◇2
新幹線は名古屋に到着する前に長いトンネルの中を疾走していた、ロバートさんが用意してくれたサンドイッチを平らげた私は手を洗いにトイレへと席を立った。
新幹線の揺れをふらふらと感じながら座席の通路を歩きながら電光掲示板に目をやる、トイレのライトが光ってないので誰も使用していないのが解る。
(新幹線に乗るのって久しぶりだけど…特にグリーン車って凄いのね!専属のパーサーさんは居てるし、座席もゆったりだし……)
グリーン車に乗り込んだ際、私はちょっと期待していた!もしかしたら有名人とかアイドル歌手が一緒だったらどうしよう~♪なんて……ははっ!…現実はこうだった!…この車両はケン様御一行の貸切……でした…。
(グリーン車を貸し切るって………ははっ♪…ははっ♪)
もう慣れた!もう驚きません!セレブのやる事に慣れたわよ!もう笑っちゃうわよ~!
♪ジャーーーッ…
手洗い場で手をゴシゴシ洗っていたら、急に右肩から右耳にかけて悪寒がゾワッと走った。
『!!!!!誰っ!!!!』
トイレ内を見渡すが気配は消えていた…ただ、水道の蛇口から流れる水の音に紛れて耳元で微かに囁く声が聞こえた気がした。
《…手を引け……帰れ……》
(そら耳?…何?あのキモい声は?…)
その声は枯れたような…乾いたような…そんな重くかすれた低い感じだった。
………気配が消えた……この車両にもヴァンパイアが乗り込んでいるの?…………
確か気配が消えたのは新幹線がトンネルを抜けた辺りだ、あまり新幹線に乗った事もない私でもトンネルを抜けた音ぐらいは解る!
(そうか、あのトンネルの暗闇を利用したのね!)
私はトイレから飛び出しケンさん達の座席に走り出した。
『Oh!沙也架…どうしたんだね?……』
ゆったりと英字新聞を読んでいたケンさんが私の異変を察知したのか、素早く新聞を折りたたみ私を見つめた。
『ケンさん!…今トイレで声が聞こえたの…ちょうどトンネルを通過中に……手を引け!帰れ!って……私の耳元で……暗くて乾いたような声だった………』
いつしか私の右手は十字架を握り締めていた。
『OK…沙也架…今は外だ…安心しなさい…さぁ、席に着いて…たぶん君が聞いた声はヤツらの想念から伝わる声だ…言わば念力のようなものだ…ヤツらはまだ完全に君がヴァンパイアハンターの能力に目覚めていないうちに消すつもりなんだ……君に恐怖を与えながらね…』
ほぅ、ほぅ…て事はこれからの私の生活はお化け屋敷のような驚きと恐怖が満載ってわけなのね~!それも役者じゃなく本物が現るのね~~~………この夏!毎日がスリリングと驚きの世界をあなたに!……………って…………いらないわよ!…ゆっくり寝る事も出来ないじゃないのさ!……。
『ケ………ケンさ~ん…どうしよ~~………私…こんなんじゃ、寝てらんないよ~…………』
私、一度バイトの履歴書の特技の欄に《寝る事》って書いた事がある…まぁそれだけ寝るのが犬並みに好きなんですよ!それがもしかしたら奪われてしまう!私にとっては一大事です!……あっ、バイトは不採用になりましたよ…応募したのが夜勤のテレアポ仕事だったから~……えっへん!。
『大丈夫だ!沙也架…ちゃんと身を守る手段を教えるから安心しなさい…それにもう君はヴァンパイアハンターだ!…ハンターらしく意志を強く持つんだ…』
ハンターらしくね!OK!……ハンター!……ハンター!………私は……ハンター……ハンターって職業の部類は何になるんだろ?……警備?…軍隊?…警察?………人々を救うから正義の味方?…そんな職業ないわよね……人を助けるから…サービス業かな?………もうどうでもいいわよ!
『それじゃ、まだ大阪までには時間があるから、これから普段の生活で身を守る手段を教えてあげよう…ではまず就寝からだ…………』
私はノートを取り出し、一語一句ケンさんの言葉を書き漏れしないようにペンを握った。
《9:15新大阪駅》
ケンさんの吸血鬼防犯講座はみっちりと新大阪駅に到着するまで続き、夏休みで自堕落な頭になっていた私にはいい刺激になった。
『うっわ!暑っい~…大阪は暑いわ~!』
ずっと列車の中は冷房が効いていたからか、急に外に出ると異様な暑さにおそわれる…ムワッとした不快感を感じながらエスカレーターから中央出口の改札を抜け、更に一階へと私達は降りると玄関前に黒い外車が停まっていた。
『さぁ、沙也架…どうぞ…』
う~ん♪やはり外国の人ってジェントルメンね~♪ちゃんとドアを開けてくれるんだもん♪
『ありがとう♪ロバートさん♪』
『You are welcome.』
私が乗り越んだ後に反対のドアからケンさんがシートに座った、かなり前から私達の到着を待っていたのか、それとも時間ピッタリに到着したのかは不明だが車内は快適な温度に設定されていた。
『では、大阪府警まで頼む………』
『畏まりました!』
車はゆっくりと走り出し駐車場の周りを回るように進み国道へと向かう。
(へぇ~ここが大阪か~…テレビでこの駅は見たことあるけど、やっぱり大きいわね~)
走る車の後部ガラス窓から新大阪駅の全容を眺める、真後ろについて来る黒いバンはロバートさん達が乗っているバンだ!
