第14話 最初の交渉
謁見の申請窓口は、中央広場に面した石造りの建物の一角にございました。
看板には「商業連邦交渉受付」と書いてあります。扉は重厚で、入口に衛兵が2人。商業国家らしく、しっかりとした造りでございますわ。
列に並んでいる人が数人おりましたの。商人風の男性が多い。皆、書類を手に持って、緊張した様子でございますわ。
「結構、並んでいますね」
「謁見を希望する者が多いということですわ。競争率が高いのは、それだけ価値があるということでもあります」
「クラリッサさまは緊張しないんですか?」
「しておりませんわ」
「本当に?」
「本当でございますわ。社交界で17年間、値踏みされ続けてまいりましたもの。今さらでございますわ」
クーリエが、少し複雑な顔をしておりましたの。
励ますべきか同情すべきか迷っている顔でございますわ。どちらも不要でございますけれど。
順番が来て、受付の窓口に書類を提出いたしましたの。
受付の担当者は若い男性で、書類を受け取りながら職業欄を見て、少し目を細めましたの。
「紅茶商人見習い、兼魔法使い」
「ええ」
「持ち込む情報の概要をお聞かせいただけますか?」
「2点ございますわ。まず、北の集散地街道の復旧情報でございます。盗賊団と魔物を排除いたしましたの。商業ルートとして再び使用可能でございますわ。次に、街道沿いの魔物の分布情報でございます。種別・数・行動パターンを記録しておりますわ」
受付担当者の手が、少し止まりましたの。
「……集散地の件は、3日前に回復したという報告が入っていますが」
「わたくしたちが対処いたしましたわ」
「お二人で?」
「ええ」
担当者がわたくしとクーリエを交互に見ましたの。クーリエが笑顔でございますわ。
「少々お待ちください」
担当者が奥へ引っ込みましたの。
待つこと10分ほど。
「エドワルド卿がお会いになるとのことです。ご案内いたします」
通された部屋は、建物の奥にある応接室でございました。
調度品は上質で、しかし過剰ではない。必要なものだけが、必要な場所にある。趣味の良い部屋でございますわ。
エドワルドは、すでに部屋の中央の椅子に座っておりました。
40代ほどの男性でございます。細身で、姿勢が良く、穏やかな顔をしております。服は質が良いが目立たない色合い。指に一つだけ、地味な指輪をしておりますわ。全体的に、存在感を意図的に抑えているように見えましたの。
それ自体が、一つのメッセージでございますわ。
わたくしは相手を観察しながら、椅子に腰を下ろしましたの。
「クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン殿。遠路はるばるよくいらっしゃいました」
エドワルドの声は柔らかうございました。
「エドワルド卿、お時間をいただきありがとうございますわ」
「旅のご様子ですね。どちらからいらっしゃいましたか?」
「西から参りましたわ」
「西の、どちらから?」
「荒野でございますわ」
エドワルドが、ほんの少しだけ笑いましたの。
「荒野から、ですか。入国時の魔力測定で、かなり高い数値が出たとの報告がありまして。少し気になりました」
「それで、お呼び立てでございますわね」
「紅茶商人見習い兼魔法使い、という登録も珍しかったもので。どちらが本業ですか?」
「どちらも本業でございますわ」
わたくしは表情を変えませんでしたの。
「ご丁寧に調べてくださいましたのね」
「少し調べさせていただきました」
「なるほどでございますわ。では、ご存知の上でのお呼び立てでございますわね」
「ええ、まあ」
エドワルドが、少し椅子に深く沈みましたの。油断、ではございませんわ。試している仕草でございますわ。
「まあ、どのような情報をお持ちなのか。正直なところ、あまり期待しておりませんが」
わたくしは少し考えましたの。
あまり期待していない、という言葉は、相手の反応を見るための言葉でございますわ。動揺させて、こちらの手札を焦って出させようとしている。古典的な手法でございますわね。
「期待値を低く設定されるのは、ご自由でございますわ」
「ほう」
「ただ、情報の価値は期待値では決まりませんわ。内容で決まりますの」
エドワルドが、少し目を細めましたの。
「では、内容を聞かせていただきましょうか」
集散地の復旧情報と、魔物の分布情報を説明いたしましたの。
エドワルドは聞きながら、時折手元の書類に何かを書き込んでおります。表情は変わらない。何を考えているかが、読みにくい相手でございますわ。
