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洗濯を終え、ラブ公とシャルロットは楽しそうにお喋りをしながらテントに戻ってきた。しかしテントの中に洗濯物をしまおうとしたとき、お喋りは中断となってしまった。向こうのほうからチョンカの大声が聞こえてきたのだ。
「何かしら……チョンカったら、また何かしたのね」
「怒ってるみたいだよ? シャルちゃん、行ってみようよ」
確かにラブ公の言うように、シャルロットにも怒っているように聞こえたのだ。そうなるとチョンカが怒る理由は一つである。シャルロットは嫌な予感を拭えぬまま走った。
「反対反対反対!! うち、変態のおっさんと旅なんかできんっ!!」
「ガーーーーーーハッハッハッハ!! チョンカ嬢は手厳しいな!!」
「まぁまぁ、チョンカ君。ンダディ君にはこの先にあるらしい遺跡に案内してもらおうと思ってね。少しでも知識のある人物に同行願えるのならいいことではないかな?」
「ワシもそこまで知識があるわけではないがな!! それにその遺跡は学生時代に友と調べようとして諦めた遺跡。中に入れるかどうかも分からん!! ガーーーーーーハッハッハ!!」
予感は的中した。昨晩の二人の意気投合具合を見ていればこうなるであろうことは目に見えていた。シャルロットは小さくため息を吐いた。
「チョンカ、気持ちは分かるわ……でもマスターが決めたのなら仕方がないじゃない。それに遺跡にも少し興味があるわ。この先に遺跡があるだなんて、教団にも知られていないはずよ? 手付かずじゃないかしら」
「ふむ、そうなのかい?」
「ガーーーハッハ! あの遺跡は分かりにくいからな!! その教団とやらが知らぬのも無理はない!! 恐らく知っておるのはワシと友だけであろうな!!」
「で、でも……」
チョンカはたじろいだ。シャルロットは自分の味方をしてくれると思っていたのだが当てが外れてしまった。みんなの意見に流されそうになり強気に出られなくなってしまう。堪らずラブ公のほうへ視線を投げる。
長年一緒にいたのだ。自分の気持ちなど視線のみで分かってくれるはずである。
「チョンカちゃん、僕も──あ、あ? あぃぃぃぃいいいいーーーーーー!! い、いたっ痛い! ぼ、僕……ちょイレ!!」
「ちょイレ」とは最近ラブ公とチョンカの間で流行っている言葉で「ちょっとトイレ」を略した造語であった。
ラブ公はそのままチョンカの期待を裏切って、チョンカの掘った穴へ走っていく。
ちなみに遮蔽物のない平原に穴が掘ってあるだけのチョンカ式トイレである。丸見えであった。
「ぅぁっ、あ、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁぁぁ…………」
「ラ、ラブ公!! また落ちよった!!」
「なんか……最近旅の色が汚い色になってきたわね……あたしが想像していた旅はもっと爽やかな秋空のような色だったのに……」
「ラブ公が落ちよった……」
「そうね……騎士君、落ちちゃったわね」
「ほんま、何回落ちたら気が済むんじゃろね……」
「あたしが知ってるだけでも、もう七回目ね」
「トイレしよる度に落ちよるけんね」
「そうね」
「……」
「……」
「シャル?」
「何よ?」
「え、いや、助けに行かんのかなぁって……」
「何言ってるのよ!! あたしは今朝助けたじゃない!! 今度はチョンカの番でしょ!? だいたいあなたのトイレの作り方がおかしいのよっ! 10mも掘ったら騎士君が自力で出てこられるわけないじゃない!!」
「う、うちかってまさかラブ公がこんなに落ちよるとは思わんかったんじゃもん!!」
ちなみに10m掘ったのは「これなら絶対嫌な臭いはせんけぇね。完☆璧! うち、天才じゃろ?」というチョンカの過剰とも言える配慮の賜物である。
