interval-02-1 《幕間》
帰路のちょっとしたイベントと望の現時点での心情。
本筋とは相変わらず関係ありません
重層的に奏でられる涼やかで高いソプラノの調。
XF11-VB10試作可変バイパスエンジンは振動も殆ど無く、空力的に安定性を無くした上で神経回路との同調を図った機体の姿勢を5対のカナードが小刻みに動き保つ。
Angel33、針葉樹林を覗かせる僅かな穴の空いた雲海を形成する眼下の光景とギラつきながら飽く迄寒々しい空。
「…………………」
彼女は不機嫌だった。
SEF-2『零式』、皇国海軍が誇る最新鋭双発強襲突撃型アビオフレーム、軽量な機体に高運動装備をこれでもかと装備し、新鋭の複合材技術とスマートスキンセンサ、光学伝達式アビオニクス、レイセオン譲りの対電子戦手段、皇国の誇るセラミックス複合装甲で生存性を高め敵の懐へ飛び込み一撃のもと屠る皇国が生み出した至高の芸術品。
他国からはコンセプト先行の限定用途のお飾りだ、コンバットプルーフの成っていない未通女のドレスだと揶揄され、しかしそれがどうしたと断言できる素晴らしい性能と手触りの実感。
おまけに超々距離飛行とあってエンジンテスト名目で制式化目前の試作エンジンを搭載した機体は大きな余力を感じさせ、安心感を与えてくれる。今は最低限の空対空兵装と大量の増槽、小型のトラベルポッド(ご丁寧にステルス形状)を抱えていて尚、空対空戦闘で負ける気がしない感触。
今年9月に制式化され、まさにその量産弐号機を実行動で駆るという誉れに預かりながらなお、彼女はそれでも凄まじく不機嫌であった。
半透過型のカーボニックキャノピー内で神経同調チョーカーとインコムを付けた首をやや後ろ、右側下方に向ける。
頸の動きに連動し、キャノピー表層に装備されたセラミックス軽量装甲が視界を開け、同時にキャノピ内面に高画質E OT Sの複合波長画像がオーバライドされて投影され、視覚野にナノマシンが飛行諸元とセンシングテレメトリをAR合成する。
海洋迷彩の対潜対艦戦闘爆撃機がその大柄でありながら獰猛なパワーを感じさせる巨躯を悠々と飛翔させていた。
目を凝らす。
同時に、彼女の固有魔導である『遠見の魔眼』が発動、ナノマシンが血脈に刻まれた魔導式を増幅し、光学センサがそれを補正増強。視界に浮かぶ魔素の消耗と魔導の発動を示すシンボルとテレメトリを無視しながら彼女はその後部座席、何事かを言い合う電子戦士官席の二人を観察する。
方や、皇国海軍の制服を着込んだ上からフライトジャケットを羽織った夜闇のような黒髪の女性。
彼女の敬愛する上官、出雲涼少佐(皇国軍法的に、正式には3等海佐。統合軍麾下としては、正規の書類には少佐表記、そのため対外的には少佐が書面上の正しい身分というややこしさである)が座っている。
狭い機内のため、その黒髪は三つ編みにした上で纏めてある。
───動きやすいからと言い訳して彼女の髪型を真似ているのだが、些細な秘密だ。
問題はその隣で憮然とした態度で椅子にふんぞり返る少女だ。稚気の残る、という表現を超えて幼い、けれど異様に整ったその顔立ちと、そのわりにはやや小柄ながらすらりとした肢体の嫋やかで長い手足、橙色の鬼火のような不自然な色の大ききく鋭い瞳(ナノマシンと過適合を起こしたものにはああいった色の瞳が極めて稀に、といっても当代で確認されているのは二人だけだが、発生する)にあからさまな不機嫌を浮かべ、黑く、毛先に向かって鮮血とも炎とも付かない色に変化する短く切られ、視界を邪魔しないよう少しだけ編み込んだ髪が流れる。
目が合う。
あの少女、年上だがなんだか仕草が妙に幼い、かと思えば肉食獣のように隙のない少女こそ今回の遠征の目的、
新規に立ち上げる『第666機関』と呼ばれる実験部隊の中核の一人としてヘッドハントする人材だと昨日聞かされ、どんな人物かと期待していた人だ。
蓋を開けてみたら欧州方面人類統合軍陸軍麾下のガレリア共和国陸軍の中尉である。
それも、ただの中尉ではなく空挺猟兵の精鋭、正真正銘の最強のエースオブエース・ネームド、『Calamity』である。
エースはいいとして陸軍のヴェトロソーサレスを引き抜く意味があるのだろうか?
