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03/ debriefing《帰隊》

 お ま た せ

 ―――まぁ、こんな感じだったかな。

 思い返した戦闘から不要な部分(特に戦闘後)を削除、

 必要な情報に重要度別に順位を付けてPDAに挿したフラッシュメモリに書き留める。

 それがひと段落した頃、丁度臨時駐屯地『ノームネスト』のゲートが窓から見えてきた。

「ん………着いたか。ほら、起きろお前ら。お上品にしろ」

「ぷりおっしゅが…」「ふにゅ……」

「ったく……」


 立ち込めていた雲も細切れとなり、陽光が降り注いでいた。

 日ももうすっかり高く昇り、じっとりとした湿気をはらんだ冷たい空気が暖かく澄んでいく。

 とはいえ、前日深夜にここを出発した三人には、些かきついものがあったが。

「セシール、レポートは今晩2100までにちゃんと提出しろよ、いいな?

 クロエ、お前はちゃんと食事を摂ってから体を休めるように」

「ちゅうい、何でアタシだけレポートの催促なの?」

「わたし、眠くて食欲ありません…」

 エレオノールは腰に手を当ててもう一度念を押した。

「おまえらがそんな感じだからだ。わかったな?」

「うえぇえ……」「ひうぅ…」


 格納庫の前に輸送車が到着し、後部の昇降ランプがエレオノールの誘導で

 油圧作動音とともに降りる。備え付けの信号灯を手に取って降車誘導(マーシャリング)の準備をした。

「全く……ほら、お前らは自分のハンガーにフレーム格納してこい。

 僕はDSのファクトリーにコイツを渡してくる。格納が終わったら、解散して自由行動でいいから」

「はぁい」「はい…」

 セシールとクロエがフレームを装着し、警告灯とポジションランプを点灯し歩行せずに荷台から降車して格納庫へと履帯走行していく。

「直立姿勢だと歩くより履帯制御のほうが神経使うだろうに……こういうとこだけそっくりだなあいつら…」

 さあ、自分はDSに一言詫びを入れて義理を通しておこう。

 トレーラーの操縦手に信号灯で二人の降車完了を伝えて上がり始めたランプから駆け上がり、

 DSが使用する元民間飛行場の整備格納庫へ。


 元々やや小さなものだった滑走路は軍用飛行場として拡張されて使用しており、

 空軍や陸軍の一時展開や連絡機、そして僕らの中隊を空挺展開させ航空支援や物資投下など幅広く強力なサポートを行う特殊作戦輸送攻撃機MC-19等を運用している。

 現に今も、陸軍の連絡機が綺麗なグライド・スロープを描きながらタッチダウンするところだった。


 整地走行で歩くより遅い程度の歩行ならば、今の状態でも可能だったためクレーンでホイストせず、

 DSの整備兵の誘導で整備用ピットにフレームを入れた。

「ごめん班長、事前に無線出したとおり過熱と正面被弾で小破です。

 過負荷で腰椎と脚部の構造材も歪んでるかも」

 整備班長は元ソーサレスのアデライド大尉勤務中尉、

 いつも額に拡大単眼鏡を付けている20代後半のお姉さんだ。

「ああ、聞いてるよ。ま、生きて帰って来さえすりゃ、ウチらが整備してまた履けるようにしてやるから。

 アンタは気にすることないよ。それに、今回は意外とコワして無いようじゃないか?」

 アデライド中尉がお下げにした髪を揺らしてにっと笑う。

「いや、面目ありません……あの娘らの方がよっぽど損耗率が低いですしね……」

「だぁから、気にすんなよ!“おねぇちゃん”だろう?

 ………でもま、非破壊探傷と応力ひずみ計測で

 駄目だったらいよいよ骨格から新造かな?」

 ニヤニヤしながら背中をバンバン叩かれ、慰められつつ弄られる。

 ガレリア国防省技術研究所と陸戦用フレームの大御所、GIAT社の最新鋭技術実証機だ。

 交換部品などそうおいそれと在るものではない。

 エレオノールは絶対この人には一生頭が上がらない気がした。

「うう、あんまり苛めないでくださいアデライドさん……」

「ほら、お前さんのセンパイが報告待ってるよ。行った行った」

「それじゃあ、……お願いします」

「いいよ」


 さて、ここからは少し歩こう。

 実験中隊の中隊長室は現在は司令部として徴用している民間飛行場の持ち主だった富豪の邸宅の一室を改装した執務室だ。

 車を使う距離でもない。眠気覚ましにもちょうどいい。

 輸送車は降車したあと、輸送隊の方に既に帰していた。


 滑走路エプロンにくっ付いた整備格納庫から徐々に熱くなりだしたコンクリート舗装に出て、

 司令部へと歩き出そうとしたエレオノールの目に、先程の連絡機から降りたであろう人物が

 プジョー製の四輪駆動車の後部座席に乗り込み走り去る白い後ろ姿が入った。


 線の細い、軍服姿のハイティーンらしき女性とセーラーを着た少女だ。東洋の血だろうか、綺麗なロングのブルネットだった。しかし自分たちのように泥と砂塵、汗の臭いを感じさせない、清潔感のある空気を纏っていた。


 ―――皇国軍……東洋の魔女、アビオソーサレスか。

 何の用だ?


