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同じ夜の夢は覚めない 5  作者: 雪山ユウグレ
第7話 地下深くそびえる塔
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3

 落石佐羽には別の呼び名がある。るうかにとっては夢の世界であるもうひとつの世界で、世間の人々によって呼び習わされた通称だ。しかしそれこそがこの世界で彼の本質を最もよく表しているともいえる。

 黄の魔王。そう呼ばれる青年は現代的な厚手の上着とシャツにズボンという出で立ちながらも、いかにも魔王らしい邪悪な笑みを浮かべてそこに立っていた。

「驚いた?」

 そう問い掛けてくる佐羽の笑顔はどこか恐ろしいものを秘めている。るうかは黙って頷いてから、首を傾げて彼に尋ねた。

「でも、どうしてここがそうだと分かるんですか。落石さんはウォム・ボランの地下塔に来たことがあるんですか」

「何度かね。それに向こうの世界のゆきさんの家から繋がるのならここしかないと思っていたよ。何と言っても鈍色の大魔王の本拠地なんだから。ゆきさんはほとんどいつもここにいて、地下から世界を窺っていた。ゆきさんにとってはくだらない、面白みの少ないゲームをどうやって面白くしようかと考えながらね」

 佐羽はそう語りながら靴底で床を踏み鳴らして歩き出す。硬い床に2人の靴音が高く大きく響く。

「向こうの世界のゆきさんの家も、ある意味では地下塔だった。だってそうでしょう? 地上5階建てなのにで地下12階まであるだなんて、あの見た目からは想像もできない。詐欺みたいな家だ。ゆきさんらしい歪な趣味だよ」

「……そうですね。この塔も地下12階くらいまであるんですか?」

「普通はそう思うよね」

 くすり、と佐羽は面白がる様子で笑う。ということは違うらしい。るうかは彼の後をついて歩きながら改めて魔王、そして大魔王の性格の問題に思いを馳せる。一筋縄ではいかないことが当たり前になりすぎて最早驚きも薄い。

 佐羽は廊下の突き当たりにある階段を昇っていく。るうかもそれに続く。階段は途中2つの踊り場を経てぐるりと回りながら上へ上へと続いていた。

「はい、到着」

 階段を昇り切ったところで佐羽はそう言いながらるうかを振り返る。そこは小さな白い部屋であり、階段の他に1枚の簡素な扉と上へ昇るための梯子があった。それ以外にあるものはせいぜい天井の照明くらいだ。

「えっと……ここは」

「ここが地下塔の中枢。というよりそこの扉の向こうの部屋が、だね。そこはゆきさんの住居兼研究室になっていて、サーバやコアの投影装置とか……向こうの世界で緑さんの研究所にあったような感じのものが揃っている。ゆきさんは基本的にものぐさな人だから、全部1箇所にまとめて造っちゃったらしいよ」

「……ということは、そこの梯子は」

「昇れば地上。地下塔なんていうけれど、実は地下2階までしかないのでした」

 手品の種明かしをするような口ぶりで楽しそうに言う彼に対してるうかはただただ呆れた溜め息をつく。やはり阿也乃のすることはよく分からない。

「全然、塔じゃないじゃないですか……」

「そうだよねぇ。むしろ向こうの世界の地下ビルの方がよっぽど塔らしいよ。でもまぁ、どうせ地下にあって外からは見えないんだから同じことじゃない? 地下塔、っていう名前が大事だったんだ。いかにも大魔王が何かを企んでいそうなその名前が」

「そういうものですか」

「そういうものだよ、多分」

 多分、らしい。佐羽にも阿也乃の真意までは分からないのだろう。そして阿也乃がいない今となってはそれこそどうだっていいことでもある。

「じゃあ、そこから出れば地上なんですね。……そしてこの世界のどこかに頼成さんがいるんですね」

 るうかが確かめるように言うと、佐羽はうんと頷きながらも少しだけ難しい顔をした。

「そうなんだけど、ちょっと問題があるね」

「問題? 何ですか」

「頼成のことは別に放っておいてもいいんだけど……どうせ無事だろうし。ただ、ここは町や村からすごく離れているから、探しにいくにしたって何日も歩かないとならない。俺は転移魔法なんて使えないしね。勿論こっちの世界じゃ携帯電話も使えない。いっそ向こうから来てほしいくらいなんだけど」

「待ち合わせでもしていない限り無理なんじゃないですか」

 そうなんだよねぇ、と佐羽は腕組みをして考え込む仕草を見せる。それを見たるうかはすたすたと歩き出して梯子に両手と右足をかけた。気付いた佐羽が慌てた様子で声を上げる。

