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同じ夜の夢は覚めない 5  作者: 雪山ユウグレ
第7話 地下深くそびえる塔
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 ガタついたアルミフレームの扉に、やけに重厚な木彫りの看板。そこに書かれた“関係者以外立ち入り禁止”の文字もまた昨日までと寸分違わない。佐羽は気負った様子もなくその扉を開けた。自分の家なのだから当然と言えば当然である。一方るうかは少しだけ身を縮めながら彼の後に続いた。佐羽や緑に会うためにここを訪れるときは特に緊張もしなかった。しかし阿也乃がそこにいるときは違ったのだ。阿也乃はほとんどこの家にはいない様子だったが、彼女がいるだけでるうかの肌はぞわりと粟立ったものだ。

 中は暗く、佐羽が照明のスイッチを入れるまではまるで廃墟のようだった。明かりが灯れば何ということはない、ボロボロの見た目とは打って変わって清潔な住居である。これは緑のまめな家事の賜物らしい。佐羽は少しだけ安心した様子で部屋の中を見回し、それから上着も脱がずにるうかを奥へと招いた。

 リビング奥の扉を開けて長い廊下を歩く。キッチンとバス・トイレの扉を横目に奥へと辿り着けば、そこには地下へ降りる階段と下向きのボタンだけがついたエレベーターがある。佐羽は迷うことなくエレベーターのボタンを押した。

 扉はすぐに開く。そしてるうか達が乗り込むと滑らかにゆるりと閉じた。

 中のボタンはB12まである。サーバ室は確か地下5階にあったはずだ。るうかがそう考えていると、佐羽はどういうわけかめちゃくちゃな順番でいくつものボタンを何度も押し始めた。しかしその瞳は真剣で決してふざけているわけではなさそうである。るうかが顔をしかめながら見ている先で、やがて佐羽はボタンを押す手の動きを止めて小さく息を吐く。

「多分、合っていると思うんだけど」

「……今、何をしたんですか?」

「勿論暗号の入力だよ?」

 何が勿論なのか。訝るるうかと微笑む佐羽を乗せたかごは一度小さくがたんと揺れて、それから下へと降り始めた。ごうんごうんという音がかごの中に響く。階数を示すランプは1から順にB1、B2と変わっていき、B5を通り過ぎてB6をも行き過ぎる。そしてB12だけが灯った状態で止まった。

 ランプの表示は止まってもかごの降下は止まらない。るうかはさすがに不安になって佐羽を見る。彼は少しだけ興奮した様子で口を開いた。

「大丈夫、成功したみたい」

「暗号って、どういうことですか。このエレベーターにも何か仕掛けがあったんですか」

「るうかちゃん、実は俺……君達にずっと黙っていたことがあったんだ」

 佐羽はるうかの質問には答えず、そんなことを言う。まだ時間はあるから、と言って彼はさらに言葉を続ける。

「頼成も知らないこと。あのね……ゆきさんってほとんど家にいなかったじゃない? それに浅海柚橘葉(ゆきは)もほとんど向こうの世界の大神殿にいなかった。だから輝名(かぐな)が代行をやっていたよね。それにはちゃんとした理由があるんだ」

「理由、ですか」

 るうかは仕方なく佐羽の話に相槌を打つ。時間はあるというのだからいいだろう。

「そう。あのね……“一世”は、夢を見ない。こっちとあっち、両方の世界に同時に存在することはできない存在だったんだよ」

「……え?」

 瞬きを二度、三度。るうかは言われた言葉の意味を考え、やがてゆっくりとひとつの解に辿り着く。阿也乃はこの家にほとんど顔を見せなかった。その間彼女がどこで何をしていたのかは分からない。一方柚橘葉は大神殿にはほとんど姿を現さなかったが、昼間は大学で教員として勤めていた。そして彼ら“一世”は夢を見ない。つまり両方の世界を夢によって行き来することはできず、その身体はひとつしかないということになる。ならばそこには彼らが両方の世界を行き来するための夢以外の手段が必要となるのではないだろうか。