 エレオノールは、彼女達アビオソーサレスが好きではなかった。

 彼女らはその膨大な魔法力をシールド変換して味方の盾となることはない。

 ひたすら味方と寝食を共にし、暗く湿気た防御陣地や掩蔽壕で苦しみを分かち合い、戦線を支えることもない。

 百の火砲よりも価値のある、ソーサレスでなくては御し得ない、高威力の魔導兵装を担いで

 硬目標を吹き飛ばすために射弾下を蛇のように這い擦る事もない。


 無論、エレオノールとて現代戦における航空優勢の重要さは骨身に染みて知っている。

 対地攻撃型の航空ソルに追い掛け回された経験も、一度や二度ではない(大半は撃退したが)

 要は鬱屈とした感情論なのだ。


 一般兵は、彼らは何の魔力も使い魔の守護も無く、ただその身一つ、

 或いは通常兵器だけで勇敢にソルに挑む。


 見た目や言動は粗暴でぶっきらぼうだが、彼らが実は朴訥な青年で、

 自分たち魔女への気遣いを忘れない優しさを持っている(例外は存在するが)

 そんな本当はとても勇敢で心優しい彼らを、何故守護しないのか。

 運良く授かったその力は、彼ら戦士の傍らで戦乙女の如く行使して当然ではないのか、という感情。


 それに、これはベアトリス少佐とアデライド中尉しか知らないであろう事だが、

 実のところ、エレオノールはソーサレス養成幼年学校で、強大な魔力容量・密度、制御精度、空間把握…、

 その他の優れたアビオソーサレスの適正を持ちながら、その道を放棄したのだ。


 選ばれし道、と言われている。


 普通のソーサレスの魔素容量ではワンドブースターと呼ばれる小型のアンプとパラシュートを内蔵したベイルアウトロケットモーターでごく短距離飛ぶのがせいぜいだ(これはこれで、魔力制御が卓越していないと出来ない職人芸なので最近は出来ない者が殆ど。そもそも本来バイクのように跨るのではなくショルダーハーネスに繋がるベルトで無理矢理機外に釣り上げるタイプの装備品)彼女らを見るたび、エレオノールの胸中には何とも言えない感情が渦巻くのであった。


 ―――まぁ、いいか。

 どこぞのお嬢様なんざ僕に関係ないし。


 気持ちを切り替え、中隊長室へ。


 コッコッコッ、と小気味良く、それでいて控えめなノックをしてから。

「エレオノール・べネックス中尉、参りました」

「どうぞ」「入ります」

 中隊長室に入ったエレオノールは、その執務机で早速今回の戦闘の事務処理、及び技術研究本部へ

 電送する一次報告資料を纏めていた中隊長―――ベアトリス・モルガン・オリヴィエ猟兵少佐を見た。


 ―――さっきまで、一緒に戦場で指揮執ってたよね?