説明が終わって、しばらく沈黙がありましたの。
「情報は確かですね。集散地の件は、すでにうちの商人から報告が来ています。一致しています」
「当然でございますわ」
「魔物の分布情報は、これから検証しますが……精度が高そうです」
「現地で確認いたしましたの。精度は保証いたしますわ」
エドワルドが、書類を静かに置きましたの。
「クラリッサ殿」
「なんでしょう」
「率直にお聞きしますが、あなたはマルクス様に会って、何をしたいのですか?」
わたくしは少し間を置きましたの。
「情報の交換でございますわ」
「情報の交換?」
「わたくしはマルクス卿の持つ情報を欲しております。マルクス卿も、おそらくわたくしの持つ情報に価値を認めてくださるはずでございますわ」
「あなたが欲しい情報とは?」
「それはマルクス卿に直接申し上げますわ」
エドワルドが、また少し笑いましたの。今度は先ほどより、少しだけ本物に近い笑みでございましたわ。
「用心深いですね」
「あなたが食えない方だと聞いておりましたもの」
一瞬の静寂。
エドワルドの笑みが、かすかに変わりましたの。崩れた、というわけではございません。ただ、少しだけ、温度が変わった気がいたしましたわ。
「誰から聞きましたか?」
「街の商人の方々の評判でございますわ」
「……なるほど」
エドワルドが立ち上がりましたの。
「謁見の機会を設けましょう。明後日の午前中、いかがですか?」
「喜んでお受けいたしますわ」
「ただし」
エドワルドが、わたくしを真っ直ぐ見ましたの。
「マルクス様は、全ての訪問者を試されます。情報だけでなく、人物を見る方です。ご準備を」
「心得ておりますわ」
「もう一つ」
「なんでしょう」
「その護衛の方」
エドワルドがクーリエを見ましたの。クーリエが、壁際で静かに立っておりますわ。
「謁見には同席できません。外でお待ちいただくことになります」
クーリエが、少し眉を動かしましたの。
「わかりました」
わたくしが答えましたの。クーリエを見ますと、少し複雑な顔をしておりましたわ。
後で話しましょう。
建物を出てから、クーリエが口を開きましたの。
「同席できないのは、まずいですか?」
「問題ございませんわ。謁見の場で護衛が同席できないのは、想定の範囲内でございますわ」
「でも、何かあったら」
「マルクスは、交渉の場で暴力を使う人物ではございません。それは、この街の成り立ちが証明していますわ」
「……それはそうですね」
「わたくしの方が心配でしたの?」
クーリエが少し驚いた顔をしましたの。
「心配、してくれていましたの?」
「してましたよ。エドワルドって人、なんか全部見透かしてくる感じで」
「見透かされても、困ることはございませんわ」
「なんで?」
「見せたいものしか、見せておりませんもの」
クーリエが、また遠い目をしましたの。
「……クラリッサさまは、大丈夫ですか? 明後日」
「楽しみでございますわ」
「楽しみ?」
「ええ。エドワルドは面白い方でしたわ。マルクスはさらに上でございましょう。久しぶりに、本気で頭を使える相手に会えそうでございますわ」
クーリエが、しばらくわたくしを見ておりましたの。
「……クラリッサさまって、やっぱり変わっていますね」
「よく言われますわ」
「褒めていますよ」
「存じておりますわ」
クーリエが笑いましたの。
中央広場の噴水が、午後の光を受けて輝いておりましたわ。
明後日でございますわ。
監視記録室にて。
覗き石の映像の中で、令嬢がエドワルドと話している。
わたしは羽根筆を持ったまま、しばらく動けなかった。
エドワルドといえば、この5年間でマルクスの謁見まで通した訪問者が両手に満たない、あの食えない側近だ。業務日誌には何度も「さすがエドワルド」と書いた記憶がある。
その人物と、令嬢が対等に話している。
しかも途中で「食えない方だと聞いておりましたもの」と言い放った。
エドワルドの表情が、ほんの少し変わった。
わたしはそれを見て、羽根筆を置いた。
雲紙に書いた。
第13日目。謁見申請。エドワルドとの面談を通過。明後日、マルクスとの謁見が決定。
想定外。想定外。想定外。想定外。
少し考えて、書き足した。
エドワルドの表情が変わった瞬間を確認。これが何を意味するか、現時点では判断を保留する。
さらに書き足した。
保留しない。驚いていた。あのエドワルドが。
雲紙が、ぽわりと光った。