二人の乙女はラブ公を助けたくないわけではない。むしろ助けたいのだが、落ちた穴が穴であるだけに躊躇っていたのだ。
「ガーーーーーーーーーーーーーーーハッハッハッハッハ!! まぁまぁお嬢さん方! そう喧嘩するでない!! どれ、ワシが助けてやろう!!」
相変わらずのやかましい声でダディがチョンカとシャルロットの会話に割って入ってきた。
「む、無理よ! ダディさんはエスパーじゃないのよ? サイコキネシスも使わずにどうやって!?」
「なぁに!! サーカスの団長だと言ったであろう? 路銀もそれで稼いでおるでな!! 綱渡り用の長い紐くらい持っておるわい!!」
チョンカはダディを見ると、なぜ白い全身タイツを纏い、なぜこんなにも気持ち悪いのかと話に意識を集中させることが出来なかった。しかし今はラブ公をこのままにしておくわけにもいかない。シャルロットの言うように、穴は相当深く掘ってあるのだ。
「も、もうええけぇ、おっさんはじっとしとって!! キモイけぇグネグネしながら動かんでや!! うちがやるけ!!」
見ているほうが落ち着かなくなる程に体をくねらすダディを睨み、チョンカは思わず叫んだ。
そうして救い出されたラブ公はぐったりしていた。
ラブ公は通算九回、穴に落ちていた。ぐったりするその姿を見てさすがのチョンカも、次にトイレを作るときは手すりを作ろうと思い直した。
ふらつく足どりで、近くの水場へ体を清めに向かうラブ公の後姿を見送りながらチョンカは「しまったな」という思いを抱いていた。ダディの旅の同行をどうするかという問題がうやむやになってしまったのだ。
ラブ公が帰ってきた頃には出発の準備が整っていた。
当たり前のようにダディもついてくる。
チョンカはその様子を見て頬を膨らませていた。
「まぁまぁ、チョンカ君。今回は我慢をしてくれないかい?」
「せ、先生……」
「ガーーーーーハッハッハ!! チョンカ嬢よ! 腿摺り合うも多生の縁と言う、ここでの出会いも何か意味があってのこと!! なぁに迷惑はかけんさ!! 楽しくやろう!! ブルッルル!!」
「……そんなことわざ、あったかしら……?」
最後のブルルがなければ多少は耐えられたであろうに、とチョンカはため息を吐いた。西京にそこまで頼まれては断れない。
しかし同行を許すとなればダディの言うことにも一理ある。チョンカはせめて楽しくやろうと少し前向きな気持ちに切り替えることにした。
「お……おっさんは、サーカスの団長ってゆうとったけど……サ、サーカスって何なん?」
「あら、チョンカはサーカスを知らないのね?」
「僕知ってるよ!! ずっと前に西京の家で絵本を読んだんだぁ!」
これはチョンカにとっては最大限の譲歩であった。
実際気になっていたのだが、こちらからも少し歩み寄ってみることにしたのだ。ただし目線は合わせない。
ちなみにシャルロットはダディが近くに来たときは基本的に息を止めている。
「そうだの、一緒に旅をすれば見る機会もあろうが、どれ、今少しだけ見せてやろう!!」
そういうとダディは背中に背負う大きなリュックサックに掛けてあった鞭を取りはずした。
「サーカスとは見世物じゃな!! 例えば曲芸をやってみせたり、野生動物に芸を仕込み、それを観客に披露したりする。西京殿、火の輪を作ってはくださらんかな!!」
「お安い御用だよ。それ、パイロキネシス」
西京が左腕を一振りすると、ダディの前方、地面より少し高い空中に火の輪が浮かんだ。
当たり前であるが炎は輪の形をしてはいるが、燃え盛り見るからに熱そうだ。
「チョンカ譲よ、野生動物がする芸に火の輪くぐりというものがあってな!! 今西京殿に出していただいた火の輪。これをくぐらせるというものだな!! ガーーーーーハッハッハ!! っとと」
「へ、へぇー……ちょっと面白そうじゃね! で、でもおっさん、野生動物ってここにおらんよ?」