でも、そこまで優秀なのであればまぁ……。
と思ったらあの抗命騒ぎ。
そしてそれを執り成しに向かった少佐に向けて彼女は得体の知れない兵器を抜きかけた。
一見むやみに厳つい小型銃器のようなアレが実のところ恐らく外部駆動型電磁化学複合質量投射機だと魔眼のお陰で気付いた彼女は背中にぶわりと吹き出す冷汗を止められなかった。
電磁複合投射機は常用最大威力で射出した場合その投射体の初速が極超音速を超える凶悪な兵器だ。出力制限を解除した場合、あのレール長であれば一撃で砲身を駄目にしてもよいのであれば投射体は大気上層の熱圏まで易々と突き抜ける。要は月軌道の目標すら砕くヴルシュ連邦の首都要塞を衛る最終兵器、円周リニアレール砲、クレムト・ガンの小型版である。それも外部駆動型のアレには連射能力に制限はないだろう。文字通り、弾倉が尽きるか砲身が灼け落ちるまで熱湯のシャワーを掛けた雪みたいに対象を蒸発させるのだ。
不信感を計器にしたら針は表示を振り切っているだろう。
そもそも一介の中尉がなぜあんなモノを持っているのかというところから意味がわからない。
彼女───絢瀬望の不機嫌はそんな人物が己の敬愛する涼の隣に居ることと、敬愛する涼の隣に座っておきながら不機嫌そうなことから来ていた。
───私も隣に座らせていただいたことはないのに。
自然と目付きも鋭くなろうというものだった。
と、そんな風に益体もない思考に耽っていた彼女の耳にレーダーコンタクトを示す信号音が入る。
視線をアンノウンの方向へ。
「ボギー、機数4、2オクロック・ロー、やや左方向へ旋回しつつ交差軌道、判別不能、IFF応答なし」
『マイア(望のTACネーム)、敵か?』
「いいえ涼様、まだわかりません。ここは連邦領空ですし、あちらの軍用機かも」
『…………ふむ、照会してみたが該当するフライトプランは出ていないな。それにインターセプトを受ける謂れもない』
「呼びかけを?」
『ああ、一応な……呼びかけはこちらでやる。ただ兵装テストはしておけ』
「了解、フェンス、フェンス」
『フェンス了解』
F/B-3の回りを機の姿勢を水平のまま、バレルロールのように回る。
機外搭載品の目視点検。同時にF/B-3もウェポンベイと対抗手段射出口を展開し、兵装を目視できる状態にする。
『フェンス完了、そちらの兵装に異常なし』
「Rog,そちらの兵装も異常なし」
『了解した、それと奴らは敵だ』
「わかるのですか?」
『ああ、エリーの持っているEWライブラリに該当する敵のパターンがあった。新型だぞ』
「…………信用を?」
無線越しにすこし笑う涼。
ちらりと見ると、エレオノールがこちらの言葉を聞いて不機嫌そうに呟いているのが見えた
『……こんな時まで腹芸をする気も、そんな面の皮もないそうだ。まぁ、エリーらしいといえばらしい』
「了解しました、これよりボギーをバンディットとして識別、Romeo1から4」
『識別を了解した、当機は電子戦支援体制を取りつつ回避運動に入る。グッドラック』
「Rog,エンゲージ、エンゲージ」
『ミュージック・スタート。良い狩りを、マイア』
「了解、勝利を少佐殿に!」
幕間だけど続くよ、 ま、多少はね?(震え声