7
「ラ……ラブ公……」
ラブ公は蟹に対する恐怖で蹲るように部屋の奥で息を潜めていた。
ウルフから名前を呼ばれ、鉄格子の外へ視線をやった。
蟹は既にその場にはいなかった。
しかしウルフが倒れこんでいた。無残にも切られてしまった足が数本、地面に散らばっている。
「ウルフさん、大丈夫!?」
「はは……だ、大丈夫やでぇ……足は切れてもまた生えてくるんや。生えるときにな、たまに二本生えてくるときがあるんやで……」
「そっか! だからウルフさんは足の数が多いんだね!!」
「ははは……せや。……自慢できることとちゃうけどな……」
「そんなことない!!」
「はは……は?」
ラブ公は鉄格子の向こうで、力なく溶けるように寝転がるウルフへ言い放った。
「そんなことないよ!! その足、とってもかっこいいって僕思う!!」
ウルフは一瞬だけ、きょとんとしていたが、全身に力を入れ何とか立ち上がって見せた。
「おおきにな、ラブ公……ほんならワイ、もう行くわな……ラブ公のことも報告せんならんしな」
「う……うん、ウルフさん、本当に大丈夫?」
「おう……ワイ、お前のこと気に入ったで……おさかなちゃんパラダイスの掟か知らんけど、なんとか助けてもらえるようにワイが言うてみたるさかいな!!」
その時であった。先程の蟹があわただしくもまた戻ってきたのだ。
しかし先程と少し様子が違い、慌てているようにラブ公には見えた。
「コラ壷輔!! はよぅ来いや!! 非常呼集や!! なんやエスパーが艦内に入りこんどるらしいで!! 多分そのキモイ生きもんの仲間やで!!」
「え、僕の仲間のエスパー……チョンカちゃん達だ!!」
「な、なんやラブ公、お前やっぱりエスパーやったんかい……?」
「ううん、僕はエスパーじゃないよ! でもチョンカちゃん達はエスパーなんだ。きっと海に落ちた僕を助けに来てくれたんだよぉ!」
「……ラブ公の仲間か……エスパーやさかい、やっぱ悪もんなんか……?」
「そんなことないっっ!! チョンカちゃん達は正義のエスパーだよ!!」
自分の足をかっこいいと言ったときと同じ勢いで、ラブ公は言い切った。
ウルフはそんなラブ公の真剣な眼差しをじっと見ていた。
「はは『正義の』か……そうか、すまんかったの。分かったで。ラブ公がそこまで言うんやったらそのチョンカっちゅーエスパー、ワイが話つけて来る!!」
「ウルフさん!!」
「ラブ公はそこで待っとれ!! そこに落ちとるワイの足、食うてもええからなっ!!」
そうしてウルフは槍を手に取り、足早に去っていった。
「ウルフさん……え、足? い、いらないなぁ……」
ラブ公は地面で蠢いている、残されたウルフの足を見ていたが、とてもではないが食べる気にはなれなかった。
チョンカ達は、海流に身を任せ、おさかなちゃんパラダイス内部に辿り着いていた。
海流はこの施設に吸い込まれていたのだ。
施設内に取り込まれた海流を監視する魚達に即座に発見され、現在おさかなちゃんパラダイス内では大騒ぎになっていた。ラブ公に続き、また異物を取り込んでしまったのである。しかも今回は、おさかなちゃんパラダイス始まって以来、生きて意識を持ったまま流れ込んできたのだ。
長い歴史のあるおさかなちゃんパラダイスでもこれは初めてのことであった。
「止まらんかいワレ!!」
「なんじゃい貴様らぁ!!」
多くの魚の群れがチョンカとシャルロットを追い掛け回していた。
「シャル! こ、ここって一体なんなん!?」
「分からないわ! まさか海の中にこんな場所があるなんて……」
二人は海流に身を任せ艦内に侵入した後、海水の流れから抜け出し直径20mはある鉄製の管の中をサイコキネシスで逃げていた。