チョンカは目の前で起こるであろう「芸」というものに興味をそそられ、刺々しかった気持ちがすっかり和らいでいた。
サーカスとはどこの世であっても子供の心を鷲掴みにするものであった。
ダディはチョンカと同じくワクワクしながら火の輪を見つめていたラブ公へ視線をやった。
「坊主!!」
「え? ……え、え、ま、まさか……ぼ、僕ーーーーーー!?」
「ガーーーーーーーハッハッハッハ!! そのまさかだな!!」
「無理無理無理無理!! 絶対に無理だよぅ!! 僕死んじゃうかもしれないよ!!」
「ガーーーーーハッハッハ!! 死にはせん、死にはせん!! 大丈夫じゃ!! ほれっ!!」
ダディは焦って腰が引けているラブ公を豪快に笑い飛ばすと、ラブ公に持っていた鞭を力任せに押し付けた。
「え……む、鞭? 僕が持つの……あれ?」
ダディは火の輪を一睨みすると、震える両足を開いて腰を落とし、重心を低くし突撃する姿勢を取った。
「ワシの合図で思いっきりワシの尻を鞭で叩くのじゃな!! ええか? 思いっきりじゃ!! 力の限りワシの尻を打て!! ブルルルルルルルッ!!」
「あ、あなたが突っ込むの!!??」
黙って見ていたシャルロットも押さえきれず思わず大声で叫んでしまった。
チョンカとしてもこれは予想外であった。
ラブ公が突っ込むことは容認できないと思ったのだが、これはこれで容認できない。
「お、おっさん! まだ我慢しとるんじゃろ!? そ、そんなことしたら!!」
「坊主ぅ!! い、今じゃなっっっ!! 打てぇぇぇい!!」
ラブ公はダディの鬼気迫る気迫に押し切られてしまった。合図の大声で飛び上がってしまったのだが、ラブ公自身も無意識のうちに鞭をふっていたのだ。
何かが裂けたような、乾いた音が平原に一つ、大きく響き渡った。
ダディの尻から鮮血が飛び散った。
果たしてこれがサーカスなのか、それはチョンカには分からなかった。
「あいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっっっっっっっっっっっっ!!」
ダディは四つんばいで走り出した。
チョンカやシャルロットの静止する声が聞こえたが、もはや彼には届いていない。
ダディの目に映っていたのは、目の前に浮かぶ火の輪だけであった。
飛んだ。
齢五十も過ぎた男が。
全身タイツを身に纏い、立派な髭を蓄えた男が、地を駆け空を舞った。
勢いに任せ空へ投げたその身は、綺麗に火の輪をくぐろうとしていた。
「……っうわ! すご……」
しまった。
チョンカはそう思った。
悔しいことに凄いと思ってしまった。
それが口をついて出てしまったのだ。
これがサーカスなのかと、生まれて初めて見た感動に少し震えてしまったのだ。
そしてその震えは一瞬で治まった。
綺麗に火の輪をくぐりぬけようとしたその瞬間、ダディの背負うリュックが火の輪の上部にひっかかり、バランスを崩したダディは燃え盛る火の輪を巻き添えに地に伏し、炎に巻かれながら地面を転げまわった。
「う、うわああああ!! ダディさん!! ぼ、僕のせいだぁぁぁ!!」
「ふむ、派手に燃えているね」
ダディは呻き声を上げながら派手に地面を転げ周り、体に纏っていた炎のほとんどを消化した。
全身タイツはいたるところが焼け焦げ毛むくじゃらの肌が露になっていた。
仰向けに寝転ぶ。
呼吸は浅く、速く、まさに九死に一生を得たといった感じであった。
とんでもないものを見てしまった。
チョンカはそう思った。
言葉も出ない。
ダディの股間が燃えていた。
消したと思っていた全身を取り巻く炎が一箇所残っていたのだ。
チョンカとシャルロットは確かに見た。
「ジュッ」という音と共に最後の炎が煙と消えたのを。
チョンカは愕然とした。
これがサーカスなのかと、あまりの気持ち悪さに少し震えていた。




