わらずやかましい奴だな。……西京さん、お願いしてもいいのかい? んほっほ! あなたには関係のない話だ……」
「私に関係がなくてもシャルロット君には大ありさ。君からよろしく頼まれたところだと思うのだが? 違ったのかい?」
ムッシュはそう言われて、愛しの娘の方に目をやった。ダディと夢を追うと決めたものの、やはり申し訳ない気持ちも当然あった為、先程からまともにシャルロットが見れなかったのだ。
「いぃーーーーーーーーだっっ!! 変態になった上に娘の気持ちも無視するようなパパなんて大嫌いよ。ふんだ……好きにすればいいじゃない……その代わりあたしはあたしの好きにさせてもらうわっ!! いいわねっ!?」
ムッシュは胸につかえていた物が取れたように感じた。むくれながらも好きにすればいいと言ってくれたシャルロットに、感謝と謝罪の気持ちが沸いてくる。
シャルロットのその姿に、若かりし頃の勝手な行いを、仕方がないと許してくれるシンシアを重ねていた。
そんな気持ちに気が付いて大人とは勝手なものだなと、つくづく思うのだった。
勝手に妻の姿を重ねて、勝手に涙をこらえながら苦笑いをする自分が、本当に自分勝手だと痛感していた。
自分の命を救う為にシャルロットは家を出て行った。そんな方法が見つかるとは思えなかったが、シャルロットの気の済むようにさせてやった。
シャルロットは賢い。村の連中には隠していたが、自分とは違いエスパーの能力もあった。この子なら自分がいなくなっても大丈夫だろうと思っていたのだ。
亡きシンシアに会えるなら死ぬことは怖くはなかった。身辺整理のつもりで柄にもなく返していなかった手紙の返事も書いてみた。
しかしシンシアに会う前にシャルロットにもう一目会いたいと思い、話に聞いたドクターフィッシュを試してみた。
シャルロットは家を出たその日から随分大きくなって帰ってきた。
昔の妻の姿を重ねてしまうほどに──
「西京さん、ありがとう……」
「ふむ、お安い御用さ。さて準備をしたまえ。今日は祝杯をあげるのだろう? それとンダディ君」
「ガーーーーーーーーッハッハッハ!! 何であるかな? 西京殿!!」
「大人のフィーバータイムはまだ終わってはいないだろう? これからが本番だとは思わないかい?」
「ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハ!!! その通りであるな!! ムッシュよ!! 感傷に浸っとらんで、さっさと準備をするであるな!!」
「なぁ、ワ、ワシも行くで? い、行ってもええやろ? なぁ……なぁてっ!」
「ああ、じゃあ西京さん、うっひっほ! 案内をよろしく頼めるかい?」
こうしてチョンカ達はシャルロットの家を出た。
そして再び入り江の砂浜に立ったのであった。