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「シャル……大丈夫?」
「チョンカぁ……うううああーーーーんっっ!! パ、パパが、パパがぁぁぁあああぁぁ」
「えらいエキセントリックな親父さんやったな! 正直ワシもドン引きやで!」
「チョンカ、信じてぇぇぇ……パパは、前まではあんな変態じゃなかったのぉぉぉ」
シャルロットはチョンカに抱きつきながら泣きじゃくっていた。
チョンカも正直なところ、どのように反応すればいいのか分からなかったのだ。何を言ってもシャルロットを傷付けてしまいそうな気がしていたからだ。
チョンカはとにかく、このまま外でシャルロットを泣かせたままにすることが良くないと思った。
「シャル、うちらもシャルの家に行こう? うち、シャルのお家、見てみたいな」
「ひっく、ひっく、う、うん……ごめんなさい……」
チョンカは力なく立ち上がろうとするシャルロットを抱きしめてやった。
ダールとアークレイリを結ぶ街道は二本ある。
一本はチョンカ達が歩いてきた街道で、もう一本はダールから東のほうを大回りする街道である。
その街道はシャルロットの村である、アウルタを通りアークレイリへと続いている。
シャルロットの家は入り江からすぐのところ、つまりアウルタ村の中心部からは随分離れた位置に一軒だけポツンと建っていた。
とても静かな環境に、質素ではないが大きすぎず、可愛らしいメルヘンチックなデザインの家が、なんともシャルロットらしい家だった。
チョンカはようやく泣き止んだシャルロットを連れてシャルロットの家に入った。
「ふぁーーーー……か、かわいい家じゃねぇ……」
クリーム色、茶色、赤やピンク、壁も柱も床も、どれもおいしそうで可愛い色使い。本当にメルヘンな内装で、チョンカはきょろきょろと落ち着かない様子であたりを見回した。
「……全部ママの趣味なのよ……あたしの着てるこの服もそうなの」
「へぇ! シャルのお母さん!! うち会ってみたいなぁ!!」
「無理よ……死んじゃったもん……」
「あ……ご、ごめん……」
「あ、謝らなくていいのよ? 言ってないもの、チョンカが知ってるわけないし」
「ワシも知らんかったで。スゥーハァーここが姉ちゃんの実家……スゥーハァー……」
「ガーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハ!! それにしてもムッシュよ!! 貴様にそのような変態癖があるとは驚きであるな!! そのように裸で出歩いておるのか!? ぶるるるるるるるっっ」
「んひっ! いや、まぁ俺もドクターフィッシュのことを知るまではごく普通だったさ。こいつらは治療の一環として村の連中には説明してあるし、局部は他人から見えないように魚たちが隠してくれるからな。だから外を出歩いても大丈夫なのさ」
「昔の貴様からは想像もできぬ姿になったであるな!! ガーーーーーハッハッハ! ぶるっふっ!」
「ふむ、昔の姿? 二人が学生時代の頃の話かい?」
大人の男達の笑い声が、家の中で響いている。
それを聞いていたシャルロットは少し、複雑な表情をしていた。
寝たきりであったムッシュのところへは、三日に一度、主治医が身の回りの世話をしに訪ねて来るだけである。
それ以外は基本的に、家の中ではシャルロットとムッシュの二人だけであった。しかしムッシュが仕事をしていた頃は賑やかだったのだ。シャルロットは賑やかな大人達の話し声を聞いて、その当時のことを思い出していた。
「ムッシュはのぅ、昔は学生服の上に擦り切れたボロボロの外套を羽織り、これまたボロボロの学生帽に腰には手ぬぐい、そして高下駄を履いておったな!! まったく、男臭い奴であったな!! ガーーーーーーッハッハッハ!!」
「ふむ、バンカラと言うやつだね。もう今の時代、すっかり見かけなくなったけれどね」