「あ、ちょっと! 待って待って」

「歩くんだったら早くしましょう。夢じゃないんですから、向こうの世界でもどんどん時間は過ぎていっているんでしょう」

「それはそうだけど、何日かかるか分からないよ? おうちの方はいいの?」

「後で怒られます」

「そんな無茶な……」

 無茶は承知の上である。娘が夜遅くなっても帰ってこなければ両親は確かに心配するだろう。電話も繋がらず、不在が何日にも及べば当然警察に捜索願が出されることだろう。それは確かに心配だが、るうかにしてみればこの機会を逃すわけにはいかないのだ。何故だかそんな気がした。

「頼成さんに会わずには帰れません」

 るうかはきっぱりと言い切り、梯子を上って天井にある四角い扉を押し開けた。その様子を下からぼんやりと眺めていた佐羽もどうやら観念したように小さく息を吐きながらるうかに続く。

「もう、知らないよ。ここを拠点に頼成を捜せるからね、って教えるだけのつもりだったのにさ。まったく、さすがに君の家のことまで面倒見きれないからね」

「はい。でも人生で一度くらい家出したっていいじゃないですか」

「それはまぁそうかもしれないけど。分かったよ、とにかく行ってみよう。その間の君の身の安全は俺が必ず守ってみせるから……安心して」

 背後から聞こえた佐羽の声にるうかは一瞬はっとする。そうだ、こちらの世界には“天敵”がいる。人間にとって決して安全ではない世界なのだ。佐羽が外に出ることを渋ったのにはそういう理由もあったに違いない。しかし今更後には引けない。るうかは「お願いします」と強い声で言い、地上に出た。

 外は夜だった。なるほど、考えてみれば当然のことではあるのだが、向こうとこちらとでは昼と夜が反対になっているらしい。月のない紺色の空には無数の星々が輝く。その中にるうかの知った星座はない。見渡す限りの草原に明るい星の光だけが降り注ぎ、吹き渡る風さえも向こうの世界のそれとはまったく異なる匂いを孕んでいるのだった。 別の世界にやってきたのだということを改めて実感する。

 佐羽が地下への入り口から出てきてその扉をぱたんと閉めた。それは地上から見るとまるで墓標のような鈍色の石でできているように見せかけられており、周囲を取り囲む草の中に埋もれて目印になるものはほとんどない。まさかこれが大魔王の本拠地へ通じる扉だとは誰も思うまい。

 るうかは何の気なしに墓標のような扉の表面に刻まれていた文字を読んだ。そこには律儀にも“ウォム・ボラン”という名と、この場所が鈍色の大魔王の住居である旨が書かれている。冗談のようだが、それは阿也乃なりに余計な者をここへ立ち入らせたくないという意思を示したものだったのだろう。向こうの世界で扉に“関係者以外立ち入り禁止”と書かれたプレートを提げていたのと同じことだ。

「柚木さんはここでどんなことを考えていたんでしょうか」

 異世界の夜風に吹かれながら、るうかはぽつりとそんなことを呟く。さぁね、と佐羽は肩をすくめて微笑む。

「多分、知らない方がいいようなことが多かったんじゃないかな」

「そうかもしれませんね」

「そうだよ」

 くすり、と笑みを含んだ声が答える。風が布を揺らすさやさやという音が聞こえて、急に辺りの気温が下がったように感じられた。るうかはその奇妙な感覚に気付きながらも佐羽の方を振り返りはしない。

「知らない方がいいことって、どんなことでしょうか」

 誰に問い掛けているのか、るうか自身にもよく分からない。いや、相手は佐羽である。そのはずだ。

「ゆきさんのすることだもの、ろくでもないことに決まっているじゃない」

 答える声も紛れもなく佐羽のものだ。それに被せるようにして、笑みを含んだ声が。

「そうそう、例えば……君達がこっちの世界に来ることを見越してとんだ罠を仕掛けておくとか、ね」

 こちらも紛れもない佐羽の声だ。それが重なり合い、わずかに離れた場所から聞こえてくる。るうかは背中にじっとりと汗をかきながら思わずぶるりと身を震わせた。罠、ね。そう呟くのはるうかのすぐ近くにいる佐羽だ。

「いやあ、いっそ手間が省けてありがたいよ。初めまして、黄の魔王」

 大きな声でそう言って、佐羽は上着の裾を翻しながら背後を振り返った。るうかも腹をくくってそちらを見る。そこにはつい数ヵ月前までは見慣れていたローブをまとい、杖を携えた青年の姿があった。

執筆日2014/08/06

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