(あっ!助手席に乗ってるのロバートさんだ!)
私は後ろのバンに向かって手を振ると、黒いサングラスをかけたロバートさんが気さくに手を振って返してくれた。
ガタッ……
一瞬、車が揺れ私は何となくお尻が軽くなったような気がした。
(あれ?…ロバートさん達が下に見える…私、そんなに尻軽女じゃ………)
て事はなく単に車は高架に差し当たっただけだった。
『沙也架は大阪に来るのは初めてかい?』
ケンさんはバインダーに挟んだ書類に目を通しながら聞いてくる。
『一回だけテーマパークに行った事があるだけで、それも夜行バスだったから殆ど大阪は知りません…それに新大阪駅が高速道路に繋がってるなんて初めて知りました!』
『freewayに?…はっはっはっ…sorry…沙也架、笑ってしまって…これは新御堂と言ってちゃんとした国道だよ!高架を走るからfreewayに思ったんだね…ほら、もうすぐ大きな河が見えてくる…あれが淀川だ!』
そんなに笑わなくても……だって大阪初めてなんだしぃ~…車が上に登って走れば高速道路だと思うじゃない~…まぁ、料金所がなくてちょっとおかしいな~?とは思ってましたけど……
私達を乗せた車は淀川の中心部に差し掛かった辺りで渋滞に巻き込まれた。
『わぁ~…結構渋滞してますね~…』
『大阪では普通だよ!沙也架、ちょうどここからだと大阪の中心部が見える、あの左側に見えるビル群が梅田だ‥』
へぇ~っ!どれどれ!‥‥
(あっ!あれが有名なビルの上の観覧車ねっ!‥優香と時間あれば乗ろうと言ってたやつだ~♪)
まるで子供の遠足のように私は淀川から見える景色を楽しんでいた。
(ここがお祖母ちゃんとお母さんが住んでた街か~……)
大阪の景色を堪能していると車はゆっくりと高架を降りていく。
『ケンさん…もう到着するんですか?…』
『いや、まだこの国道を進む、この一号線は東京の品川までずっと続いてるんだよ‥』
へぇ~‥全ての道はローマに続くなんて言葉があるから、東京ぐらいは続いてるでしょ?‥なんて‥‥偉そうにすみません‥‥‥地理は欠点でしたので‥‥
混雑した国道をすり抜けながら車は谷町筋という道に入り、真っ直ぐ進む。
『沙也架、あの先に見える橋の下には河が流れている、右手には大阪のパンフレットにも必ず出てくる中之島中央公会堂が見えるはずだ、この河は夏になると天神祭が行われるので有名なんだ!大阪では誰もが知っている有名なお祭りだ!‥沙也架のお婆さまもよくお母さんを毎年連れて来ていたよ‥』
懐かしそうにケンさんは河を見つめていた、たぶんケンさんはその頃のお祖母ちゃんとお母さんを陰でヴァンパイアから守ってくれていたのだろう‥。
(ケンさん‥‥)
車は橋を下るとすぐに交差点を左折した、正面には大きな石垣が見え始め、立派な天守閣が現れた。
『わぁ!!大阪城だ!!初めて見た~…』
真っ青な空に優雅にそびえ立つ大阪城に私は見とれる。
『沙也架も大阪castleは知っているんだね!…では、誰が建てたか知ってるかい?』
今までかなり醜態をさらしたからか、ケンさんはニヤリと笑っている!…こう見えても私は女子大生よ!…受験勉強もしてきたんだから!…歴史の教科書はバッチリとホコリ被ってたけど、このくらいの問題は………何とかなる……でしょう………
『大阪城を建てた人は~~………大工の棟梁!!!』
大工さんが居なければ設計図も書けないんだからねっ!!!…どうだっ!……………………………………何?………ひょっとして間違い?…………車内の空気が………重い……。
ルームミラーに映った運転手さんの顔がミラー越しにチラリと私を見て小さく首を横に振った。
あれっ?…冷房効いてるのに顔が熱くなってきてる………なんで?………
『おほんっ…………沙也架…あれが大阪府警だよ……』
えっ!?…スルーですか!!…………ねぇ?答えた私をほったらかしぃ~!?……何だかスッゴく恥ずかしいんですけど!!…
(建物を作るのは大工さんじゃないの…………)
私の気持ちを察してくれるように車は地下駐車場に入って行った。
(ありがとう…車ごと穴に入ってくれて……)