第32話(最終話) 今日も宇宙と繋がっています~大聖女は異世界を愛と光で満たし続ける!~
神聖エリュシオン王国の首都。
その一等地に構える巨大な白亜の洋館『異世界スピリチュアル・サロン:コスミック・ワン 王都本店』は、今日も朝から途切れることのないお客様で大盛況だった。
「はい、お会計は金貨十枚になります。次回の『前世療法(退行催眠)コース』のご予約は来月ですね。……おい、そこのアルバイト。モップがけが終わったら、表の立て看板を磨いておけ」
「はい、ただいま! アディ先輩!」
フリフリのエプロン姿で受付カウンターに立つアディの指示に、爽やかな笑顔で答える銀髪のイケメン青年。
時給・銅貨三枚でこき使われている彼の正体は、数日前まで世界を滅ぼそうとしていた『絶望の魔神』である。
今ではすっかり毒が抜け、エプロンをつけて楽しそうに床を磨きながら、「ホコリもまた、宇宙の一部ですね……」と爽やかな汗を流している。
「アディ殿! 本日も庭の落ち葉掃きと、邪気払い(異端審問)の祈りが完了いたしました!」
「おお、クラウス殿。私は今朝、あの『奇跡の壺』に向かって祈りを捧げたおかげで、魔導炉心の新たなインスピレーションが湧きましてな!」
「なんと素晴らしい! ゼノス殿もすっかり波動が上がりましたな!」
庭先では、聖教会のトップである異端審問局筆頭・クラウスと、神聖帝国の最高頭脳・ゼノス所長が、花柄の百均の壺(五十万円)を囲みながら、熱いスピリチュアル談義に花を咲かせている。
かつて世界を二分し、血みどろの争いを繰り広げていた両国のトップ同士が、今や「波動」と「引き寄せ」を語り合うメル友(魔法通信)になってしまったのだ。
「……平和だ」
アディはカウンターの奥に隠していた胃薬の瓶を、そっとゴミ箱に捨てた。
常識が崩壊し、論理がへし折られ、あらゆる強大な敵が「ただのハッピーな信者」へと書き換えられていく日々。
最初は胃に穴が開く思いだったが、いざ世界規模の平和が達成されてみると、これほどホワイトでストレスフリーな職場もない。
「はーい、おじさん! 今日のオーリングテストはバッチリだったよ! 自分に合う食材が分かったんだから、もう暴飲暴食しちゃダメだよ!」
「おお……大聖女様! この健康な肉体も、すべてあなた様の教えのおかげ! 直ちに国中の料理人に、添加物(黒魔術)抜きのオーガニック料理を作らせましょう!」
奥の施術室から、珠子と、ムキムキの超健康体になった国王が笑いながら出てきた。
世界の命運を握る最高権力者が、ただの「健康オタクの常連客」として珠子にペコペコと頭を下げて帰っていく。
「ふぅ~、今日もお仕事頑張ったー!」
珠子は大きく伸びをすると、受付のアディの横にやってきて、足元で丸くなっていた神話級の災厄・神獣シリウスのふかふかの背中にダイブした。
『ニャァァン(お疲れ。今日の夕飯は高級サーモンで頼む)』
「うんうん、シリウスも看板猫お疲れ様! あとでちゅーる(※現世から持ってきた)あげるね!」
珠子はシリウスをモフりながら、窓の外に広がる、美しく緑に覆われた王都の街並みを見渡した。
空はどこまでも青く澄み切り、人々の顔には笑顔が溢れている。
「ねえ、アディちゃん」
「なんだ、珠子」
「異世界に来た時はどうなるかと思ったけど、やっぱり『引き寄せの法則』ってすごいよね。私が『みんながハッピーになるサロンを作りたい!』ってワクワクしながら行動したら、宇宙が最高のタイミングで、アディちゃんや、シリウスや、魔神くんみたいな素敵な仲間を引き寄せてくれたんだもん!」
珠子のその言葉に、アディは小さく吹き出した。
「フッ……。強引すぎるにも程がある引き寄せだがな。だが、まあ……悪くない」
かつて帝国で「出来損ない」と蔑まれ、絶望の中で死にかけていた自分。
そんな自分を「そのままで完璧な宇宙の最高傑作だ」と全肯定し、この温かく、少し(かなり)常識外れな居場所をくれたのは、紛れもなく目の前の能天気な少女なのだ。
「……ありがとう、珠子。私を、拾ってくれて」
アディが珍しく素直に微笑むと、珠子はパッと顔を輝かせた。
「えへへ、どういたしまして! アディちゃんの淹れてくれるハーブティー、世界で一番美味しいからね!」
珠子は立ち上がり、サロンの窓を大きく開け放った。
心地よい、清浄なマイナスイオンの風が吹き込んでくる。
珠子は両手を空に向かって大きく広げ、腹の底から、とびきりの笑顔で叫んだ。
「さあ、明日も愛と光の波動でいっくよー! 宇宙さん、今日も素敵な一日をありがとう!!」
かくして、辺境の森に迷い込んだ一人のスピリチュアル女子は、その圧倒的な「ポジティブな思い込み」によって、異世界一つを丸ごとハッピーにデトックスしてしまった。
彼女のトンデモ・サロンは、今日も元気に、宇宙の意志と繋がりながら営業中である!