 尊敬を通り越してもはやぐうの音も出ない。

 一種士官用制服を一部の隙も無く身に纏ったその姿は、

 ややシャギーの掛かったプラチナブロンドと相まって

 完全無欠な戦場の守護神、戦乙女が物語から実体化したかのようだった。


 ―――僕なんかはさっさと一杯やって速やかにベッドに吶喊したいってのに。


 思わずポツリとつぶやく。

「……センパイには敵いませんよ」

「何か言ったかしら?」

「いえ、何も」

 気を取り直してエレオノールは、今回の戦闘での特異事項、及び経過、重要と思われる情報を

 さきほど書き留めたレジュメと一緒に口頭で報告を済ませた。


「―――戦車型が赤外だけではなくミリ波で物を視ている事の取り敢えずの確認が取れたのは大きいわね。

 ……咄嗟の時の機転は、流石ねエリー?」

 ベアトリスが包み込むような笑みを浮かべて付け加え、エレオノールをあだ名で呼ぶ。

 面と向かってそう呼ばれると、何だかくすぐったい感覚を覚えて、エレオノールは捲くし立てた。

「い、いえ少佐、本当に賞賛すべきは技術班です

 その事前知識が無ければ、自分はここにはいません」

「彼らに直接言ってあげなさい?きっと喜ぶわよ」

「それは駄目ですセンパイ、あいつら速攻調子に乗りますから」

 言ってからあっと失言に気付く。ベアトリスはくすりと微笑んで

「こんな時くらい昔みたいにリズお姉ちゃん、って呼んでくれていいのよ」

 聞かなかったことにしてくれたようだ。でも弄るのはやめて欲しいなセンパイ…。

「以上です。正規のレポートは2200、こちらへお持ちします

 何か不足がありましたらお呼びください」

「はい、お疲れ様。ゆっくり休んでね? それと、本日2130、もう一度ここに出頭して」

「?……以前、仰っていた件ですか?」

「まだ本決まりではないの、そのときに話すわ」

 つまりまだ僕が知るべきではないという事だ。

 それとなく、伝えるべきことがあると一月ほど前から示唆されてはいた。

「了解しました。本日2130、レポートを持って出頭します」

「それじゃ、あらためてお疲れ様、エリー」

「センパイも、無理なさらないでください」

 失礼しました、と一礼して退出した。


「あっ…と失礼」「ああ、済まない」

 エレオノールは出たところで女性とぶつかりそうになり、

 避けつつもこれを支えたが、相手も同じ事をしたためまるでダンスみたいに

 回旋して絡み合ってしまった(しかも相手より上背の低かったエレオノールが女性側だった)。

 やたらと気恥ずかしい感覚を覚え、咄嗟に紅潮した顔を伏せたエレオノールはその眼前に飛び込んできた

 見慣れぬ白い士官制服と古風な文様が刺繍された航空機械化歩兵用のミスリル・ファブリック製サイハイソックスを見て、相手が誰なのか認識した。


 ―――あのお嬢様か。


 顔を上げると、その左目にはヘキサグラムを象ったブレードのガードが眼帯の様に当てられた、

 精悍ながらも素晴らしく艶やかな美女だった。東洋系のご多分に漏れず年の頃は読めないが、

 多分20代後半ということはあるまい。その襟元では、陽ノ皇国の少佐の階級章が輝いている。

「涼様」

 心配するような、少し咎めるような色の篭った鈴のような声

 目を向けるとエプロン地区で見たセーラー服の少女が眼鏡越しに、黒目がちな紫紺の瞳にありありと緊張を浮かべエレオノールをじっと見ている。


 警戒させてしまったか。

 エレオノールは直ちに姿勢を正し、感情を制御し紅潮した表情を引き締め(うまく行ったはずだ、と信じたい)機敏に敬礼を行った。

「失礼いたしました」

「こちらこそ」

 すこし微笑みつつ彼女も縦に腕を上げ答礼する。彼女が手を下ろしたのを確認するとエレオノールは敬礼を下ろし、胸の裡の羞恥を隠すように踵を返して足早に司令部の出口へと向かった。

 階段に入るとき何となく後方を伺うと、彼女達はベアトリス少佐の執務室のドアの前に立ち、

 ノックをするところだった。


 ―――センパイに用事?なんだろう。


 まぁ、ニード・トゥ・ノウって奴だ。気にしちゃいけない。

 ともあれ、用は済んだ。時間まで少し、ゆっくりさせてもらうとしようかな。



 ◆



 酒は九時半の用事があるため呑めなかったが代わりに宿舎で手料理をたっぷりと拵えて、

 セシールとクロエにも一緒に振舞った。勿論、このお楽しみの前に二人にはレポートと軽食、

 それからフレームの運行後整備を済まさせてからの(かなりの部分はエレオノールが手伝ってしまったが)

 夕食である。


「ちゅうい、相変わらずパネェ腕っす!!!」「はぁ……おいしい………」

「まだまだあるから、僕の分を食べない程度にどんどん食べな。

 セシール、詰め込まない。クロエ、セシールに肉とられてるぞ」

「これはあれですね、退役したら『高級ビストロ・エリー』開店ですね、わかります」

「セシールちゃん、それ、いいかも」

「勝手に決めんな」

「そんでアタシウェイトレス!!」

「セシールちゃん、お店の店員さんはつまみ食いしちゃ駄目なんだよ?」

「していない姿が浮かばないな……」

「まぁまぁ細かいことはいいじゃな~~~い♪」

「「否定しないんだな(だね)」」

「ちゅういの料理なら~、多少へってもみんなニコニコだよ!アタシが保障する!!」


 そんな感じで食事を済ませ、時刻は2110。

 エレオノールは私物のタイヤの太い大排気量ネイキッドバイクを司令部邸宅へと走らせていた。


 ―――結局、どんな用件なんだろうな。


 あのアビオソーサレスのおねえさんは関係あるのかな?

 往けば判るけどさ。


 司令部に着く。


 衛兵のヴェトロソーサレス二人が小銃で銃礼をしてくる。

「お疲れ様です!」

「ん」

 軽く挨拶と答礼を返しつつ中へ。


 コッコッコッ、いつものノック

「べネックス中尉、中隊長に用件あり参りました」「どうぞ」

 入ります、と室内へ入ると少し薄暗い執務室の中にベアトリスの他にもう一人、

 執務机の横に人影が佇んでいた。


 ―――東洋の魔女。

即座に投稿するという覚悟

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