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チョンカは戸惑っていた。
ラブ公や西京は長年一緒にいたため家族のように思っているが、新しく友達ができ、一緒に行動することなど初めての経験であった。
スジ子はもちろん友達だが、一緒に出掛けたりすることはなかった。
何よりも、自分と同じ種族である「人間」の、同性の友達であるという点が、チョンカを戸惑わせた一番の原因となっていた。
チョンカから見たシャルロットは一言で言えば「クールビューティー」である。
人間をあまり見ることのない生活であったため自分が女性であるということが頭からすっぽり抜けていたのだ。ヒラヒラの服を纏い、美しい金髪をたなびかせ、人形のような整った容姿、その上頭には可愛いティアラ。チョンカはシャルロットに対し敗北感に似たような感情を味わっていた。
チョンカは誰にも言っていないことがある。
ジーパンのポケットにクシャクシャに入れてあるメモ用紙のことだ。
それはヴィーク村を出て最初の夜のことだった。チョンカは決意したその気持ちをメモに書きなぐりポケットに突っ込んだのだ。
「だとうシャル!」
メモには平仮名と片仮名で短くそう書かれていた。
クールビューティーシャルロットは本当に女の子らしい女の子で、その表情の豊かさを見るたびにチョンカは言い知れない焦りのようなものを感じるのだ。
このメモを書いた夜もそうだった。
「テ、テントで三人、同じ布団で寝るの!?」
いつものこと、当然のこと、そう思っていたチョンカは下着姿でキョトンとしていた。
隣にいるラブ公も同様である。
「え……そうじゃけど……あ、そうじゃ! 洗濯係の順番を決めようや! 朝起きたら一番に、お洗濯するんじゃよ! 明日はラブ公の番じゃけ、シャルも一緒に見せてもらったらええよ」
「うん! シャルちゃん、一緒にしようね」
「え……ええ」
「そうせんと、お布団が汚れるし毛だらけになりよるんよね。特にちりちりの毛が──」
「は! 生えてないわよ!! あ、いや、生えてるわよ!! や、ちが……~~~~っっ!!」
「?」
「??」
意味は分からないが、顔を真っ赤にして俯くシャルロットを見て、可愛いなと思ったのだ。
恥ずかしがるという動作が、とても新鮮で女性らしさを感じるものであり、それと同時に、自分にはないものなのではないかと思ったのだ。
「毛は僕の毛だよ~? 僕すぐ抜けてすぐ生えるんだー」
「そ、そうだったの……そう……それで……あの、マ、マスターは? マスターも一緒に寝る……の?」
更にチョンカは見た。
顔を赤くするシャルロットが、恥ずかしさが原因で赤くなっているのではなく、恥じらいの赤さを帯びていることを。鈍感チョンカが見ても分かるほどに、赤さの種類が変わったのだ。
「西京先生は外で寝るんよ。見張りも兼ねて、だって」
「なんだ……あ、いや、と、当然よね! あたし達下着姿になるのだもの!!」
そんなシャルロットを見て、チョンカは決めたのだ。
シャルロットよりも女性らしい女性になりたい、と。
チョンカは戸惑っていた。
シャルロットのこともそうであったが、目の前に流星の如く現れた変態に対してだ。
世の中にこれほどまでに変態が多いとは思っていなかった。
ダンゴ虫のトシオに始まり、チョンカは今まで数々の変態を見てきた。
そんなチョンカの直感が叫ぶのだ。
(こいつはヤバイ、殺したほうがええかもしれんレベルじゃ。こいつはもう10どころでは済まんわ……)
見た目からして白い全身タイツという、まさに虫唾が走るような姿に加え何故だか分からないが排泄を我慢しているという。理解が出来ないどころではない。もう姿を見たくないほどの嫌悪感がある。
スジ太郎は本人の意思ではなかったため「かわいそうだな」と思える部分がまだあった。
しかし目の前で股間を濡らすこの男は、自らそれを望んでいると言う。