「眠らなくても、向こうの世界に行けるんですか」

「そう。よく分かったね」

 佐羽はそう言ってるうかを褒めたが、考えてみればるうかはもっと前からその可能性に気付いていたのだ。それは本来あったはずの今日、つまり凄惨なテロ行為によって街に“天敵”が現れた日に起きた出来事が証明していた。輝名が電話で言っていたのだ。テロリストが両方の世界を隔てる境界を越えた、と。そのときは無理やりにそのような方法を取ったのかと考えたが、どうやらそうではなかったらしい。おそらくテロリスト達は佐保里の導きで柚橘葉がいつも使っていただろう世界を繋ぐ道か何かを通ってこちらの世界にやってきたのだ。

 神によって変えられた今日では両方の世界の繋がりは完全に失われていたのだろう。しかし緑が残したプログラムを起動させたことで再び世界は繋がっているはずだ。ならば阿也乃が使っていた“道”を使ってるうか達が向こうの世界に行くことも可能であるということになる。

 るうかにとっては数ヵ月ぶりの向こうの世界だ。

「行けるんですね、頼成さんのいる世界に」

「行けるよ、きっとね。ねえるうかちゃん、彼に会ったら容赦なく殴ってやろう? そのくらいしないと収まらないでしょ」

「それは会えたときに考えます」

 るうかの答えに佐羽は声を立てて笑う。彼の表情はきらきらとして、とても楽しそうに見えた。きっと今はるうかも似たような顔をしているのだろう。2人を乗せたかごはまだまだ下っていく。地下深く、この世界の底の底まで下りていく。

「一体どこまで下りるんですか」

「さあ。俺も表示のない階層まで下りるのは初めてだからよく分からないんだ」

「そもそもどうしてその暗号を知っていたんですか。これでずっと下りた先に向こうの世界と繋がる何かがあるんですよね? そのことも、どうして知っていたんですか」

「簡単だよ。ゆきさんが教えてくれたから」

 俺は特別だった。佐羽はそう言ってどこか虚ろに目を細める。阿也乃にとって特別な存在であるということはひどく残酷なことだ。そうであったからこそ佐羽はいくつもの罪を重ねてきた。るうかはふと思う。彼は阿也乃をどう思っているのだろうか。憎しみや恨みは彼の胸中にあるのだろうか。

 しかしるうかはそれを直接佐羽に問うことはしなかった。最早意味のない質問なのだ。阿也乃はこの世界のどこにもいない。勿論向こうの世界にもいない。もう佐羽を縛る彼女はいない。ならば彼はこれから先の己の生き方を自分で決めることができる。それでいいではないか。

「随分、下りるんですね」

 るうかはぽつりとそれだけを言った。うん、と佐羽はわずかに苦笑して頷く。

「どこまで下りるんだろうね」

「知らないんですか」

「俺が教えてもらったのはさっきのボタンの暗号と、それを使ってこのエレベーターでずっと下まで下りていけば向こうの世界に出られるよってことだけだよ。初めそれを聞いたときには、向こうの世界が実は地下にあるのかと思った」

「……そういうわけじゃないんですよね?」

「もしそうなら、世界の間の繋がりを絶つなんてことはできないからね。きっとこの長い長い縦穴のどこかでプログラムの変換が起こるんだ。もし途中でこのかごから降りてしまったら、多分世界の狭間に放り出されることになる。転移魔法を使ったときに通るあの空間……かな。まぁ、俺もその辺りの理屈を詳しく理解しているわけじゃない。ただそうなんだろうなって何となく思うだけ」

 俺は文系だから。そう言って佐羽が笑ったとき、るうか達の身体に少しの重さが加わる。あ、とるうかは声を出す。かごが停まる。

 それからゆっくりと扉が開いた。緊張しながら待ち構えていたるうかの目に飛び込んできたのは何ということのない廊下である。窓のないオフホワイトの壁に挟まれた狭い廊下が5メートルばかり続き、その突き当たりには上へ昇る階段があった。

 佐羽がかごの外へ出る。るうかも続いて、リノリウムの床に足を下ろした。かつん、と高い音が鳴ってるうかは一度びくりと身を震わせる。ここはどちらの世界なのだろうか。

「怖がらなくていいよ、るうかちゃん」

 佐羽がるうかの緊張を見透かした様子で優しく声をかけた。そして彼は親しみやすい微笑を浮かべたままで次の台詞を口にする。

「ようこそ、鈍色の大魔王の本拠地……ウォム・ボランの地下塔へ」

執筆日2014/08/06

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