魚達はラブ公のこともあったので、いつもよりも増員し海流の中の異物に警戒していたのだ。魚達はチョンカとシャルロットを全員で追いかけていた。
「この施設……全部鉄で出来ているのかしら……すごいわ……ダディさんの言ってた古代の施設ってここのことじゃないかしら?」
「シャル、さ、魚! ぶち早いんじゃけど!! このままやと追いつかれる!!」
「この魚達、きっと古代の施設で生活しているのね……」
「シャル!!」
チョンカに急かされ、シャルロットは迫り来る魚達の方へ向き直った。
「分かってるわよ! アニマガード!!」
シャルロットが掲げた手を振り下ろした瞬間、鉄製の管にアニマガードが張られた。追いかけてきた魚達は全員がそのままの勢いでアニマガードへ衝突してしまう。
「な、なんやコレぇ!! こらぁ!! 開けんかいや!! コラァ!!」
「なんじゃいこんなもん!! コラァ!!」
「お前ら何しとんのじゃコラァ!!」
魚達は各々、持っている武器でアニマガードを攻撃している、中には何度も体当たりをし流血している魚もいた。
「け、血気盛んな魚達ね……」
「なんか、何言うとるか分からんけど、こらが口癖なんじゃろか?」
チョンカとシャルロットは追っ手から少し遠ざかり、管の下に着地した。この管を流れる海水もまた、サイコキネシスを使わなければたちまち流されてしまうほどに激しい水流であった。
「なんとか撒いたみたいね。騎士君、大丈夫かしら……」
「頭にミーティアつけとるけぇ、近くに行けば多分感知できると思う!」
「ねぇ、それよりも……チョンカ……」
シャルロットは管の上の方を見上げている。
「どしたん? シャル」
「この管の上、もしかして空気があるんじゃないかしら? 上がってみましょう」
シャルロットの言うとおりであった。
管の上部の両端には通路が作ってあり、空気があった。
古代の施設が何の施設かは不明であったが、作った者は少なくとも魚でないことだけは確かなのであろう。
チョンカとシャルロットは通路に避難し、サイコガードとサイコキネシスを解いた。
洪水のような勢いで流れていく水を見て、上がってみて改めて水流が激しいことが分かった。そしてその水流はチョンカ達がやって来た方向へ流れている。
「ほんま、なんなんじゃろうね、ここ……」
「……っ! どうやらマスターたちもさっきの場所に入ったみたいよ? どうする?」
「さっきの魚、うちらのこと歓迎しとらんかったね……」
「え、ええ……そうね」
「行こう。先生はうちらの居場所は分かっとるじゃろうし、いざとなったらテレポートしてくるじゃろ? それより、ラブ公が心配じゃわ……」
「そうね、チョンカの言うとおりだわ。騎士君、歓迎されてるとは思えないわね」
話し合いの結果、チョンカとシャルロットは再び走り出したのであった。
「な、なんや!! またなんかおるでぇ!!」
「リ、リス……と、なんやあれ!! 全身タイツ着たおっさんやんけぇ!!」
西京と腕組みをしたダディはサイコガードに包まれながら海流を無視してゆっくりと、魚達の前に舞い降りてきた。
「おや、魚がいっぱいだね」
「ガーーーーーハッハッハ!! なんとなんと! 海流の先は古代の施設の内部であったか!! 地上からの入り口だけではなかったのだな!!」
魚達はふんわりと舞い降りてくる西京達に向け一斉に武器を構えた。
「おや? 君達、私達に対して攻撃の意思があるのかな?」
「はよぅ降りて来いやコラァ!!」
「串刺しにしたるわボケェ!!」
魚達は百匹ほどいるであろうか、丁度チョンカ達を追っていた群れも帰ってきていた。
全員が血気盛んに西京に罵声を浴びせていた。
「うるさいね。どれ、黙らせようかな?」
「おおっと、西京殿。施設は壊さんでくれよ? ガーーーーーハッハッハ!!」