「ンダディ君、私は西京。旅のエスパーさ。君はエスパーが恐ろしくはないのかい?」
「これはこれはご丁寧に。ガッハッハ! 仮にエスパーが恐ろしいなら一人で旅はせんことじゃな!」
「それはごもっともだね」
「そ、それより……おっさん、ほんま……なんで我慢しよるんよ!?」
「ガーーーーーーーーーーーーハッハッハ!! さっき言った通りじゃ! 気持ちいいから!! これに尽きるわ!! ブルルルルルルルルルルっっ」
「ぞわぞわぞわ!! き、気持ちええって……トイレせんかったら死ぬってうち聞いたことあるんじゃけど!!」
「ブルルっ……………………」
「……? お、おっさん?」
「……………………………………ぶるっ」
「だ、黙らんでやっっっ!! キモイじゃろ!? ど、どうしたん!? まさ、まさか!!!」
シャルロットとラブ公、西京までもがいつの間にか遠くに避難していた。
「……ぎぎぎ、す、すまん……今相当危なかったわい……かなりの峠じゃったな……全神経を集中させとったんじゃ。もうあと1ミリでもワシの──」
「殺す!! こいつは殺した方がええ!! うち絶対そのほうがええと思う!!」
サイコルークスを発動させるチョンカをシャルロットが急いで後ろから羽交い絞めをした。
「ま、待ちなさい! チョンカ!! あたしもその気持ちは同意だけどさすがに……」
「ね、ねぇ、そういえば……西京っていつトイレしてるの……? 僕見たことないよ?」
ラブ公の発言に、チョンカもシャルロットも動きを止め西京の方へ注目した。
言われてみるまで気にもしなかったが、ラブ公の言う通りなのだ。
「ん? 私かい? 私は最近老化が激しいからね。体に優しくアスポートで処理しているよ」
アスポート
人体の瞬間移動をテレポーテーションと呼んでいる。
対して物体の瞬間移動、とりわけ送り出すほうをアスポート、引き寄せるものをアポートと呼んでいるのだ。
西京はこのアスポートを使用し体内の排泄物を瞬間移動させていた。
「えーーーー!! いいないいな!! 僕なんて最近すっごくトイレの回数が多くて、その度にお腹も痛くなるし……僕もアスポートが使えたらなぁ……ねぇ西京、処理ってどこに転送してるの?」
「お前の汚い腹の中さ」
チョンカは西京の言葉を聞くまで思い付きもしなかった。自分もアスポートを使用できるくせに、いかに気持ちよくトイレをするかしか考えたことがなかったので少し衝撃であった。
「とにかくンダディ君、まぁこれでも飲んでゆっくりしてくれたまえ。それで、聞きたいことがあるのだがいいかな?」
「ガーーーーハッハッハ!! 峠も越えたことじゃしな! 団欒を邪魔して申し訳ない気もするが、ここはありがたく頂くことにしよう」
「えっ!! そ、それ以上飲まないほうがいいんじゃないかしら……?」
「そ、そうじゃよ!! 今にも漏れそうな奴が何考えとんよっ!!」
「ねぇ、今僕のお腹の中に……え? 嘘だよね? え、え?」
ダディは西京に勧められるままコップの中の酒を一息に飲み干した。空になったコップを掲げ「くぅぅぅ~~~」と呻き声をあげている様子は、本当に酒の味を堪能しているように見えた。
「いやぁ膀胱に沁みるわい!! 利尿作用もあり、こりゃ益々ワシの膀胱はピンチじゃな!! ガーーーーーハッハッハッハ!! っとと」
「こいつ殺そう? ねぇ、ええじゃろ?」
「それで、ンダディ君は考古学者と言ったね?」
「お~、そうじゃ。この星には至る所に古代の遺跡が残っておってな。それを調査しておる。その旅の途中なのじゃ」
「……星? 星ってあのお空で光ってる星じゃろ?」
「ガッハッハ!! そうじゃな、あれも星じゃな!」
「ふむ? 星とは夜空に見える光りのことだけではないということかい?」
ダディは相変わらずモジモジしながらではあるが、膝を叩いて立ち上がり、両手を広げながら夜空を仰いだ。