「や、やめてくれないか、二人とも。あんっ! バンカラなんて、昔の話だぞ?」
チョンカとシャルロットは大人達が喋っている部屋の隅にあるテーブルでお茶を飲んでいた。
そしてシャルロットは聞き耳を立てていたのだ。父親の昔の話など聞いたことがなかったからだ。
チョンカは一生懸命大人の話に集中しているシャルロットを黙って見ていた。
やっぱり変態だなんだと言いながら、父親のことが大好きなんだろうなと思っていたのだ。
「ダディはあの後、何の仕事をしていたんだ?」
「ワシはサーカス団の団長をしていたであるなっ!! 中々楽しい職であったな!! ガーーーーーーーッ八ハッハ!! 貴様は何をしておったのであるか? ぶるるるる」
「俺は……あー、笑うなよ? か、家庭教師だ……」
「ガーーーーーーーーーーーッハッハッハッハ!! き、貴様が家庭教師とな!! ムッシュよ!! 冗談ではないぞ!? ガーーーーーッハッハッハ!! わたた、お、驚きのあまり……とと」
「パパの教え方は世界一よ!! 勉強も本当に分かりやすいし、生きていくための色んなことをみんな学んで巣立って行ったわ!!」
シャルロットは父親が馬鹿にされたのかと思い、堪らずダディに反論をしてしまう。そんなダディはシャルロットの話を聞いて、やはり可笑しくて堪らない気持ちになるのだ。
「ガーーーーーーーッハッハッハッハ!! ムッシュよ、貴様子供を相手に人の道を説いておったか!! やはり貴様は変わらんのぅ……そう言えばムッシュよ、シンシアはどうしたのであるか? っととととぶるるる」
シャルロットの表情が曇った。シンシアとはシャルロットの母親の名であった。
「……うっ! 死んじまったさ……その頃からだな……足の調子が悪くなってきて、動かなくなっていったんだ……あぉ!!」
「そうであったか……しかし、手紙にも書いてあった命の危機は、その様子ではもう去ったのであろう? その魚のおかげであるかな? ぶるっ」
「…………ふむ」
「……いや、これはあくまで病気の進行を遅らせるだけだな……うっ! 今はドクターフィッシュが食べるほうが早いが、俺の奇病は進行速度も徐々に速くなっているんだ。遅かれ早かれ寝たきりに逆戻りさ。そしてその後は……」
「パパ!!!」
話を聞いていたシャルロットが立ち上がった。
「パパ……そんな格好までして……た、助かるためじゃないの? 病気、治ってなかったの?」
「まぁ……そうだな。今一時的に良くなっているだけだそうだ。根本的な回復じゃない……あひっ!」
シャルロットは再び席に着く。それも力が抜けて体を放り投げるように座った。
「ガーーーーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハ!! そうかそうか、そうであるか!! ぶるるるるるっふーいゃ!」
聴いた瞬間、シャルロットの目に怒りの色が宿る。ダディを睨みつけながら机を叩き、シャルロットは立ち上がり吼えた。
「何が可笑しいのよーーーーーーーーーーーっっっっっ!! 何もっ……何も可笑しいことなんてないでしょうっっっっ!?」
「ガーーーーーーーーッハッハッハ!! 可笑しいも可笑しい、大笑いであるな!! これが笑わずにはいられぬわ!! ワシの命も残すところ三ヶ月もないのであるな!! ムッシュよ、我が友よ!! 奇遇であるな!! んっんっんっととと」
「ダディ……さん? え、え? さ、三ヶ月……?」
「う……嘘じゃろ……」
「ガーーーーーーーーーーーッハッハッハッハ!! 嘘ではない!! のう、西京殿!!」
チョンカとシャルロットは西京へ注目した。ムッシュだけはダディの顔を見たまま目線を逸らそうとはしなかった。
「本当さ。ダディ君は内臓がもう滅茶苦茶になってしまっていてね。立っていることすら出来ないはずなのだがね。ここまでの旅や命をかけたサーカス芸の数々、本当に見事だったよ」