「そうだね、貴重な古代の設備ともなれば、そんなことはしないさ。しかし……パイロキネシスは使えないし、サイコプレッシャーは水が汚れてしまいそうだね。やはりここはシャルロット君お気に入りのサイコシャドウでいいかな? それ」
一瞬であった。
西京から伸びた影が真下に向かって伸びたと思ったら、突然ドーム状に広がり、大勢の魚達を丸呑みにし、そしてまた西京へと戻っていった。
「な……なんや!? 何が起こったんや!!」
「わ、分からん!! なんやあのリス!! めっちゃヤバイやんけっ!! 第五のもんか??」
残った魚たちは、慌てて逃げる者と、目の前で消えた仲間達の姿を見ながらそれでもなお武器を構える者に分かれていた。
「おや、君達は逃げないのかい? 命がいらないのかな?」
ゆっくりと、魚達と同じ高さまで降りてきた西京の言葉に、先程の威勢のまま答えられる者は誰一人としていなかった。
「お、お前ら!! 第五の回しもんかっ!?」
「ふむ? 第五? 何を言っているのか分からないね。ちょっと覗かせてもらおうか。それ」
震えながら精一杯の虚勢を張って西京に声をかけた魚が腹を上にしてひっくり返った。
西京はクレアエンパシーでその魚の記憶を覗いていたのだ。
「なるほど、どうやら彼らには同族の敵がいるようだね。この近海に滅多に採れない百薬の長とされる黒あわびが見つかったそうで、それで揉めているらしいね。我々のこともその尖兵だと勘違いしているようだよ」
「ガーーーーーーハッハッハッハ!! 魚同士も人と同じく、色々と大変なようだな!!」
「この施設に関しては特に何も知らないようだね。ただ、彼らのリーダーがこの施設の上の方にいるようだから、ついでに聞いてみてはどうかな? 広そうだから調べるよりも聞いた方が早いかもしれないね」
「そうであるな!! まぁ中に入れただけでも十分に土産話にはなろうというものだが、そうだの、どうせなら聞いてみるかな!! ガーーーーーッハッハッハッハ!!」
震えて武器を構える魚達を無視して淡々と西京たちは話を進めていた。
そして西京が一番近くにいた魚に視線をやった。
「ひっ!! ひぃぃぃ!! す、すんまへん!! ワイ、もう逆らいまへん!! こ、この通りや!! 堪忍してくれぇ!!」
怯えた魚は急いで西京に腹を見せる。
「君、死にたくなければ私達の案内をしてくれないかい?」
「あ、案内でっか? へ、へぇそら構いまへんけど……ど、どちらまで?」
「君達のリーダーがいるね。人魚かな? 彼女の元まで案内をお願いするよ」
「さ!! さささささ、珊瑚姫でっか!? そ、それはぁ~……あ、ああ!!!」
突然、魚が苦しみだし、口から血を滲ませながら腹を上にしてプカリと浮かび上がった。
西京は怯えながら後ろに控えていた魚たちのほうへ視線をやった。
「さて、命の惜しい者は私を案内してくれるかな? 案内してくれない者はここで死ぬことになるが?」
「ガーーーーーハッハッハ!! 西京殿は血も涙もないな!! 若者には少し刺激が強いであるな!!」
「ふふふ、いやいや、本当は案内などいらないのだけれどね。歳をとって私も少し丸くなったのかもしれないね」
「歳をとれば誰しもがそうなるな!! ガーーーーーハッハッハ!!」
魚たちは整列し一斉に西京に尾びれを振った。
「ワ、ワイがお供しまっさかい!!」
「ワシや!!」
「おま、どかんかいやっ!! ワシが行くっちゅーんじゃ!!」
「ワシやがな!!」
「ワシや!!」
「喧嘩をするとは全員命を粗末にしすぎではないかな? こう見えて私は短気だよ?」
「は、はいーーーーーーっっっ!!」
西京のサイコガードの下に魚たちが急いで集まり、そのまま力を合わせ西京とダディを持ち上げ連れて行ってしまった。