「考古学ではな、この夜空の向こう側を宇宙と呼ぶ。そしていくつも見える光りを星と呼び、小さく見える程遠くにあるが、それぞれに世界があるとされておるのじゃ。ワシらが立っておるこの世界も星の一つらしいな!」
「ふーん……よー分からんけど……それでおっさんは古代の遺跡を巡って何しよるん?」
「ガーーーハッハッハ!! よう聞いてくれたの! ワシにはな、昔、考古学の研究で共に心血注いだ親友がおるんじゃ! また一緒に酒でも飲みたくてなぁ。ワシにも家族がおったのじゃが、どうしてももう一度、夢を抱えて旅をしたくなってしもうたんじゃわい!! 奴と飲み交わすときに肴の一つでも欲しいじゃろう!!」
「え、ご家族はどうされているの?」
「妻と娘がおるのだがな、置いて出てきてしもうたわい! ガーーーーハッハ!!」
「さ、最低ね……」
ダディはシャルロットにそう言われ、座りなおし、しんみりした表情で西京に注がれたコップの酒を揺らしながら見つめていた。
「そうじゃなぁ……ろくなものではない……な」
心なしか、股間のあたりもシンミリしていた。
チョンカもシャルロットも、既にダディを見る目が敵意に満ち満ちている。
「っとと、いかんわい。感傷に浸っておったら零れるところじゃったわ。ガーーーハッハッハ!!」
「考古学をやり始めて長いのかい?」
「若い頃にな。結婚してからはサーカス団の団長をやっとったな。その時から考古学はやっとらんな! 本当はずっと考古学で夢を追い続けたかったのじゃがな。まぁしかし、捨てきれずにこの歳になって全てを投げ打ってしまったわけじゃな!!」
「古代の遺跡を巡って何か分かったことがあったのかい?」
「ガッハッハッハ!! なーんにも!! 気の遠くなるほどの昔に高度な文明があった程度じゃな!! まぁ、だからこそ調べ甲斐もあろうというものじゃな!! 友は……奴は今頃何かを掴んでおるのかの~。昔気質な奴でな、よき友であった……奴も同じく結婚して娘が出来たそうだがな……三十年前にワシが出した手紙の返事が一年前に返ってきおっての!! 懐かしくてワシも飛び出してきたんじゃ! 同じ空の下、今もワシと同じ星を見つめてうまい酒を飲んでおるかのぅ」
「ふむ、気に入った。どうやら君は正直者のようだね。賭けるものがあることはいいことさ。気持ちは分かるよ。さぁ、もう一杯やってくれたまえ」
ダディの握るコップに、西京は残っている酒のうえから更になみなみと注いだ。
ダディの西京を見る瞳に、湿った色が浮かんだ。
「これは……痛み入る。いい酒じゃなぁ。失禁してしまいそうじゃわい……」
「まぁ流れに流され迷い間違えてそれでも生きていくことは大層立派なことさ。しかし時が経っても熱かった時代を忘れられるものではないね。もう古い時代だと言われるだろうが今も昔さ……もっとも、若い子供たちに勧められるような生き方ではないがね」
「ガーーーーーーーーーハッハッハッハッハ!! もっともじゃわい!! ろくなものではないわい!!」
西京とダディはすっかり分かり合ったようだ。二人とも呑むペースが早まっている。
「先生……もうこいつにあんま飲まさんでや……」
「ぼ、僕、お腹が痛くなってきた……」
「ふー、もう大人って……チョンカ、騎士君、あたしたちはもう寝ましょう?」
「そーじゃね」
そう言ってチョンカ達はテントの方へ歩き出した。
大人達の酒盛りは終わる気配がなかった。子供の時間はどうやら終わったようだった。チョンカは失禁ジジイが朝になって汚物にまみれていないかが心配だったが、西京にその場を任せ、気にせずに眠ってしまうことにしたのだ。
「ほんと、大人って勝手じゃね」
「そうね、あたしのパ……お父さんはそんなことないのに!」
「シャルのお父さんってどんな人なん?」
「えっとね──」
子供の時間は夜空の下からテントの中へ。
トイレに落ちたラブ公の叫び声は誰にも届くことはなかった。
(しかし……宇宙……どこかで聞いた言葉だね……どこだったか……)
こうして新たな変態との出会いの夜は明けていった。