「そ、そんな……う、うそ……マスター! お願いします!! パパとダディさんに、サイコリバー──」
シャルロット方へ、ダディは手のひらをかざした。
拒否──の意思表示だった。
「シャルロット嬢よ……ありがとう。ムッシュ……貴様いい娘を持ったのぅ……ガーーーーーーハッハッハッハ!! っとおととと」
「ダディ……お前……本当なんだな?」
ムッシュの瞳から、涙がとめどなく零れていた。
「ガッハッハッハ……ムッシュよ、時の流れを恨むでない……ワシらもいつまでも若くはないであるな……」
「お前……女房と子供がいたんじゃなかったのか……?」
「……捨てたであるな……我が友ともう一度夢を追いかけるために……」
「そうか……お前、自分が死ぬことを家族に言わずに出てきたんだな……」
「夢を追って勝手に野垂れ死んだほうが、奴等も気分が楽であろうしな!! ガーーーーッハッハッハ!!」
「そ、そんな勝手な……ダディさん、本当にそれでいいの……?」
「ほ、ほんまやでおっさん! 悪いことは言わんから、はよ帰ったりぃや? な? な?」
チョンカはもはや会話に入れなかった。
ほぼシャルロットと同意見であったのだが、それよりも話の内容が深すぎてついていけていなかった。
関係のない自分が口出しをしてしまってはいけないような気もしていたのだ。
「ダディ……お前……そうかここには──」
「ガッハッハ! 命短き者同士、そして昔の友人同士、何もかもかなぐり捨て再び共に夢を追いに来たのであるな!! 今一度、ワシらが若かったあの頃へ……!!」
ダディも、ムッシュも、お互いを見つめたまま黙り込んでいた。
二人とも頬に熱い涙が伝っている。
手に持つグラスの中の酒が、雫に揺らされていた。
「……パパ?」
ムッシュは立ち上がった。
同時にダディも立ち上がった。そして二人は握手を交わし誓い合った。
「分かったぜダディ……二人で戻ろう……あの頃へ!!」
「ガーーーーーーーーーッハッハッハッハ!! 貴様も阿呆であるな!! ガーーーーーーーーッハッハッハッハ!!」
「そ……そんな……そんなのってないわ!! 命が、命が懸かっているのよ!? 二人とも正気じゃないわ!! 今すぐマスターのサイコリバースを受けて!!」
「シャル……ありがとうな……でもそれじゃあ駄目なのだよ……」
「だ、駄目って何が……?? あ、あたし分からない! 分からないわ!!」
西京の左手が、シャルロットの頭に乗せられる。ポンポンと二回、何かの合図のように。
『シャルロット君、後は私に任せなさい。何も心配しなくてもいいよ』
初めての合図に、シャルロットは顔を上げる。
「ふむ、時を憂いて飲む酒はいつも侘びしくもうまいものさ。けれども君たちは今一度夢を追おうとしているのだね?」
「すまない……西京さん。シャルロットのことを……よろしく頼みたい……俺はもう長くないから……」
「パ……パパ……パパァ……」
「ワシもじゃな。特別頼むことはないであるがな!! ガーーーーーーーーーッハッハッハ!!」
「んー、ワシも特に頼むことはあらへんなっ!」
シャルロットはそれを聞きながらシクシクと涙を流していた。
チョンカはどうすることも出来ずにその背中を擦ってやる。
「ふむ、どうせ棺おけに半分足を突っ込んでいるのだから、やりたい事をやればいいと思うよ? ただそうだね……一つだけ、先が短い二人にとてもいい話があるのだがね……聞いておいて損はないと思うのだが? どうするね?」
ダディとムッシュは予想外の西京の言葉に顔を見合わせた。
きっと先生がなんとかしてくれる。そう思っていたチョンカは少し笑顔になっていた。
「シャル……多分大丈夫じゃよ」
「チョン……カ?」
チョンカはシャルロットの頭を優しく撫でてやった。
シャルロットが困ったときは支えてやる。そう決めたのだから。




